第13話 草原①

ゲート前―――

「おう、ヒョウ。早速来たな?」

「まさか1年も掛けずに冒険者になるなんてやるじゃない」


元冒険者のギルド員、スランジとチェルシーだ。


「二人はここで見張りの仕事か?」

「ああ。それと、出入りする冒険者を記録すること、だな。いつまでも出てこないやつを助けに行ってやるために必要なんだ」

「ヒョウも気を付けなよ~。向こうの世界は空の色が変わらないから時間がどれだけ過ぎたか分かりにくいんだ」

「ああ。分かってる。どのくらいで救助が出るんだ?」

「2日だ。所詮Dランクダンジョンだからな。そう広いわけでもない。不慮の事態に陥りでもしない限り、帰ってこれる時間だ」

「なるほどね。気を付けるよ」


二人から離れ、ゲートに近付く。

ゲートは間近で見ると迫力がある。

光を通さない闇がめまぐるしく渦巻いていて、巨大な漆黒の渦そのものだ。

激しい渦の動きにかかわらず、一切の音がしないのが、余計にこの世のものではないと感じさせ、恐怖を煽る。


アリスの記憶にあるゲートも同じか?

『うん。この中に入るの、毎回怖かったなあ。ヒョウも怖くない?』


怖い。最初に入ったやつはそれだけで勇者って呼んでいいくらいだ。どう考えても入ったら、生きて出られなさそう。

『フフフ。確かに』


アリスと軽口を叩きながら、ゲートをくぐる。

恐怖をごまかすため、というのもあったが、興奮に口数が多くなったからだ。


この扉は非現実の塊だ。この世界のものだとは思えない。

そして、この先にもオレの知らない世界が広がっているのだと思うと、心臓が激しく波打つ。


オレは冒険者だ。


~ ~ ~


ゲートを抜けると、そこは360度見渡せる草原だった。

白く小さな雲がいくつも、澄み切った青空に浮かんでいて、ゆっくりと風に流されていく。

ここがダンジョン内だということを忘れさせるくらい穏やかな光景だ。


視界に入るモンスターはいない。


さて、どの方角に進むか。

ざっくり分けると、草原の奥に森が見える方角と、その反対側のずっと草原が続く方角。


ただでさえ、ダンジョンに慣れていないのに森に入る気はない。

それに、調べた情報によると、出現するモンスターも草原の方が弱い。


『うんうん。森は死角が多いし、もっと慣れてからにした方がいいよ』


ダンジョンコンパスもないし、真っ直ぐ歩いて、同じルートで帰るのがいいか。

歩き始める前に、何が起こってもいいように内纏を使っておく。


~ ~ ~


歩き始めて十数分―――

アリス、いたぞ。ゴブリンだ。向こうもこっちに気付いた。


オレの胸くらいの背丈と人間のような両手足のシルエットに幼い子供を意識させられる。

しかし、近づくにつれ、草のような体色と血走った目、尖った剥き出しの歯がはっきりと目に映り、アレはモンスターであると強く意識させてくれた。

子供の背丈に関わらず、筋肉の塊のような体だ。ムキムキだ。


その体を活かして、オレに突撃してくる。

思っていたより速い動きに焦って、棒を振り上げる。


『ヒョウ、魔力を―――』

「セイッ」


渾身の力を込めた振り下ろしはゴブリンの頭に当たり、その衝撃でわずかに頭が下がった。それだけだった。


「!?」

『ヒョウ、避けてッ!』


アリスの悲鳴のような声が聞こえた、その直後―――

体を硬直させたオレにゴブリンが太い腕を体ごと投げ出してくる。


「―――ぐッッ!」


ゴブリンの体重を乗せた拳がオレの腹に突き刺さり、一瞬息が止まる。

しかしその痛みで、オレの体は動かなければ死ぬことを理解したのだろう。

硬直が解けたオレは反射的に強く地面を蹴り、後ろに下がる。


ゴブリンは倒れた体を起こしている。


腹部がズキンズキンと痛み、呼吸するたびに激痛が走る。

心臓は嵐のように荒れ狂っているが、距離を空けたことで冷静になれた。


太い腕と狂暴な見た目からゴブリンの攻撃を過大評価していたが、渾身の攻撃を無防備に受けてこの程度なら大したことはない。


『あばら骨が折れてるよッ!ポーションを飲んでッ!』


アリスが何か言っているが、心臓の音がうるさくてよく聞こえない。

いや、聞こえているが、理解できないのかもしれない。

今は目の前のゴブリンのこと以外に意識を向ける余裕がない。


『ヒョウ―――!?』


