第三章 3-6 突破せよ、ドラゴンゲート!
馬車に揺られること五日。
僕ら龍征伐軍は、着々と龍の巣へと近づいていた。
☆
龍の物語を覚えている者は幸せである。心豊かであろうから。
それゆえに、翻訳妖精の語る次の物語を伝えよう。
ヤーパンの首府たる龍都ドラゴグラード。
その名は、初代カルストンライト王の天下統一、その覇業を助けた龍に由来する。
数十年に渡る内戦の時代、荒廃したヤーパンを平定すべく兵を挙げたカルストンライト王。
善き巨竜は王の軍勢の旗印として、抵抗勢力を薙ぎ倒し、
やがて、王の全土平定を見届けると……人里を離れ、深き山に籠もった。
『決して、我が安寧の眠りを阻むことなかれ』
『さすれば永劫に人の世を加護せん』
「…………と、『
時間だけは腐るほどある前近代の旅、
僕はルッカに賢者のレクチャーを受けて過ごした。
「でも現実には、龍は災害として認知されている。民は、いつ来るとも知れぬ災厄に怯え
「ええ……」
「帝都で龍が暴れれば男たちは死に、大量の寡婦が残される……」
そんなの、加護どころか不幸の使者じゃないか。
「それは信仰が足りないからよ!」
確信持って言い切るルッカ・オーマイハニー。
「そうでござるかぁ~?」
賢者業界的に、我田引水してない? 牽強付会じゃない?
「この『
「いやまぁ、それはそうだけど……」
「大丈夫よ咲也、私を信じて」
と
「この本の通りに神事を執り行なえば、龍は暴れない。人と通じ合えるはずよ」
実際問題、そうなってもらわないと困る。
僕のプロット=アルコ婆奪還計画では【賢者の正しさを証明してみせる】がマスト事項だ。
その方法については、全面的にルッカに委任している。
賢者の正しさを訴えるのなら、賢者自身が行うのが最も説得力が出るはず。
はず。
はず=そうなるだろうという希望的観測、と言えなくもないが……
ぶっつけ本番の不確定事項だぞ? 不安にならない方がどうかしてる。
「心配しないで、咲也――あなたは死なないわ」
「ルッカ……」
「ここから先は私の領分。賢者の出番よ」
「でも……」
本当にこのまま進んでいいものだろうか? この極めて危ない橋を?
もちろんアルコ婆は助けたい。
でもルッカ、僕は君が危ない目に遭うのも見たくない……
「見えて参りましたぞ! 将軍さま!」
馬車の外からパラマウント曹長の声が聞こえた。
窓から外を見ると――――遠方に山並みが見えた。
「あれが
事前情報として「龍の巣は巨大カルデラの中にある」とは聞いていたが……
想像の数十倍くらいデカい!
特に外輪山の雄大さは、特筆すべきものだった。
最新鋭の登攀装備でも使わなければ、全く歯が立たないような急斜面が続いていた。
しかし、ただ一箇所――外輪山が「欠けた」箇所があった。
「あそこがドラゴンゲートですよ! 将軍さま!」
古めかしい単眼鏡を覗けば
いや、扉というよりは【関】と呼んだ方が妥当かもしれない。
もし、あれを扉として使うとしたら、ガンダムサイズの人間だろう。
…………ゼントラーディの方が的確か?
