第二章 2-10 婚活屋の手伝いって、何するのよ?

「ようこそいらっしゃった、キャリントンさん」

「すいませんアルコ婆さま、どうしても診て頂きたくて……」

 申し訳なさそうに頭を下げた、若い女性。眉間にシワを寄せ、何か思い悩んでいることでもあるのだろうか?


「いやいや、かしこまらんで結構。ワシらは、悩める子羊に手を差し伸べる者じゃ」

 そんなキャリントンさんを、アルコ婆は優しく事務所へ招き入れる。

「では、まず瞑想の儀式から執り行いましょう……祈りの部屋へどうぞ」

 コンシェルジュ、ルッカ・オーマイハニー、お客を奥の部屋へ案内する。

 チラッと見えた「祈りの部屋」は艶やかな曼荼羅が飾られ、お香のフレーバーが漏れてくる。

「お呼び致しますので、しばし瞑想なさっていて下さい、キャリントンさん」

 バタム。


 祈りの部屋の扉が閉まるなり、

「さ! 行くわよ! 咲也!」

 ルッカに袖を引かれ、外へ猛ダッシュ!

 うまやに繋がれていた馬を駆り、僕らは表通りへと跳び出した!


 ☆


 時は、小一時間ほどさかのぼる。


「頼まれごとですか?」

「どうせ暇じゃろ? 有閑貴族様は」

 そうでもないんだけど、そうだと言っておこう。

 まさか思想警察の捜索任務中だなんて、間違っても明かせないし。

「なら、ルッカを手伝っておくれ」

 手伝う? 婚活サービスの手伝いってこと?

「なぁに、そう手間は取らせぬよ、ショーセツカ殿」


 ☆


「ぎゃー! 落ちる落ちる落ちる!」

 まさか街中で馬を全力疾走させるなんて! こんなの正気の沙汰じゃない!

「頭! 下げてなさい! 頭皮ごと持ってかれるわよ! 咲也!」

 縁起でもないこと叫びながら、しかし手綱は緩めぬジョッキー・ルッカ!

 馬車が行き交う大通りでも暴走を止めない!


 ☆


 数分後、

 ルッカの明日なき暴走は、家族向けの一軒家が立ち並ぶ地区で終焉を迎えた。

「ここが、あの女のハウスね……」

 表札には『キャリントン』と書かれている。(※妖精さん翻訳)

「キャリントン? え? それって……」

 さっきアルコ婆の婚活事務所を尋ねてきた客の名前じゃ? 今、瞑想室に籠もらせている……

「なんでこんな空き巣みたいな真似を……?」

「説明している時間が惜しいわ! ――仕事よ! 咲也!」




「ちょっと誰か! いらっしゃる?」

 ドンドンドン! 近所迷惑もどこ吹く風、隣家の扉を叩くルッカ嬢。

「何だ? うるさいぞ?」

「隣の人について訊かせなさい!」

 ルッカ嬢、一昔前の刑事ドラマばりに、圧迫口調で住民を尋問し始め……

「待て待て待て! 喧嘩はダメだよ! ルッカ!」

 殴り合いになりかけたところを、僕が羽交い締めで押し留めた。


「いったい何の権利が有って、こんな真似を……」

「これが私の仕事なのよ! 邪魔しないで、咲也!」

 何を言ってんだ、この子は????


 ☆


 その後もルッカ嬢、周辺住人への強引な「尋問」を繰り返すが……成果には乏しかった。

「ルッカ、ちょっと時間が悪いよ……」

 今は夕刻前、男は職場に、女は市場で買い物中だ。家には子供か老人しかいない。

「別の時間帯にしない?」

「だめよ!」

 頑ななルッカ、僕の説得に耳を貸そうとせず、

「もう時間がないのに……」

 ぽろり。

 不意に溢れる涙。

 これじゃ僕は犬のおまわりさんだ。

 困ってしまってワンワンワワーンだ。


(どうしたらいいんだよ…………)

 アルコ婆からは「孫を手伝ってくれ」と言われたけれど……何を手伝えるのやら……

「うひゃっ!」

 いきなり手を舐められた!

「……なんだ犬か……シッシッ!」

 だが、追っ払っても追っ払っても絡んでくる。何を考えてるんだ、この犬は?


『翻訳しよか?』

 え? 出来るの? 妖精さん?

『おやすいごようよ~』


(※以下、妖精さんによる翻訳)

「あのね。お願いだから舐めないでくれる?」

犬『あんさん、くいもの、もっとるやろ? たのむからめぐんでくれや、ごしょうやさかい』

 あ? さっきアルコ婆に貰った饅頭の残り香か?

「首輪してるし、飼い犬でしょ君? ご主人さまに貰いなさい!」

犬『さいきん、ごしゅじんさまがうわのそらなんやねん、わいのえさもわるれるくらいに』

「もしかして……君のご主人さまって、この家の人?」

 このキャリントンって表札の出ている家の?

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