第3話 体力づくり
宿屋に戻りながら、アリスと脳内会議を始める。
アリス、オレの状況は大体飲み込めただろう?
オレが抱えている課題は半年後の試験に合格することだ。試験内容については、後々聞ける当てがあるから置いておく。当面やるべきは強くなることなんだ。詳しい試験内容はどうあれ、冒険者の活動内容を考えると、強さを問われるものに違いない。
『うんうん』
正直、藁にも縋る思いで聞くが、お前は何ができる?
『昨日も言ったけど、わたしのことを開放してくれたヒョウのためなら、なんでもするよ』
……うん。気持ちは嬉しい。健気な奴だ。オレの聞き方が悪かったよ。そんな健気で幽霊なアリステラさんは具体的になにができるんでしょうか?オレをこう……幽霊パワー的なので強くしたり……なんなら勇者の力を貸してもらえたりとかできないのか?
『うーん、そういうのはできないかな。勇者としての知識を貸す、とか?』
それは……期待していいのだろうか。200年近く昔の知識か。じゃあ単刀直入に、今のオレを強くする方法はその知識の中にあるか?
『……走ればいいんじゃないかな』
―――ああ。オレもそう思う。体力づくりの基礎の基礎だよな。
~ ~ ~
早速、街の外周まで来た。
元々ギルド自体が街の外れにあるので、大した距離は移動していない。
『のどかな景色だねえ』
アリスの言う通り、周りには一切人の手が入っていない平原と少し離れて野山が見える。
本当に、なにもない。
軍事・政治・経済的に、どの観点においても重要ではないこの街は、人の出入りもそう多くない。
ただ、今に限っては人が少ない方がありがたい。きっとオレは見苦しい姿になるだろうから。
オレは自然を感じながら、街の外周を走り出した。
2時間後―――
「ハァハァ……ハァハァ」
これは中々……しんどい。
『頑張れーー!』
1時間後―――
「ゼェゼェ……ゼェゼェ」
そろそろ……いいんじゃ……ないか?……いや……まだ……まだ。
足が棒のようだ。酸素が足りない。
しかし、これは魔導具への愛を試されているんだ。負けられるか。
『顔真っ青だよ!?』
1時間後―――
「ゼッゼッゼッゼッ」
かんがえるな。むになれ。
―――バタッ
「―――」
『ヒョウ―――!?』
気付いたら前のめりで寝ていた。
体を起こすが、視界がぐわんぐわんと揺れている。
吐き気がこみあげ、頭を上に向けて抑える。
『大丈夫?』
オレは「休みたい」と訴えを起こす体の声に一切取り合わず、立ち上がる。
『もっと休んだ方がいいよ』
情けない。休みたいあまり、幻聴まで創り出して。
オレは当然、幻聴にも取り合わず走り出した。
『幻聴じゃないよ!?』
しつこい幻聴だ。そこまで休みたいのか。しっかりしろ、オレ。
『!?だから幻聴じゃないって!ホントにしっかりして!』
オレは幻聴に負けんぞ!
1時間後―――
オレは真っ白な世界にいた。
『起きて!』
「―――ハッ」
また意識を失っていたようだ。
起こしてくれたのか、アリス。助かった。病院にでも連れていかれてたら金がかかるからな。
『いいんだよ。所詮、幻聴の言うことだから』
なにを言っているんだ?まあいい。今日はもう帰ろう。
『ヒョウは普段から鍛えてたの?わたしが思ってるよりずっと走れてるよ!それとも、今の人たちはそのくらい動けるのかな』
平均よりは動ける方だと思う。12の頃からギルドにいると筋肉バカに会うことが多くて、可愛がりと称したシゴキを受けたりしたもんだ。厚意でやってるのは分かってても、元々インドアなオレには地獄だったよ。
お上品で良い子だったオレは学んだんだ。世の中、下手に出てればどこまでも調子に乗るバカ野郎が多いってことをな。
『そ、そうなんだ。でも今はそれも良い経験になったね』
そうだけど、感謝はしないぞ。あくまでもそれを良い経験に変えたのはオレだ。
『別に感謝しろなんて言ってないけど……あ、そうだ!ヒョウ、あなたの後ろから小さな女の子が走ってくる』
徐々に後ろから軽い足音が近付いてくる―――オレを追い抜いた―――幼い女の子だ。
「!?」
オレが無意識に後ろを見てたのか?
『違うよ。分かってると思うけど、わたしはヒョウと感覚を共有していないの。味覚も痛覚も、もちろん視覚も。魔力を使って見聞きしてるの』
そんなことができるのか。オレもそれができるなら教えて欲しいんだけど。
『私も生前にできた記憶はないから、魂だけの存在になってはじめてできるのかも』
残念だな……そうだ!
オレはパチンと指を鳴らしてアリスに伝える。
アリスに頼みたいこと、もう一つ思いついたんだ。これはお前にしかできない重要ミッションだ。
『なになに?』
目覚ましだ!
『ん?なんて?』
だから目覚ましだよ。オレは朝が弱いんだけど、今は時間がない。状況は説明したろ?朝から晩までバイト以外の時間はトレーニングしたいんだ。
しかし、最近、目覚まし時計が動かなくなってしまった。目覚まし時計を買う金はない。いや、ないことはないが、すぐまた壊れることは容易に想像ができる。
そこでアリスの出番だ。壊れない目覚まし時計なんて、オレと相性抜群だぞ!今更ながら、よくオレのところに来てくれた!
『目覚まし時計扱いなんてイヤ――――ッ!』
~ ~ ~
「Zzz…」
『起きて!朝だよ!』
……もうちょっと……Zzz……。
『トレーニングするんでしょ!』
……そうだった。分かっているぞ……起きるぞ……Zzz……。
『早く起きなさい―――!!!』
!?……朝か。眠い。もっと優しく起こせないのか?
『起こしてあげたのになんで責められてるの!?』
それにしても―――体が痛くない場所がない。
身じろぎするだけでも息ができないくらい痛みが走る。
ここで無理して怪我をしたら終わりだ。さすがに、今日は休むか。
『……ヒョウは身体を柔らかくした方がいいと思う。昨日もストレッチしてなかったし、怪我をしたくないなら、柔軟性は大事だよ?』
なるほど。昨日ストレッチをしていればこれほど痛くなかったかもしれないのか。
アリス、思ったことは言ってくれていいんだぞ。いくらお前が目覚まし時計として誇りを持っているからってプロ意識高すぎるぞ。まったく。
『目覚まし時計としての誇りなんて持ってないよ!?』
それでどうすればいい?
『まず両方の足の裏を合わせて、身体の方に引き寄せるの』
イタイイタイ。全然寄せられない。
『ヒョウ……すごく固いね。続ければ、少しずつ良くなっていくよ。じゃあ次は―――』
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