第14話 草原②
厚い灰色の雲がネルンを覆っている。
そのせいで、朝にもかかわらず部屋の中が暗い。
オレの心も昨日の失敗のせいで暗い。
『まだ体痛いでしょ?今日くらい休もう?』
アリス、お前は分かってない。
確かに昨日はオレも少し無謀なことを言っていたかもしれないが、実際、5級冒険者に長く留まるのは無理がある。
人間は生きるだけで金が必要なんだ。
昨日は600ゴルしか稼げてない。借金は膨らむばかりだ。今は腹の痛みより、懐の寒さを心配するべきなんだ。
それに、今日休むやつは明日も休む。オレは休まないぞ。
『それは極端だと思うけど……』
そうとも。厚い雲を吹き飛ばして快晴に変えるのはオレ自身!
『相変わらず語りだしたら人の話聞かないねえ』
~ ~ ~
ダンジョンに入って周りを見回す。
今日もゲート付近にはモンスターの姿はない。
やはり、ゲート付近は安全地帯、って話は本当なんだな。
昨日と全く変わらぬ青空の下を歩き始める。
今日は昨日より奥まで進んでみる。
『このダンジョンにはあと何種類いるの?』
危険度順に、角ウルフ、ゴブリンハンター、マッドスパイダー、アサシンモンキーで4種類だ。
後ろ3体は主に森に生息しているって話だから、草原でゴブリンと角ウルフを安定して倒せるようになってから挑戦したい。
『……ちゃんと考えてるんだね』
当たり前だ。考えてるに決まってる。
体を動かすことは頑張ればできるが、勝てないモンスターには無理しても勝てないからな。
まずは強くならないと。
~ ~ ~
歩き始めて十数分―――
やはり昨日と同じ地点にゴブリンがいる。
これはダンジョンの特徴の一つだ。
倒したモンスターは一定の時間を置いて、同じ場所に出現する。
意識をゴブリンに集中させていく。
オレはゴブリンに近付きながら、棒に魔力を流していく。
ゴブリンもオレに気付いているようで、少し重心を低くした。戦闘態勢に入ったのが分かる。
お互いの距離が3、4メートルまで近づいたところでオレは足を止める。
足を大股に開き半身になって、棒を頭の上に持ち上げる。
ゴブリンは昨日と同じく、足を止める事はなく、むしろ勢いを増して突撃してくる。
ゴブリンが棒の射程に―――入った!
「ハッ」
―――棒を振り下ろす。
魔力を帯びた棒はゴブリンの頭を一撃で割った。
そのまま沈黙したゴブリンを前に、緊張を解く。
やった―――やったぞ!完璧だ。
昨日のゴブリンの動きを何度も頭の中で、反芻したかいがあった。
ゴブリンは体格の割に動きが速いが、その行動は単純だ。
それに、やはり体と武器のリーチの差は圧倒的だ。余裕を持って相手を迎え撃てる。
これなら、何度で繰り返しても同じように倒せるだろう。
喜びに浸る中、レベルが上がる。
こんな簡単に倒せて、レベルが上がる……アリス、オレとんでもないことを考えたぞ?
『大体予想はつくけど、なに?』
「ゴブリンだけ倒して最強になっちゃいました作戦」だ。
『相手のレベルが自分より低いと、上がらないよ?』
……だよなあ!
~ ~ ~
次に遭遇したのは角ウルフ。
額に生えた一本の角を武器に素早い動きで襲い掛かって来る狼型モンスターだ。
オレはこちらから動かず、相手がこちらの間合いに入るのを棒を構えて待つ。
ゴブリン戦と同じ戦法だが、あの時よりモンスターの高さに合わせて腰を落とす。
角ウルフがジグザグにステップを入れながら近づいてくる。
その体が間合いに入る寸前、アリスの鋭い声が響く。
『左!』―――左だ!
