第二章 2-6 葬式から始まる恋も……ある?

「え? 彫像卿が死んだ?」

 どうしてこんな急に? 将来を哀れんで自殺でも図ったか?

「実は……」

 言い淀む宰相は、こっそりと耳打ちしてくれた。


 彫像卿・望月の死因は性感染症だった。

 やはり中世の衛生事情の中で、花街豪遊は自殺行為に等しい蛮行だったようだ。

 危ない危ない。

 僕は、ばあちゃんの言いつけを守っていて良かった……


 ☆


 荼毘に付された望月は、教会式の葬儀で送られることになった。

 豪奢な大聖堂で、教会の偉い人が聖水と香を捧げ、献花が捧げられる。


 ――――絶望は死に至る病。

 明日は我が身だ。

 僕が正気を保てているのも「必ず元の世界へ還る」という心の拠り所があるからかもしれない。

 王が秘匿する【異世界召喚の術式】、それさえ見つけられれば全てが解決する。

 そんな光明が見えるから、自暴自棄の死神を避けられるのかもな……


(やはり、どうにか術式を探し当てないと……)


「なぁ、堀江……あれ、知ってる?」

 隣に座る書画卿・千葉が、僕の肩を叩いてきた。

「あの子」

 彼が指したのは……僕らの席とは離れた後方。参列者席の隅で、祈りを捧げる少女だった。

「僕は見覚えないけど……」

「彫像卿・望月の知り合いかね?」

 花街の放蕩王だった望月の? なら、お水のお姉ちゃんってこと?

「いやぁ……そうは見えないけど……」

 厳かな大聖堂に馴染む、シスターのベール。

 こぼれる髪は工芸品の艶やかさで、ステンドグラスのジェイコブズ・ラダーに映えた。


「堀江、探りを入れてこいよ」

「なんで僕が?」

「お前だけだろ、翻訳妖精が根付いてるのって」

 言われてみればその通り。帝都のような人種の坩堝るつぼでは言葉が通じないことも日常茶飯事だ。

「望月の知り合いなら、お悔みくらい言ってやるべきだろ?」


 ☆


 結局、仲間召喚同期生たちに背中を押され、僕は席を立った。

「あの……故人のお知り合いの方ですか?」

 葬式の進行を妨げぬよう、そっと彼女に声を掛けると……

 彼女は伏し目がちに、「どうぞ」と隣の席へ僕を促した。



「では、ご参列の皆様……亡き魂が安らかに召されますよう、お祈り下さい」

 死者への哀悼を述べた神父が参列者に語りかければ、

 荘厳なパイプオルガンに導かれ、少年合唱団が賛美歌を捧げた。

 鎮魂のメロディに聖堂が包まれる中――感極まる彼女プリーストさんは何を思うのか?


 すると彼女、おもむろに……

「……冒険者の方々には、感謝しかございません」

 ポツリと漏らした。

(ぼ、冒険者????)

 望月の奴、そんなことをやってたのか?

 花街の放蕩王は仮の姿で、奴が本当にやりたかったのは冒険者……?


「修道院での修行や聖典では得られぬ真理を、私、頂きました」


 真理……

 聖職者服その姿で呟くには、いささか重すぎる言葉だ……

 古来より伝わるありがたい説法や経典に匹敵するような教訓って、何だ?


「私、最初は全然、気が進まなかったんです……プリースト派遣とか」


『ぼうけんしゃぎるどは、つねにひ~ら~が不足がちなのよ~。なので、しゅうどういんがプリ~ストをはけんしてりべ~とをくすねるの』

 眠くなるような口調で生々しい解説。おなじみ、妖精さんの異世界講座、実に助かる。


「英雄、色を好むって言うじゃないですか? その言葉通り、男性の冒険者は私を性の対象としか見てくれず……本当に憂鬱だったんですよ。野良パーティーの支援ポジションとか」


 こう言っちゃなんだが、プリーストさん。

 あなたに原因がないとも言い切れないのがツラいところ。

 よくも修道院のお偉いさんは、彼女の入会を許したな? と首を傾げたくなるくらい、その……性的に熟れている。

 年齢不詳の童顔のくせに、聖職者服の上からでも分かるほど、ご立派な肉体をなさってる。ピッチピチですよ、ピッチピチ。

 こんなフェロモンボディを見せつけられたら、教会の少年合唱団も即座に声変わりだ。


「でも、実際に冒険してみると、認識が改まりました」

「ほう?」

「難敵と会戦になれば、皆が私に求めてくるんです、「支援くれ! 早くくれ!」と、それはもう切羽詰まった表情で。私を女と侮っていた自称強者つわものの冒険者たちが、なりふり構わぬ形相で……ふふ……うふふふふふふふ………うふふふふふふふふふふふ☆」

 さ、サディストかな?

 内からにじむ嗜虐スマイルが怖い!


