第三章 3-2 小説家、本音と嘘と性分と

「あんた死ぬわよ! 私の手に掛かって、ね!」

 私刑宣告は、ひどく聞き覚えのある声だった。

「ルッカ!」


 ルパン三世か、不二子ちゃんか? ってくらいの偽装マスクを自ら剥ぐと……その下からは見覚えのある、婚活コンシェルジュの顔が現れた!

 良かった!

 あの大混乱の現場思想警察のガサ入れから逃げおおせていたのか!


「裏切り者――ショーセツカ卿 堀江咲也! 死して屍、拾う者なし!」


 しかしそんな旧交を温め合う暇は全く存在しなかった!

 彼女は僕の命を狙う刺客だ!

 カジノ王の娘に化けて、暗殺機会を狙うアサシンだ!


「ちょちょちょちょ、ちょっと待って!!!! それは違う 僕は裏切ってない!」

「嘘をつけぇい!!!!」

 ああ、ダメか?

 頭に血が上ったアサシンに、論理的な言い訳など無力か?

 でもどうしたら……

 小説家に論理以外の武器があるか?


 ――――ある!


「こなくそー!」

 一か八かで拘束を振り払い、僕は跳んだ。書架のところまで一目散に。

 そして棚から一冊の本を抜き取ると、それを盾に構えた!

 僕は盾の勇者だ! 斬れるものなら斬ってみろ!


「くっ!」

 本ごと僕を真っ二つ! ……しかねない勢いだったルッカの剣が止まった。

(ふ……勝った! 僕は賭けに勝った!)

 書架に収まっていた一冊の本。豪奢な龍の装丁・・・・が施された本は、日の目の当たる場所に所蔵できない本である可能性がある。

 そう、龍を神聖視する本といえば……賢者の教典の可能性だ。

 それは賢者の末裔であるルッカには斬れない本だ!

「卑怯なり――堀江咲也!」

 そう言われても、自分の命には替えられないよルッカさん! 丸腰で斬りかかられている方の身になれ!


「聞いてよルッカ! 僕には賢者が悪者とは思えない!」

「!」

「【龍の災厄】で夫を失った寡婦を救おう、という志も素晴らしいと思う! 嘘も方便、かどうかは分からないが、君と婆さんが善意で弱者に手を差し伸べようとしているのは確かだし、それは決して邪教の詐欺とか言われる筋合いのものじゃない」

「…………」

「とにかく、ルイーズさんもキャリントンさんも、君とアルコ婆に騙されているなんて僕には思えないよ。二人とも救われてると思う! 立派だ、君もお婆も。問答無用で牢屋へブチ込まれるような犯罪者とは思えないよ!」

「咲也……」

「だが!」

「だが?」

「ルッカ! 賢者の教えには矛盾がある!」

「矛盾……?」

「賢者は龍を神聖なる神として祀るが――――じゃあ何故・・龍は・・この都を襲う・・・・・・?」

「それは……!」

「もし龍が本当に神聖でありがたい存在なのであれば、都を襲ったりしないんじゃないのか?」

「……それは何か、やむにやまれぬ事情が…………」

 急にしどろもどろになるルッカ。

 ふ! 見たか小説家の論理攻撃を!

「だからさルッカ! それを証明できれば、王様の宗教弾圧も止むんじゃないのか? 賢者の正しさを証明できれば、王も納得するのでは?」

「た、確かに……」


 すっかり戦意を失ったルッカ、ジャマダハルを下ろして、考え込む……

(よし! 勝った! 助かった!)


「宗教弾圧が止めば、収監されている思想犯も解放せざるを得ない。つまり、アルコ婆だって釈放されるはずさ!」

「でも!」

「でも?」

どうやって・・・・・それを証明するの・・・・・・・・?」


 とか言い出すんですよ。ルッカさん。

 一つ一つ、丁寧に積み木を積むような作家の構想なんて無視して「そこイマイチですね、もっと面白くしましょう?」と無遠慮に言ってくる編集者のノリで!

