第三章 3-5 龍征伐軍、西へ!

「もうホントさ、何を言い出すのかと思ったよ……」

 謁見の間からの帰り道、馬車の中で僕は、愚痴らざるを得なかった。

 何の肩書もないタダの従者が王に発言を求めるとか、

「生きた心地がしなかった……」

 何か少しでも王の機嫌を損ねれば、即座に手打ちにされても文句は言えないのに……

 というか!

「君は賢者だろルッカ? それがバレたら即刻アウトじゃん!」

 啓蒙主義の文明開化王には、迷信=悪、邪教死すべし! の標的なのだから。

 なのに、

「そんなヘマはしないわよ?」

 とか平然と言ってのけるルッカ。

「全く……誰に似たんだ、その豪放磊落っぷりは……」

 言わんでも分かるよ。

 お祖母様だよな、邪教・摩利支丹=賢者協会の大幹部、アルカセットの孫だもんな。


「でも、大胆不敵は、まだ序の口よ」

 そうだった……

 王様から「征龍鎮撫将軍」を任じられたからには、僕らは龍の巣へ向かうことになる。

 勅命である。

 勅命=断ることなど許されない、に等しい。

「【あの龍】の巣へ自ら乗り込む……」


 【龍の災厄】の記憶が生々しく蘇る……

 帝都中の自警団が寄ってたかっても全く通用しなかった化け物龍。

 王立楽団を道連れに、王(影武者:舞踊卿・小林)をブレスで消し去った。

 これから、あんなのと対峙しなくてはならない。

 我ながら正気の沙汰とは思えない。


 でも、行くしかないんだ。

 【インパク知】なる、合理・科学至上主義を掲げる啓蒙君主は、容易に自らの理想を曲げたりしないだろう。

 あの王様を納得させるためには【賢者の教え=龍は神聖なるものである】という事実を証明しなくてはいけない。

 賢者の教えが正しいものと周知されれば、王様だって無視できなくなるだろう。

 そうすればアルコ婆の身柄も解放されるさ。

 そのために僕らは龍の巣へ向かうのだ。

 王様のお墨付きも得たしな!


「だけど、王様が僕らを支援してくれるとは思わなかったよ」

「そうね……」

「ルッカ?」

 難しい顔で考え込むルッカ。

「いくら数百人規模の義勇兵が集まったところで、あの龍相手では勝ち目があるとも思えない……でも、王は快く咲也を後援してくれた。たとえ失敗する公算大だとしても、パンとサーカスの一環だとすれば、納得できなくもないけど……」

 何か引っかかる――ルッカの表情は、そう言いたげだった。

「派手なお祭りを企図する為政者の目論見……何かから民衆の眼を逸らそうとしてる、とか?」

 なんて何の根拠もなく応えてみたが……所詮は小説家の妄想レベルよな。

「まぁ、そこは深く考えなくてもいいかもね……」

「ふむむ……」

「それよりもコレよ! コレ!」

 収まりの悪さを掻き消すように、ルッカは【例の割符】を掲げた!

「何なの、それ?」

「勘合符よ! これがあれば龍門ドラゴンゲートを安全に通過できるの!」

「まさかルッカ、危険を犯して王様に直談判したのは……」

「ええ、これを確実に入手するためよ!」

「それそんなに大事なの?」

「もちろんよ、これを持ってなかったら咲也、あんた龍の巣に辿り着く前に死ぬわよ?」

 絶句。

 僕はそんな大切なものを貰い損ねるところだったのか……


「私たちは必ず龍の元へ辿り着く。そして賢者が正しいことを証明する!」

「アルコ婆を助けるためにもな!」


 僕のプロット(戦略構想)はヨレヨレでも、ハッピーエンドに辿り着けさえすればいい。

 これは小説じゃないんだ、人助けなのだから。


 ☆ ☆


「ゆくぞ! 全体、進め!」

 副長、ルッカ・オーマイハニーの号令で、いよいよ龍退治軍の出立となる。

 軍服姿の彼女は、もう正直、誰が見ても僕より似合ってる。

 うだつの上がらない貴族のn男坊と、有能副官の構図だよ。


 それはそれとして、あの夜の社交界での【龍討伐宣言】から一ヶ月、

 よくもこの短期間でカタチになったものだ。

 王様宮廷軍部総出の協力もあって、なんとか体裁だけは整った。


 ――そして来たるべき出立の日、

 僕らを見送る帝都の人々は、まるで凱旋式の前払いだ、とでも言わんばかりん盛況ぶりだった。

 属州の叛乱を平定したローマ将軍か、第二次大戦終結の摩天楼パレードか。

 その熱気に当てられながらも、僕は民衆へ応える。


(果たしてこの中に、本気で僕が龍を狩ってくると本気で信じる人が何人いるのやら……)

 その辺は考えないようにしとこう……

 今は「調子に乗りまくる、ハリボテの英雄像」を演じていればいい。

 本番は龍の巣へ乗り込んでから、だ。


 などと猫を被りながら馬を駆っていると……


「将軍さま!」

 隊列を離れ、金髪の下士官が近づいてきた。

「君は……パラマウント・ベステンダンク曹長」

「そう! 俺様……自分がパラマウント曹長であります!」

 ヤンチャ気分が抜けない志願兵だが……族のヘッドらしく、悪そうな奴だいたい友達感覚で、ヤンキー相手の統率力は抜群。ゴロツキだらけの志願兵を束ねるには、非常に有用な人材である。