覚悟を決めて、ゴブリンへ突撃する。


先ほどのゴブリンの攻撃で棒は手放してしまった。

しかし、徒手空拳になろうとも、リーチはこちらが長い。


相手の拳が届くかギリギリの距離まで踏み込み、全力で蹴りを放つ。

仮に、カウンターが刺さったとしても―――我慢だ。死にはしない。多分。


その懸念は懸念のまま終わった。

狙い通り、ゴブリンの顔面へ渾身の蹴りが突き刺さり、ゴブリンが仰向けに倒れたからだ。


ゴブリンは唸りながら顔を抑えている。

効いている!なんでかは分からないけど、素手ならイケる!


それを確信してすぐにゴブリンの身体の上にまたがる。そのまま、敵の頭を狙い拳を振るう。

ゴブリンの手が邪魔だったが、逆にそこに手があればオレは安全。

途中、無抵抗の相手を殴る嫌悪感を感じたものの、腹の激痛がオレの腕を止めなかった。


『―――ヒョウ!』


アリスの切羽詰まった声で我に返った。

ああ、終わったのか。なんてザマだ。


すぐポーチからポーションを取り出し、飲む。苦い。

痛みがほんの少しマシになった気がする。


アリス、オレは今後、初めての戦闘はどうだったか、と聞かれたらこう答えるぞ。

ポーションのように苦いものだった、と。


『……結構余裕あるね』

いや……バカなことを言わないと挫けそうなだけだ。

しかし、今のはオレがしたい冒険者活動では断じてない。


オレだけじゃあ無様で当然だ。

オレと相棒、揃って完成される。そんな関係が理想だ。


『ヒョウ―――!』


次こそは上手くやってみせるぞ、相棒!

オレは棒を拾い上げた。


『この展開、もう予想できてたよね!』


~ ~ ~


戦闘の興奮が収まるのを待っている間に、ゴブリンは煙のように消えた。

その瞬間、体内の魔力濃度が上がったのを感じた。


なるほど。これがレベルが上がる、というやつだな。


ゴブリンが消えたあとには小さな魔石が落ちている。

ポーチに入れておこう。これが今後の収入になるんだ。


記憶に新しいうちに、さきほどの戦闘を反芻する。

棒がゴブリンに当たったのに大したダメージにならなかったところだが、アレは痛恨のミスだった。


『うん。魔力を込めないとダメだよ?』

うっかりして、危うく死にかけた。

初のダンジョンに舞い上がってたのかもしれない。


アリス、他には何かあるか?

『戦うときに目の前の相手しか見えなくなるのを改善した方がいいと思う。具体的にはわたしの声をちゃんと聞いて!』

やっぱりアリス、戦っている最中に何か言っていたのか。分かった。注意する。


アリス、先へ進もう。

『うーん、お腹は大丈夫?骨は直ってるみたいだけど』

ああ。歩く振動で激痛が走るけど、我慢できる。

『それ我慢する必要ある!?』


……確かにそうだ。今まで冒険者になるべく、時間に追われるように自分を鍛え続けたけど、その目標は達成したのだ。あとはのんびり借金を返せばいいじゃないか。


―――今日は早いけど帰ろう。


~ ~ ~


鑑定所―――

「ゴブリンの魔石1個で600ゴルになります。売却でよろしいですか?」

「600ゴル!?一桁間違ってない?」


一食分、しかも大して豪華でもない普通ランク一食分の値段でしかない。


「いえ、ゴブリンといえばDランクダンジョンでも最も弱い部類のモンスターですから、どうしても安くなっちゃうんですよ。まあ正確にはDランクダンジョンである時点で、大した値段にはならないんですけどね。アハハハ」


スランジ達が言ってたのは本当だった。

冒険者は割に合わない。


アリス……オレが間違ってたよ。

5級冒険者は1日でも早く卒業してみせる。

確かに魔導具である棒を手に、のんびり5級冒険者をやっていくのも悪くはない。


でも、まだ地に足つけるには早いんじゃないか?

もっと稼げるようになって身に着ける魔導具を増やしたくはないか?


まだイケるイケる。体は悲鳴を上げる場面が多々あった気がするけど、心は背中を押し続けてる。

全身を魔導具に包まれてのんびりやっていけたら最高じゃないか!


まだ見ぬ魔導具のためにも志を高く持たないといけなかったんだ。


『気持ちは分かるけど、言ってることは破滅するまで降りないギャンブラーみたいだよ!?』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る