第三章 3-3 暴走プロット、収拾つきません!
小説家として、読者の反応は本当に気になるものである。
感想一つに一喜一憂、心乱れるが小説家の性分なのだ。
昨晩、帝都の社交界で僕がブチ上げた「龍退治構想」。
たぶん、今朝の瓦版でボロクソに書かれると予想していた。
【いきなり剥がれた化けの皮!】とか【英雄の正体はボラ吹き男爵!】とか、クソミソに非難されると思ってた。
だってあの【災厄の龍】だよ?
いかに素人とはいえ、自警団数百人が束になって掛かっても、まるで歯が立たない巨獣である。
それを討伐できるとか、正気の沙汰とは思えない。
自分で言っておいて何だが。
でも、あの場に集った数百人の貴族の中で、数名でもいいからパトロンになってくれる人がいれば御の字だと思った。
母数が多ければ変わり者だっている。
自殺志願のドン・キホーテにも、支援の手を差し伸べてくれる人がいるかもしれない。
「それで龍の巣へ行くの?」
「そう。それで確かめるんだ。龍が賢者の教え通りの、聖なる龍なのかを」
僕らは龍の巣へ向かうことが出来ればいい=龍を倒す必要なんてない。
「龍退治」は、あくまで大義名分だ。
☆ ☆
…………と、思ったんですよ。
そういう想定でプロットを組んだんですよ。スーパー異世界ライターの、この堀江咲也が。
しかし……
ところが……
僕の見込みは、大きく外れてしまってた。
「これは…………」
【ショーセツカ卿速い! 殺人バファロー走法に龍も仰天】【ショーセツカ卿豪弾15発! マクシミリアン帝龍撃ち指令】【ド迫力のショーセツカ卿、龍の巣崩し任せろ】【乱闘任せろ! ショーセツカ卿、帝都の龍よけや!】【マクシミリアン帝も合格点! 龍退治イケるやん】【帝安心、ショーセツカ卿、一発合格】【死角なし! ショーセツカ卿絶好調!】【ショーセツカ卿が激走! ド迫力ランで一気征伐!】【思想警察テュルミー中尉も、ショーセツカ卿の活躍に太鼓判!】【ドドドドドッショーセツカ卿、走る凶器や】【帝唸った! 猛犬ショーセツカ卿龍殺しだ】【テュルミー中尉不敵! ショーセツカ卿の弱点探して】
僕はマスクだ。
異世界のイーロン・マスクだ。
冷静に考えて実現可能性が怪しい案件でも、投資家の資金がジャンジャン流れ込むテスラの社長状態だ。
「ちょっと、舐めすぎていたかもしれない……」
帝都の人たちの悲願を。
この街に住む人にとっては、【龍の災厄】とは「今、そこにある危機」だ。
僕らにとっての台風や地震みたいな感覚で、「災害」に見舞われる。
前触れもなく街が焼かれ、大切な人との突然の別れを強いられる。
なすすべなく、悲劇が訪れる。
そういう宿命を抱えた街なのだ、この帝都は。
そんな災厄を「止められる」と豪語する男が現れれば、そりゃ諸手を挙げて歓迎するだろう。
そりゃ過剰な期待感が先走るだろうさ。
「甘かった……」
甘く考えすぎていた。
「――――堀江!」
血相を変えた神崎(召喚者・木工卿)が、
「大変なことになってるぞ! あれ見ろ!」
僕をパルテノン神田(召喚者たちに用意された豪華共用邸宅)の玄関へ連れ出すと……
☆
樽が積まれていた……
ウイスキー工場の倉庫か? と錯覚するような樽の山が玄関先に。
「ショーセツカ卿さま! どうかお収め下さい!」
樽の中身は……小銭だった。重ねられた樽には、小銭が一杯。
中を
庶民のタンス預金から工面されたもの、と察せられた。
「……………」
中には紙幣ほどの紙も紛れていたが――それは紙幣ではなくて、
「仲間が【龍災】で死んだのサ、とってもいい奴だったのに。オベリスクに花添えて、青春アバヨと泣いたのさ」「お年玉を男爵さまにあずけます。これで龍をたいじしてください」「しんだぱぱのかたきをとってください」とか書いてある私信だった。
……見るんじゃなかったぁぁぁぁー!
