第二章 2-11 アルコ婆、ネクロマンサーになる
キャリントン家の飼い犬の聴取を終えて、十数分後。
超特急で仲人事務所へ戻ったルッカだったが、
「瞑想、お疲れさまでした」
婚活屋の営業スマイルでキャリントンさんを案内していた。
つい今し方まで、鬼神の形相で騎馬暴走族していた子とは思えない……
そのルッカが、応接間でキャリントンさんにお茶をふるまっている間、
控えでは、僕がアルコ婆に情報を伝えていた。
キャリントン家の痩せこけた犬から聞いた話を、事細かく。
「よくやったショーセツカ殿! パ~フェクトじゃよ。さすがワシの見込んだ男!」
したり顔のアルコ婆、満足気に儀礼部屋へと向かった。
「あれで良かったの?」
「良かったのよ」
アルコ婆と入れ替わるように控えに入ったルッカ、壁に据えられた謎のカーテンを開けた。
「小窓! マジックミラーか?」
「賢者様式の魔術鏡面よ。魔力で光と音を非対称透過させているの」
マジック! これが本当のマジックミラーか! 音まで非対称のスグレモノ!
(というか!)
こんな魔術様式、大聖堂の書庫でも見覚えがないんだけど……
「……見える、見えるぞ……お主の運命が見える!」
燭台の灯が揺らめく儀礼部屋で、アルコ婆は何か取り憑かれたように喋りだした。
妖しい光を放つ水晶玉を撫でつけながら。
「迷える子羊、キャリントン・フレアー……そなた最近、夫を亡くしたであろう? ……ふむ、先頃の【龍災】で命を落としたな?」
するとキャリントンさん、堰を切ったように涙が。堪え続けてきた感情が一気に溢れた。
「仰る通りです! アルコ婆様!」
「その夫を喚び出して欲しいんじゃな?」
「はい教主様……何卒、何卒、夫を!」
【喚び出す】だって?
アルコ婆は
そんなの「異世界召喚術式」級の超魔術じゃないの????
「承知した、キャリントン・フレアー。今こそ我、霊界の交信チャネルを開かん!」
動揺する僕を嘲笑うかのように、マジックミラー越しのアルコ婆は言ってのけた。
「ふん! ぐぬぬぬぬぬぬ…………」
水晶玉に「気」を注入するアルコ婆――鬼気迫るシャーマニズム。
固唾を呑んで「霊界通信」の接続を待つキャリントンさん。一心不乱に祈りながら。
次第次第に昂ぶっていく期待と不安のヴァイブスが、頂点に達した時……
「――フレア? フレアか? そこにいるのは?」
野太い声がアルコ婆の声帯から漏れた。
「あなた! あなたなの?」
軽く裏返った声でキャリントンさんが尋ねれば、
「――うむ、俺だ……リックだ」
「あなた!」
キャリントンさん感極まり、顔を覆って泣き崩れてしまった。
☆
「いや……一応、声を作ってるけど……アルコ婆の声だよね?」
マジックミラー越しの声は、どう聴いても婆の声だ。
だがそれでも……
☆
「――先に旅立った爺さまや婆さまも一緒だ。こちらは皆、幸せに暮らしておるぞ」
「夫」の言葉にキャリントンさん、号泣だ号泣。
「――ヴァルハラは善き所よ。【龍災】で死んだ者は皆、神の国へ導かれた。何も心配は要らぬ」
「よかった……よかった……」
彼女には、婆の言葉=夫の言葉として100%伝わっている。
「――ただなフレアよ、唯一の気がかりは、残してきたお前のことよ」
一拍置いて、アルコ婆の「霊界通信」は変調する。
「毎晩毎晩、お前のことを夢に見るぞ」
「あなた……」
「――いいかフレア、よく聞け。俺が居なくとも前向きに生きよ。決して酒やクスリに溺れるな。親戚や近所の人とも、仲良くすごしなさい。分かったか?」
「はい……はい……そうします、あなた!」
「――ああ、それから、犬も大事に。マクマホンのエサは忘れずに与えなさい」
キャリントンさん何度も何度も頷き、「夫」の声に応えた。
「――フレア」
「ひゃぃ」
「――いつもヴァルハラから、お前を見守っているぞ」
果てはキャリントンさん、涙と鼻水で上手く喋れなくなっている。
「――だが、俺はもう生き返ることは出来ぬ」
「ひゃぃ」
「――俺の他にいい人と出会えたなら、その人と残りの人生を全うしなさい」
「あなた…………」
「――お前が幸せな人生を送ることだけが、俺の望みだ。分かったか?」
【霊界通信(ソウルリンク)】が途切れても、しばらくキャリントンさんは泣き続けた。
アルコ婆に温かく見守られながら…………
☆
でも!
「でも、これって…………欺瞞じゃないのか?」
だって! だってアルコ婆は!
アルコ婆がキャリントンさんの亡き夫に扮することが出来たのは――――
「僕らの聞き込み情報がネタ元じゃないか……」
それをあたかも「超人の奇蹟」とばかりに披露するのは……
「詐欺じゃないのか? コレ?」
「あのね、咲也……」
重い溜め息を吐きながら、ルッカ・オーマイハニーは応える。
「誰も【蘇る死者】とか本気で信じちゃいないわよ」
「えっ?」
「『霊界と通信する』という触れ込みだとしても、その真贋を確かめよう、なんて客は居ないの」
キャリントンさんに限らず、お婆ちゃんに会いに来るのは「騙されたい」人ばかりよ」
「「騙されてる」って理解ってても、それでも騙されたいから、お婆ちゃんに会いに来るの。お金を払ってでも、騙されたいからここに」
「でも、だからって……それは正しいことなのか? 嘘で得られる救いは正しいのか、ルッカ!」
「嘘で人を救えるのなら――私は喜んで嘘をつくわ。いくらでも」
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