 作家的には「うるせぇ、自分で考えろ!」と吐き捨てたくなる、アレですよ。

 もうね、殴りたい。

 そういう雑なオーダーしてくる編集者は、発作的に殴りたくなるが……

 それでも作家は放置できない・・・・・・・・・・・・・

 「お前の作品の完成度、お前が思ってるほど高くないぞ?」の指摘は、抜けない弓矢だ。

 引き抜こうと思っても、肉に食い込んで激痛を与える。

 戯言は気にするな、と自分に言い聞かせても、気になって気になって仕方がないのである。

 あらゆる作業を差し置いても、直したくて直したくて仕方がなくなるのである。

 それを無視して放置していたら「なんか負けた気がする……」のである。

 それが作家という生物の習性なのだ。因業なのだ。難儀なのだ。


「ねぇ咲也…………どうしたら……」

「ああうるさい! ちょっと待って! アイディア出すから黙ってて!」

 どうせ乗りかかった船だ。こんな気分じゃ帰れないよ。


 そもそもの話、

 アルコ婆が捕縛されたのは僕のせいではないが、全く責任がないとも言い切れない。

 しかも当の婆さんは思想犯として塀の中、釈放される見込みもない。

 なら、僕がプロット勝ち筋を描いてあげないといけないじゃないか!


 ☆ ☆


 いつのまにか主賓が消えていたところで、滞りなく酒宴は収まるものだ。

 綺羅びやかなウインナーワルツで場を彩っていた楽団も、もはや環境音楽の黒子に徹している。

 若き英雄を語る雄弁家も、既に演台を降りている。

 普段の夜会であれば、このまま流れ解散となるのが常だったが……


 カジノ・ビスコレッティの質草保管金庫から大晩餐会場へ戻った僕は、

 「もう一仕事、頼まれて下さい」と指揮者へ頼み込んだ。

 というかその指揮者、同じ召喚者仲間の雅楽卿・川澄だったのだが。

 【龍災】で消し飛んでしまった王立宮廷楽団を再興すべく、新しいコンサートマスターに就任したらしい。


「一丁、派手に演ってくれないか? 川澄!」

「あぁ? オーケストラは酒場の流しじゃねぇんだぞ?」

 もはや夜会はフェードアウトの頃合い、そんな時間に「派手に演れ」だと?

「無茶いうな、英雄殿」

「頼むよ、召喚者のよしみで何とか!」

「…………お前が責任取れよ?」

「さんきゅー川澄!」

「で、リクエストは?」

「ショスタコーヴィチの「革命」みたいなのを頼むよ! でなかったらマーラーの「巨人」かニールセンの「不滅」辺りで」


 気怠げな夜想曲がピタリと止み……指揮者川澄がアレコレ楽団に指示を送ると……


 突然! 雷鳴の如きパーカッションが響き渡り、金管楽器が悲鳴を叫ぶ、革命のシンフォニー。

 ノリノリじゃないか、川澄の奴。口ではあんなこと言っておきながら!

「よしよし……」

 鎮静の余韻に浸っていた紳士淑女を叩き起こす不躾な選曲に、「何事か?」と客がオーケストラへ向き直れば、


「この帝都を代表する名士の方々よ!」

 指揮台には川澄ではなく、別の仮面紳士が立っていた――つまり僕である。


「宴もたけなわとは存ずるが、しばし! 皆様のお耳を拝借させられたい!」

 我が上司、テュルミー中尉ばりの雄弁スタイルで聴衆へ訴えかける。

「私ことショーセツカ卿は、この帝都から邪教の影を排し! 皆様の安眠を奪還した!」

 オーッ!

 聴衆からは、改めて称賛の拍手が降り注ぐ。

「しかしながら! 未だ帝都は不安を抱えたままであります! 憂慮すべきは――そう! 皆様ご存知、災厄の龍であります!」

 ゴクリ……息を呑む客たち。

 僕は、敢えて客が【思い出したくない】話を蒸し返す。

 貴族だって【龍災】の危険度は変わらない。

 運悪く、超熱ブレスを浴びれば、誰であろうと消し炭と化す。龍を前にすれば、貴賤の差はない。

「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」「…………」

 まさに興ざめ、酒が不味くなる話題だが……


「そこで、この場を借りて、皆様に申し上げる!」

 それは次の【朗報】への枕だ。

「この私、ショーセツカ卿 堀江咲也が! あの災厄の龍を・・・・・討伐せしめる・・・・・・と!」


 静まり返る大晩餐会会場。

 宴の酔客、数百人は、みな呆気に取られていた――僕の真意を測りかね。

 酒席のジョークと笑うべきか、あるいは酔っ払いの戯言と眉をひそめるべきか。


「この盃を、竜神女神に捧ぐ! 我に勝利を! 打倒・邪なる災龍!」

 呑めない酒を一気飲み、ハッタリの演説を自分で煽った。

「誰かが起たねばならぬ時! 誰かが行かねばならぬ時!」

 なんたって僕は小説家――――つまりは、ウソをつくことを生業とする者だからね!


「このショーセツカ卿にお任せあれ! 必ずや、龍の災厄に終止符を打って見せましょうぞ!」

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