第4話 元冒険者

アリスの指示に従ってストレッチを続けていたが、気付けばバイトの時間だ。


『どこでバイトなの?』

このギルド内にある酒場だ。


それはそうと、早く行かないとドヤされるな。

牛歩でしか動けない。ただ歩いているだけなのに呼吸が荒くなる。


「フーッ…フーッ…フーッ…」


『お腹イタイ人みたい』

オレもそう思う。それに、間違ってはいない―――実際は全身が痛い人だけど。


~ ~ ~


酒場「グリン・バッカス」―――

ギルド内でも中心部の一画を陣取っているその店は、人気の酒場だ。

お店のつくりは外観にも内装にもふんだんに木が使用されていて、格好よくも暖かみを感じる。


広々とした店内の中央には大テーブルが、壁際には中テーブルが並んでいる。

店の奥はテーブル席になっていて、そのさらに向こうにマスターがいる。

本名は知らない。聞いたかもしれないが、マスターはマスターだ。


「すみません。お待たせしました!マスター」


オレは痛みに顔を歪めながら、近付いていき笑顔で挨拶をする。

結局10分ほど遅れてしまった。

客は店内に数組入っている。マスターだけではこれ以上客が入ると厳しそうだ。


「ああ、本当に待ってたぞ?ったく!さっさとエプロンつけて仕事しろ!」


筋骨隆々の肉体と濃い顔も十分特徴的だが、何よりドスの利いた怒鳴り声がまさにマスターだな、と思う。


『ヒョウよりよっぽど冒険者に向いてるよね』


「ハァ……ハァ……」

「―――ってなんでゆっくり動いてんだよ!?さっさと動けって!」


痛すぎて気持ち悪くなってきた。トイレ行きたいって言ったら怒られるか?


~ ~ ~


今日のオレのミッションはバイトで金を稼ぐことだけでなく、冒険者登録試験について知っている人に話を聞くことだ。


この店の客層は、このギルドの従業員やギルド内のお店に関係している人が大部分を占める。

冒険者の姿は本当に少ない。

それは、この街にあるのがDランクダンジョンだからだ。


冒険者のボリュームゾーンはB~Cランクダンジョンで活動している。要は、上のランクに行ける実力がある冒険者はDランクダンジョンに留まることはない。美味しくない、ということだろう。

そこで、このバイトが役に立つというわけだ。嫌でも冒険者と遭遇する酒場でなら上手いこと話を聞けるはず。


時間も夕食時になり、ぼちぼち客が増え始めてオレ以外のバイトも忙しなく動いている。


「おい!ヒョウ、これ2番のテーブルに持ってけ」


マスターがカウンターに乗った料理を指さす。


「はい!」


言われた通りに料理を持ち、中テーブルに陣取った3人組に近付く。

客の姿を確認して、待ち望んでいたチャンスが来たことを知った。


「お待ちしました!」

「待ってたぜ、ヒョウ。今日はバイトか?」

「聞いたぞ。冒険者になるんだって?」

「そうなの?3Kよ?」


聞き覚えのない単語だ。


「割に合わないって話は聞いてけど、3Kって?」

「キツイ、稼げない、危険」


3人は顔を見合わせて―――


「「「アハハハハハハ」」」


こいつら……。

この酔っ払いどもはギルド員であり、元冒険者のスランジ、ビル、チェルシー。

2年ほど前に、ここでバイトをしていて彼らと知り合った。


3人とも元3等級冒険者だ。

冒険者の等級は5級から始まり、1等級ずつ上げていく。

3等級は中堅であり、冒険者として成功のラインともいわれている。

ギルドは3等級以上の冒険者が引退する際、活動実績や人柄など総合的に判断してギルド員に採用することがある。要は、荒くれ者の多い冒険者とギルド職員との間の防波堤になってほしい、という話だ。

この3人は、ギルドから信頼を勝ち取った、冒険者としては比較的まともな人間ということになる。


気を取り直して口を開く。


「半年後に冒険者試験を受けるんだけど、試験ってどんなことするんだ?」


「オレのときは隣の奴と殴り合え、って言われたな」

「試験官からひたすら逃げる鬼ごっこ……だったな」

「あたしのときは荷物担いで山登りだったわ」


「つまり100%肉体系の試験か」

「ヒョウは合格するまでどれくらい時間がかかるか楽しみだな」


「……賭けるか?」

「「乗った」」

「半年後に決まってんだろ?」


3人はニヤニヤして何も言わない。

……そんなに難しいのか。


「そんな不安そうにすんなよ!ちょっと耳貸せ!」

「おい、スランジ!オレ達はこれでもギルド員だぞ。特定の個人に肩入れしちゃ……」

「まあいいんじゃない?スランジも言って良いことと悪いことの区別くらいはするでしょ」


意味深な会話は止めろ、と言いたいが下手なことを言ってダンマリされたら堪らない。

期待を込めて、スランジを見る。


スランジは頷いて、小声で言った。


「お前、ランニングを始めたな?今、全身筋肉痛なんだろう?それは悪くないと思うぜ。だが、手が空いているんじゃないか?適当なクズ魔石を握って魔力を込め続けるんだ」


「なんの意味が―――」

「おい、ヒョウ。いつまでもくっちゃべってんじゃねぇ!」

「すみません!」


そういえば、仕事中だった。


「信じるも信じないもお前次第だ」


スランジはニヤリと笑って言った。


「参考になったよ、ありがとう。仕事に戻る」

「合格したら奢れよ?」

「万年金欠のガキにたかるなよ……」


だが、焦りは少し軽くなった気がする。

ランニングを続けるだけで大丈夫なのか、どうしても不安だったからだ。


~ ~ ~


「お疲れさん」

「「「お疲れさまでした」」」


「お前ら、これ食ってけ」

「「「あ――ありがとうございます!」」」


なんだかんだマスターは優しい。

さっきもスランジ達が知り合いだって分かっててオレに行かせてくれた。

不満が残るとすれば、現役冒険者には接近禁止令を出されてることくらいだ。


一回魔導具触らせてもらってぶっ壊しちゃったからなあ。

冒険者顔負けの迫力を持つマスターに間に入ってもらえなければ、どうなっていたことか。

マスターが魔導具関連のお店を経営していたなら、オレはマスターに一生ついていっただろう。


『そういえば私の封印されてた大剣を素手でどうやって壊したの?』


愛のすれ違いによる悲劇、名付けて、パッシング・ラブだ。

『なに言ってるの?頭大丈夫―――ではないね』


―――ああ、アリスが頭の中にいる時点で常軌を逸してるな。

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