第二章 2-8 小山評定と蜘蛛の糸

「つい今し方、帝都市中へ放った斥候せっこうから連絡が入ったァ!

 【摩利支丹・最後の大物】の居場所を突き止めた、とのことであァァーる!」


 オオオッ!

 車座に集った隊士たちも一斉にどよめく。

「その名も【邪淫導師・アルカセット】!」

 ウォー!

「既に十一人が捕縛されている、摩利支丹最凶導師が最後の一人! アルカセットを! 遂に!」

 ウォォォォッ!

「彼奴さえ捕縛できれば摩利支丹は都から一掃されるも同じ!

 これぞマクシミリアン様の御威光に叶う大偉業ぞ! 隊士諸君ッ!」

 ウォォォォッ!

「ただし腐っても最高導師! 侮るなかれ、隊士諸君! いかなる怪しげな術式で悪足掻わるあがきしてくるか分からぬ! 進退窮しんたいきわまれば、彼奴ら摩利支丹が秘匿する秘義中の秘義を繰り出してくる可能性もあるぞ!」


 ――――【摩利支丹の秘義】!?


「私は……見たくないのだ! 怪しげな術の餌食となる諸君など!」

 バァン!

 激しく壁を殴打し、中尉は感情を剥き出す。

「私は君らを愛している……心の底から愛おしい、君たちよ、死に給ふこと無かれ!」

 テュルミー中尉の男泣きに、野太い嗚咽が幾つも漏れる。

 ほんと、中尉は生粋のアジテーターだ……ついこの間、知り合ったばかりの僕ですら、グッと感情を掴まれそうになる。

 ルッカ的には「人前で涙を見せるような男は信用できない!」らしいけど……


「諸君……」

 隊士たちが落ち着いた頃合いを見計らって、中尉が穏やかに語り始める。

「この作戦、言うまでもなく思想警察結成以来の重要ミッション……当然、失敗など許されぬ」

「…………」

「従って、更なる確信的な情報が必要と考える」

「…………」

「そこで誰か居るか? 挺身ていしんして、敵のアジトを探らんとする者は?」



「――――――――中尉殿!」

 静まり返った屯所に響く声。

「是非! 是非その御役目、このショーセツカ卿 堀江咲也にお命じ下さい!」

 あの小山評定の山内一豊ばりに、僕は中尉へアピールした。

「私は翻訳妖精の適合者、いかなる言語も符丁ふちょうには使わせませぬ。間者として最適のスキルかと」

「うむ」

「どうか何卒、私めにお申し付け下さい! 中尉殿!」


 息を呑む静寂の後――――


「よかろーぅ!」

 テュルミー中尉は隊士全員の前で断じた。

「この役目、ショーセツカ卿に任す!」

「ありがたき幸せ! ショーセツカ卿 堀江咲也、見事【邪淫導師・アルカセット】の化けの皮を剥いでご覧に入れます!」



 ☆ ☆



 と、隊士の前で大見得を切った僕だったが……

 そ ん な も の は ハ ッ タ リ で あ る 。


 中尉の話の中で、僕がピーン! と来たのは――

 【摩利支丹が秘匿している秘義】というキーワードだ。


 この世界へ召喚されて以来、僕は帝都にある書庫という書庫を探し回った。

 王が独占する「異世界召喚の術式」、それを発見できれば自力で元の世界へ帰れるのだ。

 しかし一切、見当たらなかった。

 教会や錬金術師は、王の解放施策に従い、魔術知識も解放済みだ。

 となれば、残る可能性は賢者協会が秘匿する秘術、それが最も可能性が高いのではないか?


 これは蜘蛛の糸だ。

 僕がすがるべき――最後の蜘蛛の糸だ。

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