第10話 内纏

まずは、ウィンザーのアドバイスを試すぞ。


『確か、自分を洗濯機、魔力を洗濯物と考えろ、って言ってたね』


ああ、洗濯機なら洗濯物は全部一緒に回すイメージだ。

つまり、身体中の魔力全てを同時に循環させるイメージをするのがポイントでは?


『そうだよ。だから血液のイメージだってば』


オレはそれで身体中の血液の流れを同時にイメージできなかったんだよ!


やってみるぞ。

回転の中心を意識しやすいように右手を胸に押し付ける。

部分的な魔力に意識を集中させないように気を付けながら、身体中の魔力全体を右回りに回す。

その瞬間、身体中の魔力がググっと、右回りに動いた……ほんのわずかに。


『やったね。内纏の道は深いんだから、焦らず一歩一歩進もうね』


そういえば、なんでアリスは半年間のトレーニング中に、内纏を教えてくれなかったんだ?

教えてくれてたらシャトルランだって余裕だったし、今頃は冒険者になれてただろう?


『内纏はそんなお手軽な技じゃないんだよ?魔力が身体中を動き続けるのは大きな負担なの。体ができていない人や幼い子供は厳禁なんだから。ギルドだってそれが分かっているからこそ、年齢制限を設けたり、試験で体力を試したんじゃないかな』


なるほど。

そういえば、魔力を魔石に入れるために体外に放出するときも最初は結構疲れたな。あれは手の平からだけだったけど、それを全身で行うんだから、その負担は推して知るべし……か。


オレが納得したのを感じ取ったのか、アリスは続ける。


『それに、ブレイブやシンを見たでしょう?彼らの身体は同年代にも関わらずヒョウより鍛えられてる。ヒョウにはまだ内纏は早いと思ってたんだよ。だから言うまでもないと思うけど、今後も体力づくりは継続したほうがいいよ?』


それは言われるまでもない。魔導具とのトレーニングは止める理由がない。


◇ ◇ ◇


ヒョウと常に一緒にいるわたしは、出会って数日もすれば、確信してしまった。

この人―――おかしい。


この半年のトレーニングは地味なように見えて、実は異常極まりない過酷なトレーニングだった。

ヒョウの肉体が悲鳴を上げない日はなかった。


勇者として幾度も修羅場をくぐり抜けてきた身として、精神が肉体を凌駕する様は何度も見てきた。

動けないはずの人が動く。死んでいるはずの傷を負っても、立ち上がる。

それは鍛え上げられた精神に、鍛え上げられた肉体が応えた結果で起こる奇跡だとわたしは思う。


しかし、ヒョウの肉体はまだまだその域には遠いにもかかわらず、その現象を頻繁に繰り返しているのだ。

つまり、精神が原因に違いない。そうして、ヒョウの精神力の源はなにかと考えれば、それは簡単だ。魔導具への愛。魔導具を侍らせて、生きていきたいという欲望。その欲望があまりにも強すぎるのだ。

