第二章 2-9 スパイ咲也、アジトを探れ!

「…………ここ?」

 労働者階層の集合住宅が立ち並ぶ地区だった。

 なんか嫌な予感しかしないのは、既視感があるからだ。

 「大物のアジトがある!」という情報で踏み入ってみれば、末端信者のグッズぐらいしか見当たらなかった、あのガサ入れの時と同じような場所だ。

「こんなところにいるのか……?」

 【邪淫導師・アルカセット】なる邪教の大幹部が?


 しかし、他に選択肢はないし、

 僕にとっては乾坤一擲の大チャンスである。


 この帝都で、探せる書庫は探し尽くした。

 あとはここしかない!

 邪教・摩利支丹が隠し持つ秘義とやら……この眼で見聞させていただく。

 誰より先に、この僕が!


それ・・さえ手に入れれば……」

 そこで僕の異世界ストーリーは終了だ!

 もはや影武者として縛られず、自力で帰還を果たせるのだ!

 思想警察の斥候任務も強制終了、

 ストーカーババアの無理矢理婚活からも逃げおおせる。


 できればジュンコさんやアーナセルさんには直接、謝りたかったけど……

 悠長なこと言ってられない。

 召喚術式を入手次第、速攻帰るべきだよ。

 チャンスの女神は前髪しか生えてないパンクス女神。躊躇はNG!


 サクッと帰って人生をやり直すんだ。売れっ子ライトノベル作家としての人生を、ね!


 ☆


「ううむ……ボロい……」

 くたびれた雑居ビルにしか見えないが……ここでいいのか?

(いや、でも……)

 そのくらいの建物の方が、非合法組織の隠れ蓑としては、相応しいんだろうか?

(躊躇していても仕方がない)

 行くか潜入捜査……覚悟を決めて。

 邪教の大幹部とか僕にはどうでもいい。目当ては【異世界召喚術式】のみ!

 と、ふんどしを締め直したところで…………


「あれ? 咲也じゃん? なにやってんの? あんた?」

 ビクッ!

 突然、背後から声を掛けられた!


「は? …………ルッカ?」

 振り返れば奴がいる。

 帝都にその名轟く敏腕仲人、その孫娘にしてアシスタントコンシェルジュの彼女、

 ルッカ・オーマイハニーがそこにいた。

(ぐ、偶然にしては出来すぎじゃない……?)

 まさかババアを見倣って、ストーカーの業に目覚めた?


「もしかして咲也…………ようやく観念したの?」

「へ?」

「で、どっちに? 眼鏡エルフ? それとも爆乳プリースト?」

「どうしてそうなる? 僕は結婚する気なんて全然ないと何度言えば……」

「じゃあ、何で来たの?」

「【来た】?」

「だってここウチじゃん」


 『良縁、お探しします』、『縁談ご紹介 オソレヤマ会』


「な、なんという偶然……」

 この異世界雑居ビルが、アルコ婆の仲人事務所だったとは……


 ☆


「おお、ショーセツカ殿、ようやく観念されたか? それでどちらに? 眼鏡エルフか? 爆乳プリーストか?」

 事務所へ入ると……当然のようにアルコ婆が孫と同じ台詞で出迎えてくれた。

「たまたま会っただけですよ、そこで。ルッカ嬢と」

「なぁ~にぃ? まだ悩んでおるか? なんと情けない! (※自主規制)ついとるのか?」

 ピー音まで自動で被せてくれる翻訳妖精の品位機能……

 ありがたいけど、まぁ、だいたい分かるよ。


「どちらの娘を選ぼうが百点満点じゃろが? この婆が見繕った極上の花嫁候補ぞ? 何を悩む必要があるのか、ショーセツカ殿?」

「まずは葬式で見合いをセッテイングするの止めてもらえます?」

 常識というものがないのか? 異世界の婚活サービスには? 掟破りの残虐ファイターかよ?

「なに、冠婚葬祭などどれも変わらんわ。人生の節目というだけの話じゃ」


 サラッと否定できない台詞を混ぜ込んでくるから厄介よ、この婆さん……

 確かに、冠婚葬祭は人生の繋ぎ目であって、本質ではない。


「ま、ジックリと選ぶがよかろ。主の人生じゃからな」

「急かさないんだ……?」

「残りの人生を共に分かち合う伴侶じゃなからのぅ。心ゆくまで悩んで結論を出すがよい。楽しきも苦しきも、この人となら分かち合いたい、と納得できる女が主の最高の女房よ」

 せっかちなんだか優しいんだか……アルコ婆……

「まず饅頭でも食いなせ。お茶もあるでよ」

 なんとも憎めない婆さんではある。すごい勢いで婚活を強いてくる以外は。

「お茶請けに龍の巣漬けもな。これも食いなせ食いなせ、遠慮なく」

 うわぁ、しょっぱい。

 お年寄りが塩辛い漬物を好きなのは、現代も異世界も同じか。

 なんだか、懐かしいな……


 普段、僕とアルコ婆は、婚活という名の戦場で火花を散らす敵同士みたいなものだけど、

 それがなければ、こんな感じで和気藹々できるもんだな……

 もしも僕が観念して白旗を挙げてしまえば、こんな穏やかに茶飲み話できるのか?

 だとしたら、それも悪くないのかもな……


 コンコン、

 窓越しに、伝書鳩ならぬ伝書妖精さんの手紙を受け取ったルッカ嬢、

「お婆ちゃん、キャリントンさんが「これから伺いたい」って」

「なに、今からか? 急な話じゃの……」

 どうも、この仲人事務所に来客の様子。

「じゃ、僕はこの辺で……」

 と腰を上げかけたところ、

「ショーセツカ殿」

「ん?」

「ちと、この婆の頼まれごとを汲んでもらえぬか?」

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