第2話 冒険者
オレはネルンの街はずれにあるギルドに寝泊まりしている。正確にはギルドの中の宿屋に、だ。
このネルンにあるギルドは大型複合施設になっている。
先ほど、オレがクビになった武具店も入っているし、宿屋や道具屋、酒場など多種多様な店が軒を連ねている。
オレは宿屋に移動しながら、頭の中で会話をする。
お前はなんでオレの中にいるんだよ?
『あなたが壊した剣の中にいたんだよ。解放されたと同時にすぐ近くにいたあなたの中に移った、のかな……多分』
オレが壊した剣……あれは雰囲気あったなあ。店長が勇者が使っていたと言うだけあって……つまり?
『そう!わたしは勇者アリステラ。偉いんだよ?でも、ヒョウには特別にアリスって呼ばせてあげる』
じゃあアリスは、試練とよばれるダンジョンを攻略したって言うのか?
勇者という称号は伊達じゃない。大昔から存在するその称号を名乗ることが許されるのは、人外の生命体うごめくダンジョンの中でも最上級難易度であるSランクダンジョンを攻略した者だけだ。
『うん。世界に7つしかないSランクダンジョンをね』
……王国歴何年に攻略したんだ?
『王国歴156年に攻略して勇者と呼ばれるようになったよ』
今は王国歴344年だから……188年前か。
アリスには残念だけど、ギルドに残っている勇者の記録は約100年前に白紙にされてるんだよ。その当時の記録の信憑性を疑わざるをえないことがあったんだ。なんでも、過去の勇者が何人も、Sランクダンジョンを攻略していないにもかかわらず、そこに名を連ねていたとか。
『えぇーーー!?って別にそれはいいんだけどね。ヒョウがわたしの話を信じてくれるなら』
……保留だ。
じゃあ死因は?
『死因は……覚えてない。わたしは勇者と呼ばれるようになってからも普段通りの日常を過ごしていたはずなんだけど、気付いたら既に魂だけの存在になっていて暗闇の中だった。その後、ヒョウが剣を壊してくれたおかげでわたしは解放されたんだと思う』
なんで死んだのか気になる?
『ううん。時間が経ちすぎて、もう気にならないかな』
へえ。そういうものなんだな。
~ ~ ~
宿屋「スリーピング・ビューティー」―――
この複合施設であるギルド内で、最も多い種のお店はなにかと言えば、宿屋だ。
オレはこの宿屋をギルドの紹介で長年使い続けていた。
一番の特長は、女将さんのお節介気質だろう。ギルドが、ガキだったオレをここに紹介した理由も女将さんの存在だったに違いない。
オレが帰ると、ロビーで寛いでいる女将さんが声を掛けてきた。
「ヒョウちゃん、おかえりー。お仕事どうだった?」
「クビになっちゃったよ。店長にオレの良さが伝わらなくて残念だった」
「そりゃあ大変じゃないか。頑張らないとダメだよ?今はギルドからお金を受け取ってるけど、それが打ち切られたらヒョウちゃんを追い出さなきゃいけなくなるんだからね?」
そうなのだ。
オレはもう16才。子供とはいえない年齢。
そろそろギルドも遠慮も容赦もなく、オレを追い込んでくる頃合いだ。
「……頑張るから、そんな怖いこと言わないでよ。女将さん」
「大丈夫大丈夫!ヒョウちゃんなら頑張ればすぐいい仕事が見つかるよ!ずっとヒョウちゃんを見ていたあたしが言うんだから間違いないよ!」
「ああ……ありがとう」
具体的なことはなにも言ってくれなかったが、とにかく頑張れってことだな。
~ ~ ~
自室に戻ってきたオレは、改めてアリスとの対話を始める。
……まとめると、オレは自称勇者の幽霊に取り憑かれたってことだな。しかも、設定はかなり作り込んでいる。
『設定じゃないよ!』
オレの頭の中は定員1名なんだよ。無断に間借りされるのは困るなぁ。悪いけど、出てってもらえる?
『出ていくのは無理!わたしもそうしたいのは山々だけど、離れられないみたい』
占有権を主張する不法占拠者ぐらいウザいな。
『ひどっ!』
会話の合間にちょうどよく、女将さんの大きな声が部屋まで届いた。
「ヒョウちゃ~ん、ギルドから連絡きてるわよ~。明日の朝に事務所に来て欲しいって~」
オレもすぐ大声で返す。
「分かった~」
アリス、明日は早いからもう寝る。頼むから静かにな。
『は~い』
~ ~ ~
今日は、ギルドの事務所に呼ばれている。拒否権はない。
……どうせ昨日の件についてだろう。お前のせいだぞ?
