第二章 2-3 炸裂! 龍曲掃界 ポリフォニカ

『襲いかかる巨龍バイオレンス、怪しい黒い影!』

 まるで僕のいきどおりを聴いていたかのように、は魔法ビジョンに現れた。

『この厄災! 立ち向かわずして、何が王か!』


『よくやった、無辜むこの民たちよ!』

 王のねぎらいを合図に、一斉に龍から飛び退く自警団たち。

 すると朱雀大路から人影は消え――龍のコロッセオとの間に射線が通った・・・・・

 あのコロッセオである。建設途上の。

 芸術家たちが競うように作り上げつつあった、「王の理想郷」に王がいた。


『このマクシミリアン――貴様らの犠牲、決して無駄にせぬ!』

 未完成のフィールドで、王は高らかに宣言する。

『ノブレス・オブリージュ! このマクシミリアン・フォン・カストロプ・スターリングが、見事果たしてみせよう!』

 白く荘厳な衣を翻(ひるがえ)し、

『楽団よ! 鳴らせ! 余の導きのままに!』

 従えるは、百人規模の宮廷交響楽団シンフォニーユニット。国中から選りすぐられた最高峰の演者たちである。

『響けオウケストラ! ターンナップザスピーカー!』

 本来なら楽団が座るオーケストラピットに、数十人の魔術師が陣取り、音響増幅魔法を唱える。

 電力ではなく、魔術を駆使した音響増幅装置なのだ!

『今が、その時だ!』

 ブオーッ!

 魔法アンプリファイアは巨大な音圧の塊を生み出し――暴れ龍めがけて放たれた!


 グギャーッ!


 王の音塊を浴びた龍は……藻掻き苦しむ! 巨大な手足を痙攣させ、朱雀大路で倒れ込む!

 自警団が何百人がかりでも敵わぬ暴虐の龍が――自由を失った!

 王と宮廷楽団の、音楽の力によって!


『どうだ? 災厄の龍よ? アーユーフィーリン!?』

 王城バルコニーから、苦しむ巨獣を煽りたてるマクシミリアン王。

『まだだ! もっと叫べシンフォニー! 龍曲掃界ポリフォニカ!』

 宮廷楽団の奏でる旋律は、特殊な波長で龍の聴覚を痛めつける「音響兵器」だった!

 物理攻撃では歯が立たない巨大龍、それを封じる唯一の手段なのだ!


 楽団は奏でる。

 帝都中の期待を乗せて。蹂躙に怯える人々の祈りを受けて。

 王がふるう、一心不乱の指揮に応え。

 その単調なフレーズは、音楽と呼ぶより、むしろ呪術のトランスサウンド。

 ごくごく単純な音階を飽くことなく、極上のマエストロが奏で続ける。


「グ…………グギャァァァァァ……」


 延々とリフレインされる【龍殺しのメロディムジカ・ドラゴスレイヤ】、

 見守る庶民たちも固唾かたずを呑み、弱りゆく龍を凝視する……


「よし! もう少しだ!」

「マジかよ……本当に音楽で龍を撃退できるのか?」

「これがあるから正規軍を首都警護から外せたのか!」

「すげぇ……まさに『王の秘密兵器』!」

 初めての「龍狩り」を目撃した僕ら召喚者=影武者予備軍も大興奮、

「よし! いけいけ!」

「弱ってるぞ! もう少しだ!」

 弱りゆく龍の魔法ビジョン中継を、六人全員で見守った。



 ……………………六人?


「あれ?」

「どうした? 堀江?」

「一人、足りなくないか?」


 僕ら召喚者は、七人で召喚されたはずだ。あの謁見の間には総勢七人いたはずだ。

 なのに、この部屋には六人しかいない……


「別の防空壕に避難してるんじゃないの?」

 確かに僕も、中尉にピックアップされるまで避難民に埋もれていたワケだし……

(……僕の取り越し苦労かな?)


「――――もしかして、コイツだったりして?」

 召喚者の一人が、魔法ビジョンを見ながら冗談っぽく指摘した。


 確かに、僕らは王と瓜二つ。王様いわく「並行世界の自分を召喚した」ワケだから。

 王様と同じ格好されたら、その真贋を見極めるのは、僕ら自身でも不可能だ。


「まぁ、誰でもいいんじゃね?」

 別の召喚者が、薄ら笑いを浮かべながら呟いた。

コイツ・・・が俺らの一人だろうと、本物の王様自身であろうと」


 龍に対抗できる音響兵器があるのなら、誰が陣頭指揮を採ろうと自分には関係がない・・・・・・・・・

 自分たちは悠々自適の貴族生活を送っているんで、お好きにどうぞ。

 影武者の順番が来れば、謹んで王様役を請けさせていただきますので。


 ――それが僕ら召喚者のコンセンサスだった。

 少なくとも、この時点までは。


 しかし…………


 プペッ!

 一糸乱れぬ演奏を、淡々と続けてきた宮廷楽団だった……遂に綻びが生じた。

 それもそのはず、気がつけば深夜。

 夕刻に始まった「龍曲掃界ポリフォニカ」の演奏は数時間に及び、楽団員も疲労の色を隠せなくなっていた。

 国家を代表するアーティストの矜持が、彼らを奮い立たせてはいたが……

 抵抗を続ける災厄の龍は、未だ完全に沈黙していなかった。

 あともう少しなのに……


『む!』

 単調なリフレインはキープされていたが……今度は全体の音量が下がる!

『マジックスピーカー!』

 魔法音響装置の出力低下に緊張が走る!

 原因はスピーカーを駆動する魔術師たちだ。

 人海戦術で保持してきた大音響が――魔力消耗が限界に達した魔術師から次々に倒れ、出力を削がれていく!


 マズい!

「グルルルルル…………」

 あと一歩で無力化できていたはずの龍が、息を吹き返し……恨み骨髄、とばかりに牙を研ぐ!

「おいおいおいおい!」

 勝確からの思いがけないアップセット!

 地下壕で「観戦」していた僕らも、頭を抱え天を仰ぐ。


 ブォワァァァァァァァァァァァ!!!!


 怒りの火炎は、地上に現れた超新星の如し。

 溜まりに溜まった鬱屈の火球が――――コロッセオを包み込んだ!


 絶句、である。

 息も出来ず、人々は見上げた。一兆℃の火力がコロッセオを灼き尽くす様を。

 芸術の都を象徴する壮麗なシンボルが、無残にも崩れ落ちる地獄を。


「ギョワァァァァッ!」


 不快な音源に制裁を加えた龍は、溜飲を下げ、

 雄大な翼を広げ、飛び去った。

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