第三章 3-9 遂に遭遇! 災厄の龍!
小説家的に見ると――とかく聖典とは厄介だ。
「この物語はフィクションです、登場する人物・団体・名称等は、実在のものとは関係がありません」とは記されて
むしろ神話やファンタジーに近い。
世俗との関係性を断ち切った者なら、神話と現実の整合性は採れるかもしれない。
龍の前に身を晒す行為も、捨身飼虎の徳行と納得できるかもしれない。
しかし、
世俗の側から見れば、単なる自殺志願者にしか映らない。
小説家的に考えると――「聖典」は本当にタチが悪い。
神話とは、あらゆる読み物の中で最も、生存者バイアスが高い読み物かもしれないからだ。
教義ではなく「歴史」として内容を俯瞰した場合、
ノアを除く大多数の人類は、洪水で溺れ死んでいたかもしれないし、
モーゼに率いられなかった者たちは、捕囚されたまま生を終えたかもしれない。
その強運や脚色が、奇蹟の真相かもしれない。
そんな聖典を、信者でもない輩に「信じろ!」と強いる方が無茶なのだ。
なので…………
現在の龍征伐軍、 四 名 ま で 減 り ま し た 。
部活アニメなら廃部騒動で一悶着してるところだよ。
僕とルッカと、残り隊士が二名。
なんだ? なんだこれ?
帝都出発時は都合五百名ほどの精兵部隊の体を成していたのに。
(実際は素人同然の志願兵ばかりだとしても)
ほぼほぼ、Go Go Westな三蔵法師一行みたいなもんじゃないか?
あるいは鬼退治に向かう桃太郎か。
『しんわをさいげんするのなら、これくらいめるへんなほうがにあってるんじゃな~い?』
う~ん、物は言いようだね、妖精さん(ため息)。
で……
他の兵士たちはどうしたのか、って?
あまりにもあまりなほど赤裸々な、ルッカの【信仰告白】に呆気に取られてしまった兵士たち。
いきなり「龍征伐軍だけど、龍を倒すつもりはありません!」とか言われても……
てな感じで、互いに顔を見合わせてしまっていた。
しかし、そんな混乱状態でも、
パラマウント曹長率いる、元チーマー軍団数十人はいちはやく結束、龍征伐軍を離れていった。
上官の
彼ら不良軍団のモチベーションは、人生の一発逆転だ。
そのためには、龍に踏み台になってもらわないと先が拓けない。
そして、残る数百人は、未だ態度を決められず、ベースキャンプで右往左往していた。
→僕らに従い、賢者の伝承を信じて龍との交信を試みるのは自殺行為である。
→かといって、不良軍団と龍に挑んだところで勝てる見込みは相当に薄い。
→このまま帰るにしても、骨折り損のくたびれ儲け。
何を選んでも得する選択肢がない彼らは、呆然とその場に留まるしかなかった…………
こうして征伐軍は三分裂。
僕ら四名だけが、カルデラの中央火口丘――龍の棲み家――への登攀を開始した。
☆
「ところで君ら、どうして僕らに付いてきたの?」
「僕ら、隠れ賢者シタンなんで」「な」
「加護龍の神話を信じてる系なのね……」
それなら、あんな信仰告白したルッカにも動じないはずだ。
「マクシミリアン帝の賢者狩りが始まる前までは、みんな信じてましたよ」
と沙悟浄を思わす、ちょっと病的な兵士が教えてくれた。
「俺らの婆ちゃんの世代くらいまでですかね? 龍は神聖な存在だって言ってました」
猪八戒系の太っちょくんも、証言する。
「そうなの?」
「今は龍が襲ってくると、自警団が死にものぐるいで応戦してますけど、昔は恭順してたらしいですよ?」
「へぇ……」
「ま、僕らの世代は、もう生まれた頃から【龍は災害】って認識でしたけどね」
「それでも隠れ賢者シタンなんだ?」
「僕ら、ばあちゃん子なんで」「な」
なるほど。そこで信仰が繋がってるのね。
「でも、さすがに……怖いですよね、実際に龍と接触するのは」
彼らも僕と一緒だな。
信仰を現実と完全に同一視できるほど敬虔ではない。現代の世俗に寄っている。
やっぱり、ここはルッカに掛かってる。
事の成否は、賢者の末裔の肩に。
なんとか、僕がサポートできればいいけど……何か出来ることがあるのだだろうか?
☆
小高い丘を登ること、約三十分。
巨大な一枚岩に、クラックがあった。
ちょうど茶室の
緊張が背筋を伝い、本能が足を竦ませる。
しかし、
僕らは進まねばならない――
「いい? 決して龍を刺激してはダメよ! 静かに静かに近づくのよ? 分かった?」
ルッカの指示に頷く僕ら三人。
なのに……
「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
思わず悲鳴を上げそうになってしまった。
だって、そこは――――本当に龍の棲み家だったんだもの!
狭苦しい火口の底に、【 ヤ ツ 】がいた! ――振り返らなくても奴がいる。
忘れもしない、あの災龍が!
あの日、帝都を蹂躙し、数十棟の住宅倒壊と数百名の犠牲者を生んだ、暴威の龍、
そいつが本当に巣に横たわっていたんだから、驚かないワケがないだろ、常識的に考えて!
「!!!!」
思わず、腰が抜けそうになった。
大型トラックとか、そんなもんじゃない。
NASAの博物館に展示されている巨大ロケットの標本くらいのスケール感だよ。
石油タンカーとか豪華客船を間近で見た時の、圧倒される感じ、
あれが目前に迫ってくる。
大きい。
それ以外に表現のしようがない。言葉が出てこない。
僕は小説家失格だ。
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