「俺っち、将軍さまに感謝してるんだよ!」

「へ?」

「ちっちゃな頃から悪ガキで、十五で半グレと呼ばれたよ」

「…………」

「勉強なんかからっきしで、悪さばっかりしてた。そしたら誰も俺らを相手にしなくなり、まるでゴミを見るような眼で蔑んでくる。俺らは社会のクズで、どこにも居場所がねぇんだ」

 価値観の狭い世界……いや、これが人類史では普通なんだよ。

「だが、龍を討伐したら間違いなく英雄だ。アイツらの鼻を明かしてやれる!」

 僕らの世界が普通じゃないんだ、歴史を鑑みれば。

「だから将軍さまは俺たちの恩人だ! 世間を見返すチャンスをくれたんだから!」

「曹長……」

「それだけ! それ言いたかったんよ! じゃあな!」

 と照れくさそうに笑って原隊へ復帰していった。


 沿道には、「龍退治上等! 相模檻児娜流」「帝都最強パラマウント唯我独尊!」的な横断幕が掲げられ、仲間ダチたちの期待度がヒシヒシと伝わってくる……


 いやー困った。

 僕とルッカは龍を倒すつもりなど一つもないのに。

 ルッカ(賢者信仰者)に至っては神聖な崇拝対照だぞ?

 どうしたらいいんだ……


「ねぇルッカ?」

 並んで馬を駆る彼女に振ってみたけど……ルッカは難しい顔で何かを考え込んでいた。

「咲也……」

「何?」

「やっぱり何か、上手く行き過ぎじゃない?」

 眉間にシワを寄せながら、独り言のように彼女は呟く。

「特に障害らしい障害もないまま、トントン拍子でここまで進んじゃった」

「それはこの国が専制国家で、王様の鶴の一声で何でも話が進む国だからじゃないの?」

「そこよ、咲也」

「えっ?」

「こないだの【龍災】を思い出して。災龍のブレスにも屈しない不死身王として、民衆に熱狂的な支持されたじゃない、マクシミリアンは」

「そうだね」

「「あれ」から何ヶ月も経ってないのよ。「王=英雄」の姿は、未だに色褪せない、真新しい記憶なのよ? なら別に、民の人気取りをする必要ないじゃない?」

「言われてみれば……」


 成功確率の甚だ低い龍退治「興行」などで、官製娯楽を提供する必要性は薄い。

 少なくとも、今はない。

 それなのに王は、わざとらしいほどに僕らを祭り上げ、「娯楽の種」を民に提供した。


「咲也、あなたの言ったこと、意外と的を射ているのかもね……」

「ああ、王様が「何かから民衆の眼を逸らそうとしてる」ってアレ? う~ん? 小説家の妄想から出た真実まことってこと? そんなまさか!」

「仮にそうだとしても、確かめている時間はないけど……咲也」

 ここだけの話は終わり、とルッカは表情を引き締めた。

 彼女の視線の先に、「好ましからざる人物Persona non grata」が映ったからだ。


「やぁやぁ、ショーセツカ卿!」

 上司の登場に、思わず馬から下馬しようとしたが、

「構わん構わんそのままで。なにしろ君は英雄だ! この帝都を龍の脅威から救う救世主だ! そんな勇者を横柄には扱えぬ」

「恐縮です、中尉」

「だが敵は強い。あの災厄の龍に帝都は何度も煮え湯を飲まされてきた」

「はい」

「だからもし、敵わぬと悟ったら潔く逃げ給え。誰も君を責めたりしないさ、ショーセツカ卿」

「肝に銘じておきます」


 ☆


「陛下のお気に入りポジションを獲られるのが怖いのね」

 中尉の姿が遠くなると、堰を切ったようにディスり始めるルッカ、本当に中尉が嫌いらしい。

「何が、危ないと思ったら逃げろ、よ! 自分は安全圏から心配してるフリして、実際は現場に踏み込んだりしないくせに!」

 信用できない!

 ルッカの中尉評は頑なで覆らない。


 でも僕は……そこまで全否定する気にもなれない。

 正直、マクシミリアン忖度の美辞麗句には、僕も辟易するところがあるけど……部下をねぎらう言葉には邪な曇りが感じられない。

 それもルッカに言わせれば「騙されてる! あれは演技!」ってSAGEられるんだろうけど。

 僕は中尉を、そこまで計算高いだけの男とも思えないんだよ。


 でも、それも後回しだ。

 今は無事に龍の巣へ辿り着くことと、パラマウント曹長を始めとするヤンキー軍団を何とか丸め込むこと、この二点をクリアしないと。

 でないと僕のプロット=アルコ婆さん解放までの勝ち筋を辿れないんだ。


 ☆


 盛大なパレードが都の正門まで辿り着くと、

「征龍鎮撫将軍――ショーセツカ卿 堀江咲也!」

「はっ!」

 待ち構えていた宰相に、下馬してひざまずくと、

「王よりの恩賜である」

 将軍の証である法螺貝を渡された。

「謹んで拝領致します」

 ぶおぉぉぉぉ~、ぶぉぉぉぉ~

 それをルッカが高らかに吹き鳴らせば、勇ましい鬨の声が朱雀大路に響き渡った。


 龍征伐軍――出陣である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る