第15話 サイラス

その日もいつもと同じ狩りになるはずだった。

いつもと同じ時間、同じルート、同じ狩り方。

既に何百回と繰り返し、効率化されたそれは、ダンジョンの再現性という特徴を活かした狩りだといえる。


しかし、今日に限っては本来接敵しているはずの場所にモンスターがいない。

つまり、今日の狩りには異物が混じっているのだ。


心当たりはあった。

今年の新人冒険者のうち一人は現在このダンジョンで狩りをしている、という話を耳にしていたから。

しかし、1ヵ月以上経っても出会うことはなく、森を避けて行動している油断ならないやつだと思っていた。


仮に、そいつがこちらの狩場を荒らしているなら、話をするしかない。言葉以上のものを見せてやれば納得してもらえるだろう。

そうやってオイラは他の冒険者も説得してこの場所を自分の狩場として守ってきたのだ。


~ ~ ~


そろそろ次のモンスター遭遇ポイントだ。

どこで遭遇するか分かっているだけに集中力は否が応でも高まる。


ここはマッドスパイダーが出る。

遠距離攻撃特化の蜘蛛型モンスターで、尾から出す糸に気を付けながら、近寄りさえすれば雑魚だ。


不意打ちを避けるため、周囲への警戒を全開にして進む。


そのとき―――「ハァッ」という掛け声とともに、大きな打撃音が聞こえる。

茂みの奥から聞こえた。


【音無し】


オイラは音を殺して、進む。


オイラの唯一使える魔術がこれだ。

それほど長い時間持続できるわけでもないのに、効果はただ自分の周囲の音を消すだけ。


茂みの奥を覗き込むと、あまり強そうに見えない男がいた。

マッドスパイダーに棒を振り下ろした態勢をしている。


棒使いというのも珍しいが、驚くべきはその棒の先だ。

地面に亀裂が入っている。


どんな威力の振り下ろしなのだ。

なんという、分かりやすい暴力。声を掛けるべきか逡巡したそのとき―――


「そこの茂みにいるやつ、出て来いよ」

「!?」


な、なぜ!?魔術は確かに使っていたはずなのに。


オイラは覚悟を決め、体を茂みから出す。


男は意外そうな顔をしている。それはそうだろう。

オイラは冒険者なんて荒事をするには体が小さい。


「新人か?ここはオイラの狩場なんだよ」

「狩場?」


男に、ダンジョンの再現性を利用した狩りについて説明してやる。


男はパチンと指を鳴らして理解を示してくれる。


「なるほど!オレも草原でゴブリンと角ウルフを狩ってるときは似たようなことをしていた。言いたいことはよく分かる」


第一印象に反して、話していて暴力的な匂いがしない。

こういう男には一番コレがいいんだ。


「オイラ―――」


素早く膝を曲げ、正座態勢に移行、そこから両手を前方に投げ出し、頭を下げる!


「すごく弱いんです!お願いですから狩場を移していただけないでしょうか?」


キマッた。

哀れみを誘うだろう?オイラみたいなやつを攻撃するなんて情けないことだと思うだろう?

世の中、取捨選択ができないやつは成功できない。

オイラはプライドなんて役に立たないものは捨て、明日以降の安定した日々を取る。


「アハハハハ」

「!?」


いきなり笑いだした!?

オレの土下座で同情しないだけならまだしも―――笑うか普通!?


「それはできないな。えーっと、オレには時間が足りない」


この新人は油断ならないやつで、しかも冷酷だ。

時間が足りない。つまり、これは―――サッサと4級冒険者になりたいからオイラを利用するという宣言!


「ちょっと待ってください。あなたに協力しますから、オイラにも旨味をください」

「……なにを言っているのか分からない」


恐ろしいやつだ。話を聞く気がない。


「……オイラはギルド員に知り合いがいます。その方に間に立ってもらって、契約しませんか?オイラの効率的な狩りであなたに協力します。全てモンスターを狩って頂いて結構です。魔石もいりません。その代わりといってはなんですが、1日1万ゴルもらえませんか?あなたの実力ならきっとすぐ4級冒険者になれます」


オイラがもしヒョウに背後から襲われても、ヒョウだけダンジョンから帰ってくればギルドはヒョウを疑う。

これはオイラの身を守る効果もあるのだ。


「……」


なんなんだ。この沈黙は。空気が重い。

実は、オイラの狩場は1日1万ゴル稼げない。それを見抜いている、ということなのか?


「……分かりました。1日9千ゴル、それでどうか手を打ってください。ただ、契約外で狩場を使うのも、他の人に教えるのも禁止という内容で契約させてください。そうでないと、オイラの狩場を守ることにならないので」


男は真剣な顔から、ご機嫌、といった顔に変えて言った。


「じゃあそれでいこう。これからはお互い対等の立場だ。敬語なしでやっていこうぜ。今更だが、オレはヒョウ」


そういって、手を差し出してきた。

なるほど。すべては交渉。こちらがもっと金額を下げることを読んでいたのか。

オイラはすぐ握り返す。


「オイラはサイラス。よろしく、ヒョウ」


恐ろしい新人もいたものだ。


~ ~ ~


ゲート前にいるギルド員のスランジさんに立ち合いをお願いして、ヒョウと正式に契約を交わした。

スランジさんを含め、この街の元冒険者はみんな粗野な部分が垣間見えることこそあるが、会話の中に暴力的な匂いがない。

オイラは彼らが間に入ってくれる契約なら信用できる。


「まさかヒョウがサイラスと手を組むとはな」


スランジさんはヒョウと知り合いだったようだ。


「ああ。サイラスの力を借りられれば、最短距離で4級冒険者になれると思った」


4級冒険者……か。

その単語には苦さしか感じない。


「そりゃあ正しいかもな。なにせサイラスは4級冒険者だ」


「そうだったのか。それは頼もしいな」


何も頼もしいことなどあるものか。

現時点でも、ヒョウの方が強い。


―――冒険者というのは、才能がモノをいう残酷な世界なのだから。

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