『ご、ごめんなさい。出られたのが嬉しくてつい』
まったく。あの武具店はオレにとってのラストオアシスだったんだ。
『ラストオアシス?』
ああ。オレは魔導具が好きだ。愛しているといっても過言ではない。将来の夢はオレの周りを魔導具で満たすことだし、そこに辿り着く過程についても妥協はしない。
『……つまり?』
魔導具に触れない仕事なんて真っ平ごめんってことだ!しかし、狭量な店長がこの世には多いみたいでさ。まったく、少しのミスを許容できずに店員が育つかよ!そんなわけでオレはギルドから斡旋された全ての魔導具関連の仕事をクビになった。
『全て!?それはヒョウに問題があるんじゃ……』
敬語をしっかり使い、言われたことをその通りにこなす。それ以上、どうしろというんだ。
『確かにそれができていてクビになるなんて不思議だね』
だろ?
そんなことを話しながら、ギルドの事務所に到着した。
~ ~ ~
ギルド事務所―――
ゲートのすぐ近くにあるここは、ギルドの本部といってもいいはずなのだが、実にこちんまりした建物である。
常駐している人間が少ないからだろう。
「邪魔するぞ。ヒョウだ。呼ばれてきてやったぞ」
中を見ると、ギルド長補佐のサンドラが事務机でなにやら仕事をしていた様子だ。
他に誰もいないところを見ると、彼女が話をするのだろう。
「……呼び出しを受ける意味が分かっていますよね?なんでそんなに偉そうなんですか!?」
「予想はもちろん付いている。理不尽な理由で解雇するようなお店を紹介してしまって申し訳ございません、という話だろう?」
期待を込めて聞いてみる。最初から非を認めては交渉は始まらないのだ。
「それは……冗談……ですよね?」
サンドラは笑みを深くした。こちらへの圧も深くなった。
「被害報告はちゃんと届いていますよ。昨日の武具店でも好き放題やってくれたみたいじゃないですか?1週間で10の魔導具を修復不可能にしたのでしょう?」
『それはクビになって当然じゃない!?』
さすがギルド長補佐。彼女から発されるこの殺気、只者ではない。
只者のオレは屈するしかなかった。
「もちろん、冗談だ。全てはオレのせいだ。魔導具が壊れるのも、ギルドに苦情が届くのも、借金がいつまでもなくならないのも、全ては至らないこのオレのせい。生きていてごめんなさい」
「……はぁ~」
あっさり態度を翻したオレに呆れたようなため息をつくサンドラ。
「では、話を続けますが、ヒョウさんの希望に沿った仕事はもうありません。ギルドへの借金があるヒョウさんには、残念ながらこちらの指定する仕事に就いてもらいます」
やはりそうなるか。それならこちらが切れる手札はもうこれしかない。
「……命の危険がない、という条件を外せば、まだ紹介できる仕事がある。違いますか?」
「本気ですか?冒険者は本当にオススメできませんよ?」
冒険者とは、ギルドに登録してこの世界とは別世界といわれるダンジョンに入り、そこに存在するモンスターと呼ばれる生命体を倒して金を稼ぐ、命懸けの仕事だ。
―――冒険者は割に合わない。
これは有名な言葉だし、ギルドに住んでいるのだから、そんなことは耳にタコができるくらい聞いている。
それでも、魔導具に関われる仕事であることは間違いない。
「本気だ。オレは冒険者になって魔導具と共に生きていく」
「ご存じとは思いますが、冒険者になるには年に1度行われる試験に合格しなければなりません。そして、ヒョウさんの借金返済をいつまでもギルドが待つことはできません」
「分かってる。半年後の試験で一発合格するから問題なしだ」
「それなら良かったです!では、半年後の試験に不合格の場合はこちらの指定する仕事に就いてもらいますね?」
荷が下りたような笑顔のサンドラを見て、オレは余計なことを言ったことに気づいた。
しかし、この人も容赦ねえな。
「……いいだろう。死んでも合格してやる」
「いくら冒険者でも試験で死ぬ人はいないですけどね」
オレはこの半年、死ぬ気で鍛えなければならない。
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