第三章 3-4 小説家、伊達政宗の気分を味わう。

 慌てて謁見用の正装を整え、王城へ向かう馬車に飛び乗ったが……

 パルテノン神田(召喚者に充てがわれた豪邸)の前では、同期の五人が僕を見送ってくれた。

 今生の別れの雰囲気で。

 ひどい。

 我(=並行世界の自分)ながら酷い。

 葬式の予定を算段に入れながら見送られるとかマジ勘弁……


 そりゃまぁ、僕の置かれた状況を鑑みれば、当然の結果かもしれないけど……

 王が与えた僕ら召喚者への待遇は、要するに【充分にカネはやるから、(自分の影武者の順番が来るまで)目立たぬよう放蕩三昧してすごせ】という意味だもの。

 創作活動を謳歌するも良し。

 花街で女に溺れるでも良し。

 とにかく無駄に悪目立ちするな、というメッセージである。

 なにせ影武者候補なのだから、僕らの本分は。


 なので、こんなにも(都を挙げて)盛り上がってしまったら、粛清されても文句は言えない。

 ここは専制国家なのだ!

 王様という、完全無欠の独裁者をトップに戴く国なのだ。


 馬車から外を覗けば――――幕末のええじゃないか騒動もくや? と錯覚してしまいそうなくらい、民衆が狂喜乱舞している。

 【ポイズン男爵様 龍討伐祈念】【ショ卿武運長久】【厭離穢土欣求浄土 邪竜退散国家安康】

 なる|幟旗【のぼりばた】を振り上げながら。


 有り体に言って僕、堀江咲也――――異世界転生以来の大ピンチである!

 『未完!』『堀江咲也先生の次回作にご期待ください!』状態である。


「小田原参陣に向かう伊達政宗って、こんな気分だったのかな……?」

 死装束に黄金の磔柱を背負って行ったら、この世界の大権力者様も許してくれるかしら?


 などと馬車の中でガクガクブルブル震えていると……

「――――咲也!」

「ルッカ!」

 僕とタンデムで帝都を暴走した、あの馬だ。それを駆って彼女が僕を追ってきた。

 巧みな手綱さばきで、馬車の扉を叩き、

「私も行くわ!」

 そんなルッカは、既に昇殿用の正装に身を包んでいた。


 ☆


 ほんと、ルッカのクソ度胸には恐れ入る。

 迷信=邪教を目の敵にしているマクシミリアン帝は、賢者協会にとって不倶戴天の敵、と言ったのはルッカ自身じゃないか。

 王城なんて敵の本丸だよ、文字通り。

 そこへ乗り込むことを前提に、彼女はドレスコードを合わせてきた。


 信じられない胆力だ、ルッカ・オーマイハニー……

 本当に、この子は大賢者アルカセット=アルコ婆の孫なんだろうか?

 馬に乗らせたら「どこの騎馬民族だよ?」と見紛うほど達者だし、

 カジノの厳重警備を掻い潜って、ルパン三世並みの変装潜入をやってのける……

 どう考えても、賢者よりアサシンの方が適性あるよなぁ……


 そんなことを考えながら、彼女と共に城の正門を潜ると……

「吐きそう……」

 極度の緊張で、気を抜いたら、立ったままレロレロと虹色体液を吐いてしまいそうだ……

「踏ん張るのよ咲也。ここが正念場!」

 正念場? 素行不良を理由に切腹か斬首を申し付けられる会見が正念場?

 市中引き回しが付くか付かないか程度の違いだと思うけど……?

「咲也、運命は勝ち取っていくものよ」

 勝ち取るって言っても……僕のプロット(アルコ婆奪還計画)は早々に破綻した。

 色々と読み違え、あまりに豪快な勇み足をしてしまった。汚名挽回の余地もないほどに。

 もはや物語を修正する手段など思いつかない。

 僕は小説家失格だ。

「ルッカ……」

 そんな無力感に押し潰されそうな僕に、

「大丈夫。大丈夫よ咲也」

 彼女の手のひらから、強い決意が伝わってきた。


 ☆


 長い長い回廊を経た先に、

「ショーセツカ卿 堀江咲也殿、ご到着ー!」

 着いてしまった……僕の運命が決まる審判の部屋に…………


 謁見の間、

 王様の前にひざまずき、ルッカ共々、深々と頭を下げて平伏する。

「さて、ショーセツカ卿……」

「この度の不始末! 誠に申し訳ございませんでした!」

 機先を制して、まず平謝りだ。もう僕には、これしか出来ない!

「酒宴の席とはいえ、愚にもつかない妄言を吐き連ねた醜態…………」

「ショーセツカ?」

「はい?」

「何を申しておる?」

「は?」

 ……あれ、何か間違えた? 僕、空気読めてないマンみたいな視線を集めてるんですけど?


「このたび卿を参らせたのは、卿に称号を贈るためぞ?」

「しょ、称号ですか……?」

 それは偉い功績を残して国に貢献した、みたいな人に贈られるものでは?


「ショーセツカ卿 堀江咲也よ――――卿を征龍鎮撫将軍に任ずる・・・・・・・・・・

 王様の宣下に呼応し、用意していた証書を宰相が掲げてみせた。

 すると、謁見の間に集った大臣や宮廷の高級官吏から拍手が起こる。

「は????」


「なお、ショーセツカ卿には、陛下より軍資金をたまわることとする」

 恭しく小姓が掲げる白木三方には、目録代わりの小判が載り……卒業証書を受け取る卒業生並みのぎこちなさで、僕はそれを受け取った。


 つまり――――どゆこと?


「征龍鎮撫将軍ショーセツカ卿 堀江咲也」

「は」

「余の国の繁栄と安寧のため、よく励め」

 いやもう何がなんだかサッパリ分からんが……僕に拒否するという選択肢はない。

 とりあえず頭を下げて、貰えるものは何でも貰っておくのが無難である。

 王の御前とは、そういうものだ。とにかく王の機嫌を損ねないように振る舞わねばならない。


「以上。誠に大儀であった、ショーセツカ卿」

 これは、もう下がれという意味だな。よし下がろう! すぐ下がろう!

 こんなにも狂おしい緊張からは一刻も早く解放されたい!

 と、腰を浮きかけたところ――


「僭越ながら! 陛下!」

 今まで沈黙を続けていた僕の従者、ルッカ・オーマイハニーが突然口を開いた!

「偉大なるマクシミリアン陛下、その寛大さに免じて発言をお許し頂きたい」

 なっ! なに言ってんのルッカ!?

 王の御前で何と不躾な! 従者風情が!

「許そう」

 ビビる僕とは対照的に、ルッカは堂々たる振る舞いで王に応えた。

「では恐れながら一つ、お尋ね申し上げます――この龍征伐に際して、勘合符の貸与はございますのでしょうか?」

「ああ、それもあったな……宰相!」


 王は宰相に古めかしい割符を持ち出させ、彼女に下げ渡した。

「謹んで、頂戴つかまつります」

「!」

 角度的に、僕にしか見えないけれど……

 深々と頭を下げ、それを受け取るルッカの顔には――――隠しきれない笑みが浮かんでいた。

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