地に足つけるにはまだ早い ~憑かれた男は魔導具に囲まれて生きていきたい~

無色透明

第1話 出会い

オレの息子・ヒョウがおかしい。

オレのせいだ。


妻が先立ち、母親がいない環境ながらも真っ直ぐな良い子に育ってくれていたというのに、オレが魔導具に触れさせてしまったばっかりに。


このオレ、ミドはネルンにある生活用魔導具店「ストレート・ハート」を経営していた。

照明や洗濯機、冷蔵庫などの生活用魔導具の売却が主な仕事内容。

第二級魔導具師の資格を持っているため、それ以外に修理も請け負っていた。

いわゆる、「街の魔導具店」であったと自負している。


今でこそ、この仕事に誇りを持ち、魔導具への愛もそれなりに持っているつもりだが、オレが親に家業である魔導具に興味を持ち、知識を身に着けるよう強制されたときは反発したものだ。


だから、想像などできるはずがなかった。ヒョウが魔導具にそこまで興味を示すだなんて!

ヒョウの魔導具への執着は常軌を逸していた。

四六時中、魔導具を弄繰り回す。それはまるで幼児におもちゃを与えたかのように。

それだけなら、むしろ魔導具店の跡取りとしては望ましかっただろう。


しかし、ヒョウは―――魔導具からは愛されていない。いや、呪われている。


教え始めてすぐ分かった。

手つきが不器用だ、とかそういう次元の話じゃない。

店にある魔導具を次々に停止させていく様子は色んな意味で悪夢だった。


ヒョウの愛は重たくて、魔導具はそれを受け入れきれずに壊れるのだ―――非現実的な光景に非現実的な理由をこじ付けてしまうくらいの悪夢だった。


ヒョウも既に12歳。決心したオレはある日、ヒョウに大事な話がある、と前置きして話を始める。


「ヒョウ、なぜ魔導具を好きでいられるんだ?」

「?……なんでそんなことを聞くの?嫌いになるなんてあり得ないよ」

「ヒョウ、言いにくいが、お前には魔導具師になる才能はない」


オレは心を鬼にして告げた。子供に言う言葉ではないのは百も承知だが、それでも言わなければ。


「知ってるよ?ボクも魔導具を修理したり、作ったりするのは興味ないし」

「……そうなのか?―――それなら良かった!じゃあ、魔導具とは距離を置くんだ。残念だが、お前は魔導具に嫌われているんだ。魔導具と関わっていては幸せになれない」

「確かに、ボクは魔導具に嫌われているのかもしれない」


ヒョウは、でも、と話を区切り―――


「ボクは魔導具と生きていく道を探すよ。ボクは世界中の誰よりも魔導具を愛する才能があるもん。魔導具と関わらないと幸せになれないよ」


―――ヒョウの声には決して強がりなどではない、本心からくる純粋さがあった。

―――ヒョウの目は確信に満ちていて、自分の未来を微塵も疑わない強さがあった。

……やはりオレの息子だな。


「……そうか。父さんがお節介だったな」


ヒョウの頭を撫でる。

息子は大丈夫だ。独りでもやっていける。なにせ、オレの息子だ。自分の幸せを誰よりも追い求める。

なにせ愛していると言いつつ、触れば壊れると知りつつ―――手を伸ばすのを止めないのだから。

相手を傷つけると知っていても自分本位を貫く―――息子は病んでいる。


父さんも同じだ。さようなら、息子よ。

―――もうウチは火の車なのだ。


そして、この世界に謝罪しておこう。

魔導具愛に取り憑かれた怪物モンスターを世に放ってしまってごめんなさい。




◇ ◇ ◇




このオレ・ヒョウは街・ネルンにある生活用魔導具店「ストレート・ハート」の一人息子として生まれた。

今日をもって16歳になる。


現在、オレは正式名称ダンジョン対策ギルド、通称ギルドに身を寄せている。

父さんが蒸発したためだ。聞かされた話では、父さんは借金をしていたようで、それが理由だという。


そんな無一文のオレをネルンの街はずれにあるギルドが拾ってくれたのだ。

ヘビーな環境に置かれた健気なオレは粗野な元冒険者共に囲まれて4年を過ごした。

その結果、それなりに口調は荒み、純粋な心は汚されてしまった。