これ、クラウドファンディングじゃん。異世界クラウドファンディング。
僕が頼んでもいないのに、強制的に送りつけられてきたクラファンじゃん!!!!
しかしもう、これ、「要りません!」とか送り返すこともできない。
なけなしのお年玉を寄付してくれた子供の気持ちまで踏みにじれというのか?
「あれは酒の席の冗談でした!」とか頭を掻いて。
そんなの無理だよ!
人として無理だ! 人間失格よ!
「おい堀江!」
今度は川澄(召喚者・雅楽卿)が青い顔で僕を呼ぶ。
また何かとんでもない厄介事か?
「アレ! アレはマズいって! お前死ぬぞ?」
え? 何だその物騒な話?
☆ ☆
川澄(召喚者・雅楽卿)の忠告に従って、下町の公民館を尋ねてみれば……
そこには【ショーセツカ卿の龍退治軍、志願兵募集】の横断幕が!!!!
「いやいやいやいや! 僕は認めてないし! 聞いてないし! 募ってないし!」
初耳にも程がある!
僕とルッカの目標は、賢者の主張=龍は神聖なる存在である、を証明しに行くだけで、別に退治するつもりはない。
せいぜい川口浩探検隊程度の規模でもいいと考えていた。
なんなら三蔵法師一行ぐらいのミニマムさでも構わんかな? と。
こんな大規模な徴兵を行ったら、王様に叛意アリと目をつけられかねない!
「やめろやめろやめろー!」
勝手に開設された「ショーセツカ卿軍 徴募事務所」に怒鳴り込んではみたものの……
「よし! おめーら気合い入れていけよ、ゴラァ!」
「「「「ウーッス!」」」」
ヤケにガラの悪い下士官が、志願兵どもに説教を垂れていた。
任命した覚えもないのに。
「あっ! ショーセツカ卿のご登場だ!」
そりゃま、僕は帝都の有名人。
テュルミー中尉の誇大宣伝で祭り上げられた虚飾のヒーローだが……相当に顔は売れている。
「「「「よろしくおねしゃーっす」」」」
うわぁ……ヤル気満々だ、こいつら!
揃いも揃って、ヤンキー風の特攻服や、チンピラ系のアロハだし。
いつか花街で見た、チーマー軍団がそのままやってきたみたいな異様さだった。
「あんたがショーセツカ卿か?」
それもそのはず。
勝手に下士官に名乗りを上げたヤンキーには――――見覚えがある。
「俺はパラマウント・ベステンダンク。帝都の裏界隈では、ちょっとは知られた顔だ」
ええ、知ってます。花街で派手に暴れまわってましたよね……
「あんた男だな! ショーセツカ卿!」
「へ?」
「あの【災厄の龍】に、こっちから挑んでいくなんて、相当イカれてるよ! 最高だ! なぁ、お前ら?」
うぉぉぉぉ!
「英雄さまと一緒に、俺たちも英雄になる! あの忌々しい災龍を、俺たちが狩ってやんよ!」
うぉぉぉぉ!
あれ、なんか僕、取り返しのつかないことをやっちゃった……?
☆ ☆
……後で知ったが、この手の無許可徴兵事務所は、他にも何箇所か開設されていたらしい。
事後承諾で名簿が僕の元へと送りつけられ、「頭数に加えてくれ」と願い出る始末。
そんな押し売り志願兵が都合五百人ほど。
これはもう、ちょっとした軍隊である。
下手したら今後、更に増えていきそうな雲行きだし!
ここは王都ドラゴグラード。国王陛下のお膝元。
そんな所で数百単位の私兵を抱える――その行為が何を意味するのか? 子供にだって分かる!
兵を募るにしても、事前に王から許可を得ていたのなら問題はない。
だが、僕は「
マズい! 明らかにマズい!
「何も知らない人が見たら、叛乱軍だ、これ!!!!」
もっと慎ましく、僕らの目的を遂行する筋書きだったのに……
なんか知らないうちに大事になってる!
僕のプロットが勝手に一人歩きを始めて、制御不能の破綻作品になりかけてる!
自室で頭を抱えた僕の元へ、恐れていた「使者」は訪れた。
「ショーセツカ卿」
「宰相さん!」
「陛下がお呼びです。すぐさま参内のご用意を」
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