それくらいの異質なスケール感で、僕らを威圧してくる。
「あれが龍の巣への、唯一の道……」
「ですよ将軍、他は切り立った崖で囲まれてるんで、蟻の子一匹入れやしません。それこそ、龍みたいに空でも飛ばなきゃ、ね」
「よく知ってるね、パラマウント曹長?」
「なぁに、帝都の悪ガキの通過儀礼ですよ。龍の巣は」
「そうなの?」
「生意気なクソガキが「俺なら越えられる!」と大口を叩いては、転げ落ちて散々な目に遭うのがお決まりのパターンなんッスよ!」
プロのクライマーでも登りきれるのか怪しい大絶壁だもんな……
オアシスを見つけた遭難者のように、進軍の足も
「全体ーッ! 止まれッ!!!!」
そこで突如、パラマウント曹長が皆に停止を命じた。
「どうした曹長?」
「先客です、将軍さま」
改めて単眼鏡でゲート周辺を眺めると……
「なんだあれ!?!?」
数にして数十騎、馬に乗った荒くれ集団が、派手な土煙を巻き上げながら暴走している。
手には弓、斧、槍などの武器を携え、奇抜なデザインの衣装と旗印と棘付き肩パッド。
どう見ても反社会的勢力です、ありがとうございました。
「あれもドラゴンゲート名物、冒険者崩れの連中ですよ、将軍」
『どうにかドラゴンゲートをとっぱして、れあそざいげっとをもくろんでるのよ~。うろこいちまいでも、のうふやしょくにんのねんしゅうぶんよ~。げきりんやまがたまなんかひろったら、いっしょうあそんでくらせるのよ~』
妖精さんも、解説ありがとう。
「じゃ、しばらく休憩ね」
馬車から降りたルッカは、余裕綽々の表情で座り込んだ。
「いいの? そんなに悠長に構えてて? 先を越されたらマズくない?」
「いいから見ててよ咲也」
気がつけば、龍征伐軍全員が高みの見物を決め込んでいる。
なに?
なにが起こるワケ?
知らぬは僕ばかりなり?
先に、あんな荒くれ集団に龍の巣を荒らされたら、古文書の儀式どころじゃないんじゃないの?
――そんな僕の心配を他所に、
目の色を【$】に変えた山賊軍団、一気呵成にドラゴンゲートへ突入!
巨木の丸太を破城槌にして、門を破壊する目論見らしい。
あんなものを勢いよく叩きつけられたら、金属製の扉でも一溜まりもないんじゃ?
ドーン! ズドーン!
数百メートル離れていても、響いてくる打撃音。欲にまみれた除夜の鐘が、荒野に響く。
「これ危ないんじゃない?」
不安げな僕に、
「始まるわよ、咲也」
「始まる? 何が?」
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
門を守護するように立っていた神像が、地響きと共に崩れ始めた!
いや?
崩れていない。
神像を覆っていた石の「皮膚」が一斉に剥がれ落ち……現れる巨大な羅刹!
人を数倍する巨人の像が、ジワリ……動き始めた!
「なんだあれ?」
「地獄の門番ギガンテスよ、咲也」
「門番!」
「龍の巣への不法侵入者を撃退する守衛装置。いにしえの天才錬金術師が作り上げた
あれが人造のゴーレムだって!?
『この扉を抉じ開けんとする者……死あるのみ』
無慈悲な警告を発したギガンテス、
『石の巨人よ、暴力を舞え!』
天才錬金術師の「
ズガアアアアン!
まさに【鎧袖一触】!
丸太よりも太い腕で、悪漢十数人を豪快に吹っ飛ばす!
更には破城槌を奪い取り、それを山賊たちに叩きつけた!
「…………」
圧倒的である。
人と同じ速度で動ける石の巨人とか、そんなの敵うわけがない。
あのダビデだって逃げ出すよ、こんなのが相手じゃ!
果たして半グレ騎馬民族は半壊、這々の体で荒野へ消えていった。
「分かったでしょ? 相当に難易度が高いのよ、
☆
ヒャッハー軍団退場後、ドラゴンゲートの
「我ら、王に認められし者なり! その審判を
ルッカが
『証を見せよ……』
彼らの要求に従って、勘合符を渡すと……
『裁可』
ふんぬ! ズゴゴゴゴゴゴゴゴ……………
巨人は人智を超える剛力で金属扉を開き――――僕らの前に道が開けた。
うお!
すごいな勘合符! これが勅許の力か!
「よし、急げ! 急げ! お前ら遅れるなァ! ゴーゴーゴー!」
パラマウント曹長が兵たちを急かす。
ドラゴンゲートは人類史上最大の自動ドアだ、通り抜ける前に閉まっては目も当てられない。
雪崩込む龍征伐軍の兵たちに続き、僕も門を通り抜けようとしたが……
「待って、咲也」
そこでルッカが僕を止めた。
「咲也とは、ここでお別れよ」
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