第5話 注文
トレーニングを始めて早くも1ヵ月。
体中は常に痛みが爆発して、もはや脳が痛みをスルーする日常になっていた。
そのおかげか、精神的には割と余裕ができてきた。
スランジが言っていたアドバイスにも、素直に従っている。
その意図をはっきりと理解できてはいないが、魔力の扱いに慣れておけ、程度の意味合いに捉えている。
魔力というのは血液や筋肉と同じく、人である以上、必ず体内に存在している。
魔導具の起動に使ったりするくらいしか使い道のないそれは、一般人にとってそもそも慣れるとか考えることすらない。
例えるなら、呼吸法だ。大半の人は意識せず行っているし、それで困ることはないから、それを意識的に変えたりはしない。
オレも例外ではなく、魔力を込め続けるなんて無駄なことをしたことはなかった。
そして、スランジの言う通りに魔石に魔力を込め続けた結果、今まで経験したことのない疲労を感じたのだ。
~ ~ ~
今日は久しぶりに魔導具を買いにいく。
そう決めただけでテンションが自然と上がってくる。
街の魔導具店もいいが、そちらよりギルド内の魔導具店の方が全体的に安い。
だから、まずはそっちから見に行くぞ?
『何を買うの?』
もちろん、無駄遣いじゃない。トレーニング用の魔導具だ。
……そういえば、オレの思ったことが伝わってるなら聞かなくても分かってるんじゃないのか?
『伝わってるんじゃなくて、わたしが読み取ってるんだよ?だから、集中してヒョウの心の声を聞こうとしないと分からないの』
そうだったのか。こっちから声を掛けられないのは不便だな。
『……やっぱりヒョウは変わってるね』
~ ~ ~
装飾品系魔導具店「ジェラシー・オーナメント」―――
オレが寝泊まりしている宿屋から五分ほどのところに、存在しているそのお店は扱っている商品に合わせてか、パステルカラーの可愛いお洒落な外観をしている。両隣のお店に比べて、少し背が低いところもその印象を強めている。
「お久しぶりです、店長」
オレにとって、店長は一人じゃない。
伊達にこの辺の魔導具関連ショップ全てで働き、クビになってない。
店の中に入ろうとするオレに慌てたように声を掛ける店長。
「ストップ!ヒョウちゃん、そこで止まりなさい!なにも触るんじゃないわよ!」
なんて酷い応対だ。この店の質も落ちたもんだぜ!
『なにしたの?』
ちょっと魔導具に触ったら、少しだけ壊れてしまったくらいで特になにも。
『十分になにかしてるねえ』
悪気がないこととはいえ、店長に迷惑を掛けたのは申し訳なかった。
しかし、それでも今は善良な客として来ている。
入口で突っ立っていたって、埒が明かない。
「店長が警戒してるのは分かりますが、オレは客として来たんですよ?もっとそれらしい応対をお願いしますよ」
「あなたが壊した魔導具を弁償できるくらいお金があるならそうするわ。でも、あなたはギルドへの返済も終わってないでしょうが!」
くっ。正論だ。
それでも、ここで帰るわけにはいかない。
「わ、分かりました。商品には手を触れない、それでいいですよね?」
「……あなた、近付いただけで壊さないでしょうね?」
「できるか!!!」
……多分。
~ ~ ~
店をぐるりと見て回る。
このお店の素晴らしいところは、店長自作のアクセサリー系魔導具を置いているところだ。
機能的には真新しさはないが、店長のセンスを活かした魔導具が所狭しと並んでいる。
オレは、以前には見かけなかった魔導具を見つけては、触りたくなる欲求を抑える。
……ちゃんと我慢するので、店長―――オレのことずっと見てるの、やめてください。落ち着かないです。
目当ての魔導具を見つけ、店長に声を掛ける。
「この腕輪にオレが持ってきた魔石を取り付けることはできますか?なるべく頑丈にガッチリ固定することを最優先にしてほしいんです」
オレが探していた腕輪は、着ける腕の大きさに伸縮する機能を持つ魔導具だ。
「そりゃあ簡単な作業だから、追加料金さえもらえれば出来るわよ?」
「じゃあそれを4つお願いします」
そう言って、代金を渡す。
「わかったわ。じゃあ明日取りに来て?」
「はい。じゃあもうちょっと店の中を―――」
「作業に集中したいから出てって!」
追い出された。やっぱり客扱いされるには金が必要ってことだ。世知辛いぜ。
『ヒョウはなんで魔導具を注文したの?そんなの触ったら壊しちゃうんじゃないの?』
勘違いしてるようだが、オレは魔導具を触っただけで、なんでもかんでも壊すような異常者じゃないぜ?
その魔導具に、触られたら壊れる箇所があるから壊れるんだよ。
つまり、繊細なつくりだったり、壊れかけだったり、その魔導具にも少なからず問題があるんだ。
そこをオレは無自覚に触ってしまうだけだ。
もちろん、オレは問題のある魔導具も愛せるから何も問題はなくなるわけだな。
『異常者であるようにしか聞こえなかったけど!?』
~ ~ ~
翌日―――
「おはようございます。出来ましたか?」
「もちろん、出来てるわよ。持っていって」
渡された腕輪をベタベタと触ってみる。
「ありがとうございます。触っただけで分かります。これは素晴らしい!なにせ―――壊れない!」
「あなた、わたしを馬鹿にしてるでしょ!?」
「!?」
「ホントはわたしだってもっと格好よく作れるのよ?あなたが耐久性重視でいいっていうから」
なにやら誤解が生まれているようだ。
オレは誠心誠意、真心を持って告げる。
「していませんよ。オレが作ろうとしたらこんなふうには絶対ならない。こんなものを作れるなんて尊敬に値します」
「……いい意味で捉えていいのよね?」
「?……はい」
いい意味ってなんだろう。
それはそうと、腕輪をじっと見る。
腕輪にはガッチリと魔石がはめ込まれている。
抑え込むツメが大きすぎて、魔石が隠れてほとんど見えないくらいだ。
想像以上に無骨なデザインで逆にちょっと面白いな。
「フフッなんて不細工なんだ」
不細工可愛い。外見なんて二の次で性能こそ絶対だという強い意思を感じる。
オレが使うならこれくらい耐久性特化のつくりでないと安心でき―――
「やっぱり馬鹿にしてんじゃないの!!!」
「!?」
怒鳴り声と共に店を追い出された。前にもこんなことがあったような。
前々からもしやと思っていたが、どうもオレは魔導具店の人と相性が悪いようだ。
魔導具店で働いているのだから、オレと同じく魔導具に人生を捧げているといえる。つまり、これはいわゆる―――同族嫌悪ってやつか。
『ヒョウと同族はこの世に存在しないと思うよ?』
~ ~ ~
気を取り直して、トレーニングに行こう。
今までは、両手に魔石を持ってトレーニングをしていたため、魔石2個までしか持てなかった。
しかし、この腕輪を使ってトレーニングすることで、両手両足に1個ずつ計4個分を身に着けて魔力操作の練習も可能になるのだ。
フフフ、この魔導具に包まれている感、素晴らしいぞ。どこまでも走っていけそうだ。
後日、また店長にお願いして同じものを追加注文しておこう。
『……しばらく時間をあけようね?』
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