第三章 3-11 もしやルッカは天才編集者かもしれない

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 死ななかったのが不思議なくらいだ。


 中央火口丘を転がるように駆け下りて……なんとか一息、

 遠く眺める火口跡からは、未だ怒りの龍神ファイヤーが無差別放射されている。


 先程まで籠もっていた「龍の巣」の火口を見上げると……盛大に火柱が上がっている。

 もちろん、噴火ではない。

 MAP兵器並みの威力を誇る、龍のブレス(激昂版)である。


「やっぱり【災害】だった……」

 とにかく、人の手には余るのだ。まず以て、竹槍でB29が落とせるものか。

 それを再確認しただけの結果に終わった。


「千載一遇のチャンスが、水の泡よ……」

 巫女装束のルッカも悲嘆に暮れている。

「これじゃ、何のために龍の巣まで来たのか……」


 ブワーッ! ブワワァァーッ!


「諦めちゃダメだよルッカ、気を取り直してもう一度……」

「死ぬわよ。あんた死ぬわよ」

 ルッカの口癖、今回ばかりは心から同意する。


「なら、龍の機嫌が収まるまで待つしかないのか……?」

「待つって何日? 何週間? 何ヶ月?」

「それは……」

 誰にも分からない。

 帝都中の図書館を漁っても、龍の生態を解説した学術書など一冊も見かけなかった。

 それは僕が一番よく分かっている。

 あくまで龍は、迷惑な【災害】的存在にすぎないのだ、帝都人にとっては。



 だけど……

「撤退はしない!」

 僕は彼女に言い切った。

「おめおめと逃げ帰ったら、アルコ婆は助からないじゃないか!」

 何のために、僕らは龍の巣ここへ来たのか?

 龍は人を加護する存在だと証明する=賢者の正しさを満天の下に知らしめるためでしょ?

 それによって賢者の復権がなされなければ、アルコ婆は永遠に塀の中だ。

 いや、年齢的には、明日にも地獄逝きかもしれない。

「そんなことさせるもんか!」

「咲也……」

「ババアの葬式は僕が挙げるんだ!」

 喪主は君だ、僕が葬儀委員長。

「満杯に膨れ上がった参列者の前で、生前の悪行を洗いざらい披露してやる! アルコ婆・ストーカー被害者の会会長として!」

「!」

「勝手に逝かれちゃ僕の気が済まないんだ、あのババア!」

「あはは……」

 悲嘆に暮れていたルッカが、脱力笑いしていた。目の端に涙を浮かべながら。

 いいんだ、それでいいんだよ、ルッカ。

 僕らは龍を倒すためにここへ来たんじゃない。

 龍なんて、災厄の権化でも、恵みの加護龍でも、何だっていいよ。

 僕は、君を、あのクソババアを悲しませないためにここへ来たんだから。


 ☆ ☆ 


 方針が決定したら、あとは待つしかない。

 できるだけ低い土地=ブレスが飛んでこない所を探す僕らは、沢沿いの河原へ辿り着いた。


 河原には温泉が湧いていた。

 龍脈には高エネルギーが通っているので、脈上の河原ではお湯が出るのだ。

「ふぅぅ~極楽極楽☆」

 ルッカを先に入らせ、僕は岩陰で見張りである。


「青い」

 青いな空は。

 Under the Same Sky。アルコ婆も、この空を見上げているだろうか?

「窓のある牢なら、いいけど……」

 湯船(天然露天風呂)のルッカも不安げだ。

 音信不通の親族なら、そりゃ心配も募ろうさ。


「あ……」

 ボワァァァァァァァァァァァー!!!!

 一筋の火炎が、空を横切っっていった。

 ああ、まだ怒っていらっしゃる。中央火口丘の龍は、未だ御立腹の様子。


 私待つわ、いつまでも待つわ……若い僕らなら、いくらでも待てるが、

 囚われの老婆アルコ婆には時が惜しい。

 一刻も早く、救い出してあげたいけれど……


「でも……ありがと、咲也」

「ルッカ?」

「あんな目に遭ったのに、まだ付き合ってくれるんだもの……」

「小説家ってのは、諦めの悪い生き物なんだよ」

「そうなの?」

「今度こそは名作が書けるかもしれない! と挑んでは撃沈する、救えない奴らなの」

「…………」

「でも、それでも書かずにはおられぬ。プロットで突っかかってしまったら、どうにか上手く通るように推敲せずにはおれぬサガなのよ、小説家は!」

 バカだよねバカ。自分でも分かる。

 公正世界信念が成り立つのは創作物の中だけ、現実はそんな風には出来てない、って頭では分かっているのに、因果応報の辻褄を合わせようとするのは、小説家の悪い癖だ。

「大丈夫、今度こそは成功させる。実際に、曹長の横槍が入るまでは上手くいきそうな気配だったじゃない?」

「うん」

「さすれば君が助かる、ババアも助かる。僕は心置きなく元の世界へ帰れる。万々歳さ」

 希望の未来へレディゴー! だよ。

「…………」

「……ルッカ?」

「咲也」

「なに?」

「もし――――帰る方法が見つからなかったら?」


 もしかしたらルッカは天才編集者なのかもしれない。

 僕のプロット勝ち筋の穴を、鋭く指摘してくる。


 そうなのだ。

 僕は帝都中の書庫という書庫を漁り続けたけど……発見には至っていない。

 ――【異世界召喚術式】。

 目ぼしい書庫は粗方、探し尽くしたのに。


「帰る方法が見つからなかった、か……」

 それは、未だに克服できていない、僕のプロットの重大欠陥だ。

「その時は…………ババアに最高の花嫁を紹介してもらうかな」


 アルコ婆は正真正銘、帝都一のやり手見合い婆だ。

 ババアの選ぶ花嫁候補は、恐ろしいほどに性癖のど真ん中を突いてくる。火の玉剛速球だ。

 熱い、ヤバい、間違いない系女子なのだ。


 ――――同じものを大切に思える人、

 ――――同じものにワクワクできる人、

 ――――同じものを祈りの対象とできる人。

 そんな女性と連れ添えるなら、誰にだって誇れる人生を送れるだろう。

 それが何のゆかりもない、異世界であっても、だ。


「……言っとくけど、ウチは高いからね、成婚料」

「えー?」

「当然でしょ咲也。貴族様なら貴族様に相応しい額をお支払いしていただかないと」

「そこはマケてよルッカ! 僕と君の仲だろ?」

「いいえ。プライベートはプライベート、ビジネスはビジネスよ」

「どのくらい? 龍の鱗一枚くらい?」

「とんでもない。逆鱗相当をいただきます」

「高っ! とんでもないボッタクリ婚活屋だ! ババアもババアなら、孫も孫じゃねーか!」


 そうそう、こんな感じ。

 これが僕らだよ。堀江咲也とルッカ・オーマイハニーだよ。

 しんみりとしたウエットさなんて似合わない、僕らには。



 ――――はっ!


 カランカラン!

 思いがけないタイミングで、河原の周囲に仕掛けておいた鳴子が響いた!

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