第二章 2-12 邪教・摩利支丹の真実
「お世話になりました、アルコ婆様……」
アルコ婆の「カウンセリング」を終えたキャリントンさんは……まるで別人だ。
憑き物が落ちたように、晴れやかな顔をしていた。
最初に見た時は、今にも教会の尖塔から飛び降りてしまいそうな雰囲気だったのに。
「何か遭ったら、また来なさい」
アルコ婆とルッカ嬢も、柔和な表情で彼女を見送ったが……
「龍から街を守り、死んでいった男たちは「英雄」と称賛されるが……残された女たちは悲惨なものよ……」
心中は穏やかではいられないらしい。
「子供を抱えてはロクな仕事にも就けず……困窮の果てに、その子まで失う」
「ねぇ咲也、覚えてる? 私とあなたが初めて会ったアパート」
「ああ」
「あのルイーズさんが守ろうとした品々も、お婆ちゃんが降霊させた「身代わり」よ」
「だからあんな必死に拒んだのか……」
もし思想警察に見つかってしまえば、投獄必至の御禁制品でも。
「摩利支丹はね、そんな女たちを救うための組織よ」
龍の絵も、謎の壺も、死者の口寄せも、寡婦を救済するためのものだったのか……
「というか摩利支丹なんて蔑称、あの王が勝手にレッテリングしたものだから!」
「そうなの?」
「私たちは『賢者協会』――――誇り高き賢人の末裔よ!」
と、ルッカは胸を張った。
「マクシミリアンの即位以前は、教会と並ぶ神性権威として、民から
今では口に出すのも憚られる存在にされてしまったがの」
と苦み走った顔でアルコ婆は漏らす。
「迷信と教義は理性や科学を軽視し、人の進歩を阻害するもの……まこと、啓蒙思想とは相性が悪いのじゃ、
「あの王は敵よ! 不倶戴天の敵なのよ!」
「ルッカ……」
☆
いつの間にか外は雨。
気まずい僕は、すぐに帰ろうとしたが……アルコ婆に止められた。
雨宿りくらいしていっても罰は当たるまい。
そう言って、熱い茶を煎れてくれた。
曇天の空を見上げて思う。
僕は――――小説家失格だ。
王や中尉の断じるまま、宗教(迷信)=悪と決めつけてしまっていた。
この世界の実情も知らないまま。
現代日本とは比べ物にならないほど貧弱な社会福祉の世界で、心の拠り所の存在は、庶民には不可欠なものだ。簡単に否定すべきものじゃない。
そんな状況で【龍の災厄】に見舞われた民は、この世界に見合った救いが必要だ。
たとえ啓蒙君主から「摩利支丹は邪悪なネクロマンサーである」と弾圧されようとも、
「傷ついた寡婦を癒やしたい」というルッカ嬢やアルコ婆の志は、
「邪悪とは思えない……」
この目で見た【邪悪導師・アルカセット】は、民を惑わすカルト指導者とは似ても似つかぬ人だ。
古めかしい詐術を善意の嘘として、弱者を救う
(――決めた!)
中尉には『情報はガセだった。摩利支丹の指導者など、いなかった』と報告しよう。
(うん、それがいい)
アルコ婆、お節介見合いババアとしては多少人間性に難のある婆さんかもしれないが、
治安警察が血眼で捕らえにかかるような悪漢ではないよ!
(どうせ、もうお迎えも近いババアだし。ほっといても、すぐヴァルハラ逝きだよ!)
だから、僕は【嘘の報告】をする。
それが一番正しいんだ。
アルコ婆やルッカ嬢は嘘つきかもしれないが、僕も嘘つきになろう!
それでいい。
「ごちそうさま」
カップを煽り、茶を飲み干した僕は、
「安心して下さい。もうここには来ません」
そうアルコ婆とルッカに宣言して、背を向けた。
大山鳴動して鼠一匹も出てきませんでした! で終わりだ、今回の騒ぎも。
僕が嘘の報告を中尉に果たせば、全てが終わる。
――――と、思ったんだけど…………
ドッカーン!!!!!!!!
「ホゲぇぇぇぇぇぇ!」
扉が! 跳んできた! 仲人事務所の扉が、すんごい勢いで跳んできた!!!!
そして、間髪をいれず、
「御用改である!!!!」
聞き覚えのある声が怒鳴り込んでくる!
「いざ神妙にお縄に就けぇぇぇーぃ!」
「副長!?」
思想警察の切り込み隊長が突貫してくると、続いて隊士たちも仲人事務所に雪崩込んできた!
「何処かァァ! 邪教導師アルカセット!」「居るのは分かってるぞ!」「絶対に逃すなァ!」
盛大に粉塵が舞う中、隊士たちが破壊的な家探しを始めると――
真打ち登場とばかりに悠然と中尉が足を踏み入れた。
「ショーセツカ卿! 斥候任務、大儀である。あとは我々に任せ給えェ!」
☆ ☆
翌日、帝都の瓦版朝刊各紙には、
『 お 手 柄 ! シ ョ ー セ ツ カ ー 爵 、
摩 利 支 丹 ・ 最 後 の 大 物 を 捕 縛 !』
との大見出しが踊っていた…………
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