貧弱な肉体が「もう無理です。帰らせてください!」と言っているのに、強面ガチムチな精神が「いいから働くんだよ!」とパワハラ上司のように、動かしている。

ヒョウの場合、肉体を欲望が凌駕して常に主導権を握っている。

……本当によく捕まっていないものだと思う。


今、ヒョウは新しい挑戦を始めた。

内纏は、ヒョウの身体への負担を考えると、手を出すには少し早いと思っていた。

しかし、ヒョウの魔導具愛は、常にヒョウの背中を押し続ける。やはり、肉体は言われるがままなのだ。


ヒョウは今日も、内纏の修練を重ねている。


『どうにもスムーズに動かせない。勢いが足りないのか?いや、逆か?……はみ出してる部分を特定する方法はないか?……(ブツブツ)』


うまくいっていないが、それも仕方ないだろうと思う。

体力づくりのトレーニングとは違い、この手の修行はセンスを問われる。

魔導具への愛で精神力にドーピングをキメたところでどうにかなるものでは―――


『面白いことを思いついたぞ』


ヒョウはそう言って練習を切り上げ、移動を始めた。


~ ~ ~


目的地はゲートのすぐ近くにあった。

入口に扉のないお店で、店先の看板には「鑑定所」とある。

奥行が深く、店員空間が広いレイアウトだ。


「こんにちは」


小柄で横に大きなおじさんが返事をする。


「はい。こんにちは」

「この金で買えるだけ、クズ魔石を売ってほしい」

「いいですよ。袋に詰めますね」


しばらくして、大量の魔石を入れた袋を持ったヒョウが店を出た。


『お金、せっかくバイトで貯めたのにいいの?』

『確かに良くはないが……今は少しでも早く冒険者になるのが最優先だ』


よっぽど自信のある方法を思いついたということなのだろうか。


次に、ヒョウは泊っている宿屋に戻っていく。


「女将さん、悪いんだけど、手伝ってほしいことがあるんだ」

「なんだい?言ってごらん?」

「仰向けになって寝るオレの体の上にびっしり、この魔石を載せてほしいんだ」

「……どういう遊びなんだい?」

「いいからいいから。終わったら魔石が少しでも光った場所を魔石ごと、オレに向かって押してほしい」


そう言って、話をすすめるヒョウ。


「まあそのくらいならいいけど」

「ありがとうございます!」


~ ~ ~


そうして―――頭から足の先まで魔石で埋まったヒョウの姿が出来上がった。

これはひどい。ヒョウ、疲れてしまったのね。


「フフッ……フッ……フフフッ……」

それを見た女将の口から抑えきれなかった笑いが漏れている。


……いや、これはもしかして―――ヒョウなりのリフレッシュ方法?魔石リフレ?


『アリス、よく見てろ?』


ヒョウはこの状態で内纏を試みる。

さきほど同様、ぎこちない魔力の動きだ―――いや、これは―――魔石が光って、問題の箇所があぶり出されている!


『ぎこちなさの一因は魔力が体からはみ出てるってことだろう?でも、身体全体の魔力を動かすことに集中してるオレはそれに中々気づけない。アリスも体の部位で指摘はできても正確な位置は言葉で指摘しにくい。そこで、身体の上に載せた魔石の出番だ。こいつが光っている箇所を女将さんに押してもらえれば、オレは押されないように自然と改善していく』

『―――』


頭を殴られたような衝撃を受けていた。


そんな方法が―――!?

内纏の修行も魔導具愛で突破しちゃうの!?


ヒョウはがっかりしたように言い、話を続ける。

『しかし、サラッと改善できるわけではなかった。まだまだ要練習だ』


「女将さん、暇なときだけでいいから、また頼むよ!」


『この修行法に名付けるなら、魔石の下なら3週間、だ』

『3週間ってどんな根拠で!?』


~ ~ ~


1週間後―――

『次は背中側だ』


ヒョウがうつ伏せになり、女将に魔石を載せてもらっている。


『何度見ても面白い練習だね。ヒョウからは見えてないだろうけど、女将が吹き出すのをこらえるためにハムスターみたいになってる』

『それは良かった。オレは修行ができ、女将さんは笑えて楽しい。ウィンウィンってやつだ』

『それはちょっと違うような……』


ヒョウは別に女将さんを楽しませるつもりはないけど、女将さんはヒョウの頼みを聞いてやってくれてるんだから……。


~ ~ ~


1週間後―――

『アリス、どうだ』

『うん。少なくとも身体からはみ出るようなことはなくなったよ。まだ完璧とは言えないけど、実用レベルには達したと思う。じゃあ、その状態で歩いたり走ったりしてみて?』

『分かった。―――普通にできる』


そう、歩いたり走ったりは意識せずできる行動だから、内纏に集中していられる。


『じゃあ、文字を書きながらではどう?』

『―――!?いつの間にか止まっていた』

『そういうこと。無意識下で続けられないと、他の意識的行動が起こないの。これじゃあ、モンスターと戦うのは無理だよ』

『アリス』

『分かってる。内纏が途切れた瞬間に指摘するね?』


~ ~ ~


1週間後―――

ヒョウが壊れた目覚まし時計を弄繰り回している―――内纏を使ったままで!


『完璧だよ!ヒョウ!……ヒョウ!?帰ってきて!』


お、おう。夢中になってた。でも、これで無意識下での内纏まで習得した。

あとは、ギルドで確認してもらえば、晴れて冒険者か。


そういえば……これで3週間目。

魔石の下なら3週間、きっちり間に合わせてくるのね!?

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