異世界婚活 - イセカツ 信じるものしか救わない神様はセコいのか？

第三章 3-10 龍の眠りを邪魔する者は誰だ？

　間違いない……【あの】龍である。

　つい先日、何の前触れもなく都へ来襲、

　三階建て四階建てのアパートメントも積み木のごとく薙ぎ倒し、一兆℃のブレスで、王様（＝実は影武者、舞踊卿・小林）をコロッセオごと蒸発させた――――あの龍だ。

　【災厄】の名に相応しい、恐怖の権化だ、見間違えるはずがない。

　ブラキオサウルスのサイズ感に、ティラノサウルスの凶暴性、そして巨大な羽と硬質の鱗が全身を覆う。

　グルルルル…………

　あまりにも巨大な質量の【圧】は自ずと足を竦（すく）ませる。膝が笑う。顔が引きつる。

　その威圧感だけで腰が抜けてしまいそうだ。

　ブフッ！

　口元で蒸（ふか）される、ジーン・シモンズばりの火炎。

　あんなものを吹かれたら、人はひとたまりもない！

　そうだよ、人間が龍に勝てる道理がないんだ。

　あまりにも「規模」が違うのだ。生物としての桁が違う。

　基本、正面からぶつかり合ったら、体重差で勝負は決まる。

　体重七十Kgの人間と推定数十トンの化け物のマッチアップである。勝てる確率はソシャゲのSSRを五枚抜きするより低い。

　おまけに僕らには、音響兵器も石の巨人も伝説のドラゴンスレイヤーもない。

　賢者の秘儀で龍と通じ合うほかないのだ。

　泣いても笑っても、事の成否はルッカの肩に掛かっている。

　頼むよ賢者の議定書（エルダーズ・プロトコール）、正解であってくれ！

「では、お務めさせていただきます」

　軍服を脱ぐと、賢者仕様の巫女服が。

　ルッカは何を躊躇うこともなく、龍の前へと進み出た。

　シャン！

　巫女姿のルッカ、恭しく龍に頭を垂れ――手にした鈴を鳴らし、

　シャンシャン！

　曼荼羅風のラグマットの上で、厳粛な舞を捧げる。

　すると龍は……【龍災】での荒ぶる脅威とは、対照的な様子を見せた。

　あの剥き出しの攻撃性――まとわりついてくる自警団を躊躇なく薙ぎ倒し、コロッセオの楽団に向かってブレスを吹いた――そんなフラッシュバックが遅に思えるような大人しさだった。

　これはつまり、賢者の議定書（エルダーズ・プロトコール）は正しいってことか？

　その記述を倣ったルッカは、人と龍を橋渡しするメッセンジャーとして機能している？

　――シャンシャン！

　巫女の舞がヤマを越えると……龍の巣に厳かな沈黙が漂う。

　幼い頃に見たハリウッド映画のようだ。

　子供と宇宙人が意思疎通する映画のごとく、人と龍とが通じ合う。

　これなら上手くいくかもしれない！

　この龍は災厄の龍ではなく、民を加護する「人の味方」だと、証明できるかもしれない！

　…………と、否が応でも期待感が盛り上がった、その瞬間、

　突然の悲劇が、僕らを襲った。

『うえよー！』

　妖精さんが、真っ先に気がついた！

　この龍の巣は、休火山の火口に設けられている。

　噴火口から見下ろすと、マグマ溜まりが陥没したホールとなっており、その空間に巨大龍がスッポリと収まっていた。

　スケールは違うが、木の洞（うろ）に拵（こしら）えた鳥の巣っぽくもある。

　なので――火口から飛び降りれば、龍を上から急襲することが出来る。配置的には。

　そんな馬鹿な真似をする命知らずなど、滅多にいないだろうが。

「タマ、獲ったるわぁぁぁぁ！！！！」

　だが！

　いたのだ、そのホームラン級の命知らず（バカ）が！

「パラマウント！」「曹長！」

　ヤンキー特有のクソ度胸で、空（火口）から落ちてくる！！！！

　あんなところから飛んでも助かるようなロープなど、僕らは持ってきていない。

　曹長の身体を巻いているのは、蔦製の即席ロープじゃないか！

　未開部族の成人式かよ！　クレイジージャンパー！

「野獣死すべし！」

　しかしパラマウント曹長は構わず飛んだ。火口から龍を目掛けて――一気に落下！

　さすが帝都のチーマーを締めていたヘッドだけある。気合だけなら超一級だ。

「貰ったぁぁぁぁぁぁ！」

　狙いは一点、龍の鱗八十一枚の中で唯一、逆さに生えた鱗。伝承に伝わる【龍の弱点】を！

　気合一閃、帝都男児（ドラゴ・ヤンキーズ）！

　喉元の鱗へ渾身の一撃――――が入るか、に見えたが……

　フッ！

　何の誇張もなく（・・・・・・・）鼻息で飛ばされた。

「危ない！」

　とか警告したところで後の祭りだ。

　プロ用のクライミングロープだって横方向の擦れには弱い。蔦など、言わずもがなである。

　そしてパラマウント曹長の体には羽根がない。龍とは違うのだ。

　つまり人間には、空中で軌道を変える術はないのである。

　そんなことが出来るのは、格ゲーキャラだけだ。

「ちくしょおぉぉぉぉぉぉぉぉ！！！！」

　火口の仲間と曹長とを繋ぐ【絆】（蔓の即席ロープ）も敢えなく破断、

　無茶しやがって……な曹長は星になった。

「なんてことしてくれたのよ！」

　もう少し！　あともう少しで、龍とのコンタクトが成立するかもしれなかったのに！

　台無しである。

　龍との信頼を構築しかけていた巫女的にも、大誤算である。

　当然、龍には人の言葉など通じない。

　龍にとってはパラマウント曹長も僕とルッカも、自身の安眠を妨げる不快な盗掘者だ。

　こんなザマになってしまっては！

「ええと…………怒ってます？」

　そりゃ怒りますよね、いきなり頭上から奇襲されたら誰だって、ね？

　ブワァァァァァッ！！！！

　怒髪天を衝く龍、「お前ら全員、出ていけ！」と言わんばかりに、ブレスを吹きまくる！

「アカーン！！！！」

　僕らは逃げた。一目散に外へ向かって。

　怒り狂う龍の巣穴など、命がいくらあっても足りない！

　これまた何の誇張もなく、僕ら、尻に火がついた状態で龍の巣穴から逃亡した。