「でも! 聞いて下さいショーセツカ爵! そこじゃないんです重要なのは!」

 プリーストさん、僕の手を握りしめて熱弁した。

「私、分かったんです!」

 ご自分のサディスティック性癖以外に何を発見したんですか?


「神は本当に、人を平等にお作りになられた、ということに!」

「へ?」

「いくら「俺は強い!」と仰る勇者の方でも、平均的な剣士と比べたら、二倍も有りません。せいぜい一.五……いえ、一.二五倍でも「すごい戦士!」です。超人と持て囃される強者とて、一つの局面では二倍の成果など出せない。二人同時に斬りかかられたら、勝ち目がないんです」


 分かる気がする。

 たとえば野球なら、二割五分なら平々凡々な一軍選手だが、三割を打ては一流と認められる。

 でも一年間五百打席立って、三割打者は百五十本ヒットを打つが、二割五分の打者だって百二十五本打ってるんだ。

 天才と常人の差って、実はそのくらいものだ。

 天才の偉業とは、その微々たる差を積み重ね積み重ね、その結果として生まれる金字塔だ。

 つまり「短期的には」天才と常人の差は限りなく小さい。

 一発勝負の甲子園なら、苦もなくアップセットできるくらいの差なのだ。


「神は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず――いにしえのフクザワ経典の通り。それを戦場で目の当たりにしました」

「なるほど」

「だから私たちは隣人を愛すべきです! 武勇伝に彩られた偶像は要らない。それよりも、固き絆の仲間たちを作るべきなのです!」

「仲間……」

「たとえ一人では太刀打ちできなくとも、力を分かち合うことで強敵を打破できる。いくらソロで力を鍛えたとしても、精々、天井は一.五倍程度にしかなりません。でも! パーティでカバーし合えば一+一が二百になる! 十倍ですよ十倍!」

「分かる!!!!」


 僕が作家志望として挫折しそうになった時も、「へこたれるな!」と励ましてくれたのは、志を同じくする仲間だった。彼らの叱咤激励が有ればこそ、僕は大賞受賞まで漕ぎ着けることが出来た。

 仲間大事!

 自分の力だけでし上がれるとか思ってる奴は傲慢もいいところだ。

 適当な所で自己満足に浸りかけた時も、「甘えるな!」と怒ってくれる仲間が宝だ!

 「もっと出来る!」と尻を叩いてくれる奴こそ、人生の宝よ!


「分かる! 超分かる! 僕もそう思います!」

「ですよね!」

 頷きながら手を取り合う僕とプリーストさん。

 なんかこの人とは仲良くなれそうだ! 人生観が近い気がするぞ!


「ショーセツカ爵様……私と生涯の固定パーティを組んで頂けませんか?」



「では男爵様――――この私と生涯の固定パーティを組んで頂けませんか?」

「は?」

「この私、アーナセル・ダン・シャーリー……プリーストとして、精一杯ご奉仕いたします」

「は??」

「これでもヒール量には自信があるんですよ? 装備を盛れば5000は行けます! もちろん身体強化系・魔力強化系・攻撃回避はもちろん、聖職者のたしなみである遠距離転送術式も完備していますから! 便利な女です! アーナセルです!」


 いやいやヒール5000とか言われても分かんないし。

 そもそも僕は戦闘に参加したことなどない、根っからの文系召喚者だから。

 プリーストのバフスキルと噛み合うスキルなんて何一つない。


「ダメですか? やっぱりヒール7000とか10000は必要ですか?」

 とか迫られても困る……困るんですよ! そんなに密着されたら!

 ここは大聖堂! 葬式の最中に、そんな! 圧がすごい! 特に胸の辺りの!


「いやいや! 待って下さいアーナセルさん! 僕は望月ではないんです!」

 冒険者志望のマッチョ彫像師なんかじゃありません!


「モチヅキ……どなたですか、それは?」

「アイツですよ、アイツ!」

 と僕は祭壇の遺影(※彫像卿のマスクを被った)を指したが、

「アーナセルさんって、アイツらとパーティ組んでたんですよね?」


「いいえ? 知らない人ですね?」


「は?」

 じゃあ、なぜ葬式ここに来たんですか?


「婚活サービスのご紹介で」

「 は ? ? ? ? 」

 てことは…………


「おい、クソババア!!!!」

 僕らの席から数列前方に、見覚えのある小柄な婆さんと、婚活コンシェルジュのフォルムが!

「そんな品のない言葉遣いでは、女子おなごに嫌われてしまうぞ、ショーセツカ殿」

 とかシャアシャアと言ってのける。

 その面の皮の厚さ! 間違いなくあの、スーパーお節介見合いババアである!

「聞いてねぇぞ! こんな話!」

「婚活サービスは婚活サービスらしく、最高のマッチング相手を探してあげるのが、あなたへの恩返しなの、堀江咲也!」

 婆が婆なら孫も孫だ、ルッカ・オーマイハニー!

「だからってな!」

 まさかこんなところ仲間の葬式で不意打ちとか!

「卑怯だぞ、このクソババア!」

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