それでも変わっていないこともある。

オレの魔導具に対する愛だ。


魔導具というのは奥深い。

元々はこの世界とは別の世界に繋がっているというダンジョンからの発見物だった。


それが、人の手によって仕組みが解明され、少しずつ模倣品すら作れるようになりつつある。

まさに人が積み重ねた叡智の結晶である。


オレは人口品にも、ダンジョン産にも、変わらぬ愛を注ぐ。

しかし、そんな魔導具は未だ振り向いてくれる気配はない。


オレの指先は触ってはいけない場所をプッシュすることに長けているようだ。

自分でも理解していないその場所を的確にエグり、対象の機能を完全に停止させる。

直近の仕事だと、12代目の目覚まし時計を永遠に眠らせてしまった。

―――もっと頑丈な目覚まし時計が欲しい。


~ ~ ~


現在、オレはギルドに労働を強制されている。オレを拾ったことはボランティアではなかった、ということだ。

ギルドの斡旋する仕事に就いたあとは給料から、教育費プラスアルファを返済すべく天引きされる。

そんなわけでオレは今、武具店で働いている。


「店長、お客さんいないんで展示品の手入れしますね?」

「ああ頼む。今日は気を付けてな」


オレは毎日この時間を、展示品に直接触れることのできるこのときを楽しみにしている。

この店の武具はれっきとした魔導具。魔石を素材とした武器なのだ。


おお。おおおお。


無難ながらもコスパの高い直剣や、迫力のある重厚な刃を持つ斧、携帯性に優れた短剣などを順々に磨いていく。至福のときだ。

できるだけこの時間を味わいたくてゆっくり作業をしていたら、何か勘違いさせたようだ。


「丁寧な仕事するじゃねぇか。これも磨いとけ」


そう言って、歴戦を生き抜いてきた、といった雰囲気を持つ大剣を手渡してくる。

これは……マズイかもしれない。


頭のどこかで警報が鳴っている気がしたが、目の前の、しかも珍しそうな魔導具に触る機会を逃す手はない。

オレはその大剣を磨こうとする―――その手が長剣に触れ、ひびが入る。


「!!」


オレはすぐ手を引っ込めるが、そのひびはそのまま端から端まで移動し、刀身を床にゴンッと落とした。


「―――」


空気が凍った気がする。

目眩が……。

すぐに立ち直って、オレは空気を温めようと最善を尽くす。


「ひびが入るなんてひびっちゃいましたね」

「……勇者が使っていたとされる大剣をお前―――」


ハゲ頭に青筋がぴくぴくしている。


だが、本当にオレのせいだろうか?

一応、抵抗を試みる。


「オレが触っただけでポッキリですよ?きっと寿命だったんですよ」

「―――お前が壊した武器はこの1週間で10本目だぞ?」

『壊してくれてありがとう』


突然の「ありがとう」に不自然さを感じるが―――これがいわゆる「下げて上げる」ってやつか!


「いやそんな―――気にしないでください」

「!?どの立場で言ってんだ!?お前が気にしろや!!」

『お礼にわたしにできることがあればなんでも言って?』


情緒不安定かよ!

ツッコミたくなったが、それより…今…なんでもって!?


「じゃあ、遠慮なく。こちらのショーケースに飾ってある剣を頂けますか?」

「!?話通じねぇな!!!クビだ!!!お前は!今日!今!この瞬間!クビ!!!!」

「え!?剣は?」

「やるわけねぇだろ!!!」


怒鳴り声と共に、オレは店を追い出された。

会話の流れが激流すぎて押し流されてしまった。おそらく店長は疲れていたんだろう。可哀そうに。


しかし、それに巻き込まれたオレはたまったものではない。


『大丈夫?』


透き通った高い声が話しかけてきたため、周りを見回すが誰もいない。


「どこから話しかけているんだ?」

『あなたの中』


……つかれてるのはオレ!?


オレは魔導具に次ぐ運命の出会いを果たした。

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