オレはアリスの声とほぼ同時に棒を振り下ろす。
その一撃は角ウルフの頭部にヒットし、そのまま地面まで振り切られる。
地面を揺らすような勢いで叩きつけられて、角ウルフは即死した。
ひとまず、周囲にモンスターがいないことを確認して一息つく。
……今のような戦闘を繰り返すのは、危ういかもしれない。反応が遅れたら、あの角で―――。
『ストップ!あまり考えすぎて恐怖に竦む方が危ないよ。思い切りのよさはヒョウの良いところだと思う』
そういうものか。さすがに勇者だっただけあって頼もしい言葉だ。
~ ~ ~
休憩も兼ねて、買っておいたサンドイッチを食べる。
ここがダンジョンでなかったら昼寝したいくらい気持ちいいところだ。
暖かい気候と穏やかな風、決して変わらない明るい青空。
あと2、3戦できたら引き返すか。
休憩を切り上げて再び歩き出す。
その後、1時間ほど歩く中、ゴブリンと角ウルフを1体ずつ倒せた。
あと1体だけ、と思いながら歩き続ける。
段々、周囲に背の高い立木が増えてきた。
さらに、歩く方角の先に見える木々も徐々に増え、既に森と呼べるレベルだ。
ぐるっと周ってしまったようだな。
このDランクダンジョンは小さい球形の世界だといわれている。
一方向に歩き続けると、スタート地点に戻ってくる。
今の実力で森に入るのは避けたい。
今日はここまでにして、引き返そう。
『うん』
~ ~ ~
帰り道を歩き始めて、1時間ほど経った。
道をふさぐようにゴブリン3体が立っているのを遠目に確認できる。
どこから来たんだろうか?来るときに3体組はいなかったのに。
『モンスターは同じ地点に出現するけど、周囲を歩き回るから』
ゴブリン3体の内1体がこちらを指さしている。
ゴブリンは3体いることで気が強くなっているのか、ニヤニヤしながら近づいてくる。
オレはいつも通り、棒を上段に構える。
1体がこちらの間合いに散歩でもするかのように入ってきた。
「!?」
オレはゴブリンのあまりの無防備さに狼狽えながらも―――振り下ろしを繰り出す。
棒に強打されたゴブリンの頭が地面に勢いよく落ち、激突する!
他のゴブリンが攻撃してくると思い、すぐにバックステップする。
しかし、追撃してくることはなかった。
『なんか死んじゃったゴブリンを見てショックを受けてるね』
ちょっと攻撃しにくい。「しにくい」ってだけだけど。
すぐにこちらから踏み込み、2体目へ攻撃する。
その一撃は踏み込みの勢いが乗り、先ほど以上の威力を生んだ。
2体目のゴブリンの頭が地面を叩きつけられ、地面をエグりながら滑っていく。
3体目は既に目が死んでいた。口はパクパクして魚のようだ。心も死んでいるかもしれない。
オレはあまりに悲惨な姿に何も言えず、すぐ楽にしてやった。
~ ~ ~
冒険者生活2日目の成果はゴブリン5体、角ウルフ2体。会心の出来だ。
魔石の売却額は4400ゴルだった。
『その辺で1日バイトすれば倍近くもらえるね』
魔導具に触らせてもらえない職場でもらう金になんの価値があるっていうんだ。
『えぇ!?普通に金額通りの価値があると思うけど……』
少しずつレベルは上がってるし、棒の扱いも伸びしろしかない。
このままゴブリンと角ウルフを狩り続ければ少しずつ着実に強くなれるのは分かっているんだが―――
この流れはおそらく新人冒険者のテンプレ……というやつではないか?
つまり、この流れに乗った先に待つのは、才能のあるやつだけが上にいける未来。
オレのような凡人がそのまま乗っかったところで凡な未来にしか繋がっていない予感がする。
『凡な未来じゃあダメなの?ヒョウは魔導具と一緒にいられればそれで幸せだから、そこまで必死に修行したりしないと思ってたんだけど』
アリス……オレのことが分かってきたな!オレ自身そう思ってた。
でもな―――ダメなんだよ。この冒険者業界は闇だ。
言われるわけだよ―――割に合わないって。「キツイ、稼げない、危険」の3Kだって。
そんな冒険者業界における凡じゃあ、オレの夢が叶えられない。
ただでさえ、冒険者なんて生涯現役でいられるような仕事じゃないんだ。もっと上を目指さないといけない。
そのためにはアリスの言う修行も辞さない。
『た、確かに……冒険者になっても全然お金稼げてないもんね』
だから、オレはこのテンプレ展開から、少しでも逸脱しないといけない。
アリスは何かオレにできそうな技とか知らないか?
『できるかどうかはヒョウ次第だけど、いくつかあるから試してみる?』
ああ。試すだけならタダだからな!
そうだ。
―――アリスの存在こそがオレを逸脱させる。
『人聞き悪いよ!?』
~ ~ ~
オレはゴブリンと角ウルフを狩る合間に、アリスから棒を使った攻撃技を教わる日々を繰り返した。
借金は一切減らないながらも、少しずつ貯金ができる程度には狩りのペースもよくなっていった。
―――命の代価に見合っていないのは、今も変わらないが。
1ヵ月後―――
アリス、もうゴブリンと角ウルフを倒してもレベルが上がらなくなったし、森に行こうと思う。
『そうだね。森では死角が多くなるから、気を付けて』
ああ。アリスの探知能力を頼りにさせてもらう。
『まっかせなさい!』
今まで、他の冒険者に出会わなかった理由はおそらく、出入りの時間が違うことと、彼らが森を狩場にしていることだろう。
遠目に森が見える方角に向け、歩き出す。
そのとき、オレの胸の中には二つの感情が同居していた。
1つは、トラブルにならないといいんだけど、という不安。
もう1つは、未知に飛び込むワクワクだ。
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