第6話 冒険者登録試験①

普通は地獄に感じるような苦しみも、魔導具に包まれれば、そこは天国。

そんな日々を続けて、とうとう試験日がやってきた。


ギルドの冒険者登録試験はDランクのダンジョンがある場所でのみ年に1回行われている。


今日、このオレが住む街ネルンには周囲の街から受験者が集まってきているのだ。


『わたしは街の外に出たかったな』

オレは楽で良かったけどな。


時間が危なくなってきた。急ぐぞ。

『もう!のんびりしてるから!』


早く行って緊張するのもイヤだったんだからしょうがない。


駆け足で数分―――

ギルドの受付でジュディスに声を掛けようと近づく。

ジュディスは、このギルドの顔である受付嬢であるだけに、容姿が整った20代前半の女性だ。

しかし、オレの中でジュディスのあだ名はポンコツ受付嬢である。


「こんにちは。ヒョウくん。今日もトレーニングに行かれるんですか?」

「いや、今日は冒険者登録試験を受けに来た」


オレは早口で話す。


「そうですよね。今のはジャブでした」


ジュディスのペースに巻き込まれまいと切って捨てる。


「そういうのはいらないから」


というか、受付にきた客にジャブ打つな。


「ダメですよ!ヒョウくん。コミュニケーションを疎かにしては立派な大人になれませんよ?」


オレは対応を間違えたようだ。

余計なことは言わないようにしよう。


「気を付けるよ。試験会場を教えてくれ」

「ちょっと待ってください……係りの人……いないですね。休憩に行っちゃったのかしら……私についてきてください。ヒョウくん」

「分かった」


出会った時から、ポンコツ具合は変わらない。

不安しかないが……今は頼るほかない。


「この部屋で待っていてください」

「ああ」


オレはジュディスが離れる前に扉を開け、中を確認する。


「…この部屋、誰もいないんだけど、本当にここか?」

「あれ?えーっと、アハハ。こっちでした」


ジュディスと集合部屋を探すこと数分。


「お手数をおかけしてすみません。わぁ時間ピッタリ、縁起がいいですね。では、頑張ってください。ヒョウくん」

「ああ……ありがとう」


悪い人じゃないんだ……悪気がある訳じゃないんだ……ポンコツなだけなんだ。

オレは自分に言い聞かせた。


~ ~ ~


集合部屋は教壇とその方向を向いた椅子だけが置かれた広々とした部屋だった。


既に30人近くが集まっていた。椅子が足りなくて、半分以上は立っている。

年代は幅広く、全体的に若年層が多い。オレと同年代とおぼしき子が半分くらい。その一方で、中年にさしかかるような人もいる。

全く鍛えていないのが丸わかりな人が多い。


ちょっと身構えすぎていたのかもしれない。スランジ達にからかわれてたのか。


受験者達の前に壮年の男性が出てきた。

熊のような威圧感のある体格に強面で近寄りがたい風貌だ。

試験官で間違いないだろう。


なにやらこちらを見ているような気が―――顔が怖いぞ。

機嫌を損ねないよう愛想笑いを返しておこう。


彼がこちらから目を離し、周りを見渡しながら口を開く。


「みんな。注目!これからウォーカー登録試験を始める。まずは自己紹介だ。オレは元3級冒険者のウィンザー。普段はCランクダンジョンのある街アルバでギルド員として雇われている」


つまり、このウィンザーと名乗る男性は元々冒険者として中堅に位置していたということになる。


「ギルドから今年の試験内容はオレに一任させてもらっている。一人ずつ丁寧に試験してやりたいのは山々だが、人数多すぎだな。元冒険者として、一つ教えてやる―――走れない冒険者はいない―――という訳で、外に出るぞ」


~ ~ ~


ウィンザーの先導の下、ギルドの外に出てからさらに移動し、開けた場所に連れてこられた。

ウィンザーは30メートルの間隔を開けて2本の線を引いた。


「試験はシャトルランだ。オレが手を叩くたびに反対側の線へ向かえ。終了のタイミングは秘密だ。何回も線に到達できなかったやつはオレが声を掛ける。その時点で失格だ。1年間しっかり積んで来年も受講するか、この道を諦めるかはそいつ次第だ」


みんな不安そうに周りの様子を窺う中、オレは口角が上がりそうになるのを抑えていた。

もらった!これだけは―――走ることだけはこの半年飽きるくらい積んできた。


―――オレの独壇場になったら悪いな!


「みんな位置についたな。では……はじめ!」


シャトルランが始まって20分―――

まだまだ余裕がある。

既に受験者は残り10人ほどだろうか。


汗がすだれのように落ちていくが、まだまだ余裕がある。

それにしても、妙に速いやつらがいる。


『いいペースだよ。頑張って!』



シャトルランが始まって40分―――

余裕はもはやない。

ウィンザーが手を叩く間隔はどんどん短くなる。

もはやオレがいつも行っているランニングより速いペースで走らなければ間に合わない。

何故、オレはこんなにツラく感じているんだ。


『もうひと踏ん張りだよ!頑張れ頑張れ!』



シャトルランが始まって50分―――

残り何人だろうか……。

パン、と乾いた音が聞こえると、重たい体を反転させ、足を前へ踏み出していく。

既に惰性で繰り返している動作だ。

視界は曇り、吐き気に襲われ、体は重たく、節々から痛みが大合唱。

もはや心だけで前に進んでいるようなこの感覚はこの半年で幾度となく味わったそれだ。


オレはやっと気づいた。

唯一違うとすれば、それは―――魔導具を身に着けていないこと!

そしてそれこそがオレにとって、最大の誤算だった。


『!?』


オレがこの半年、耐えに耐えられたのは、いつも魔導具と共にあったから。今オレは独り。心が折れそうだ。


『わたしの声聞こえてますか~?』



シャトルランが始まって1時間―――

もう何回連続で線までたどり着けなかったか覚えてない。

ウィンザーに呼ばれるなら、それは実力不足だ。しょうがない。

だが、オレがここで自分の意思で止まるということは、魔導具と共にある未来を自ら捨てるということ。


それは―――それだけは―――死んでもできない!


手を叩く音が鳴る度、みんながオレの横を走り抜けていく。

オレだけが中央付近をウロウロしている。

被害妄想なのだろうか。視線を集めてしまっている気がする。


―――オレの独壇場になっちゃって悪いな!


『なんて惨めな姿なの!?いくら周りより劣っているからって、ヒョウだけを滑稽な晒し者にするなんて酷すぎる!内心、必死に強がってるけど、もう傷だらけだよ!』


お前が酷すぎるわ!オレの心に付いた傷はお前の仕業だよ!

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