第二章 2-2 【龍の災厄】 帝都燃ゆ

「ぜーはー、ぜーはー……………」

 見合いの席が設けられた和風庭園から、走ること一キロ弱?

 小高い丘に掘られた防空壕まで、婆を背負って、やっと! ようやく! 遂に!

「到着ッ!」

 ああもう精も根も尽き果てた。

 小説家の体力では限界もいいところだよ! 心肺筋肉、全てが悲鳴を上げている。


「でも……ここまで来れば……」

 到着した防空壕には数百人規模の民が避難してたが、皆一様に安堵の表情を浮かべていた。ここならば、一応の安全は担保できるだろう。


「よ”か”っ”た”ー”!”」

 アルコ婆を背中から降ろし、地べたにへたり込んだ僕を……力いっぱい抱きしめてくる彼女。

「本”当”に”よ”か”っ”た”ー”!”」

 厚手のコンシェルジュ制服越しでも体温が伝わるほど、僕を強く抱きしめる。

 涙で声もグシャグシャだ、ルッカ・オーマイハニー。

「あ”り”が”と”、あ”り”が”と”男”爵”、あ”ん”た”が”い”な”か”っ”た”ら”、”ど”う”な”っ”て”た”こ”と”か”……」

 あーもう、僕のうなじが涙でズブ濡れだ。

 嗚咽で呼吸もままならない様子だし。


「大袈裟だよルッカ……僕はただ、僕に出来ることをやっただけで……」

「そ”ん”な”こ”と”な”い”よ”、そ”ん”な”こ”と”な”い”!”」

 人目を顧みず号泣してる。

「ぶぇぇぇぇぇー!」


 まぁ、でも……気持ちは分かる。

 あんなパニックの現場でばあちゃんに何か遭ったら、悔やんでも悔やみきれないよね。

「よ”か”っ”た”よ”ー”!”」

 僕も一安心だ。

 いくら身勝手で小憎らしい婆さんでも、あんなところで死なれたり怪我されたりしたら、本当に夢見が悪い。

 僕のばあちゃんも褒めてくれるだろうな、たぶん……


「ショーセツカ卿! あなた!」

 僕の服を掴んで、涙目で訴えるルッカ・オーマイハニー、

「何か、やって欲しいこと無い? 何でもしてあげる! あたしに出来ることなら!」

 いやいや、若いお嬢さんが「何でも!」とか口走っちゃいけません。迂闊に。悪い男に付け込まれるよ?


「フッ……気まぐれ貴族の戯れよ、マドモアゼル」

 僕はこの世界に、できるだけ関わりを持たないように生きていくんだ。

 そして、なるはやで元の世界へ帰るのさ。

 義理も恩義も、一切の貸し借りも要らんのよ。


「ダメよダメ! 『受けた恩には報いなさい』って、この【賢者の議定書】に書いて…………」

「わぁぁー! やめてやめてやめて!!!!」

 それ御禁制の賢者教典じゃん!

 なんでそんなもの持ってんの? ルッカ・オーマイハニー!

 そんなの見つかったら、一発で監獄行きだぞ????


「探したよ、ショーセツカくん!」

 ドッキーン!!!!


 雑然とした防空壕にも、よく通る声。

 振り返れば奴がいる。

 テュルミー・バンジューイン中尉――僕の上司にして、帝都の邪教狩りを指揮する、鬼の思想警察局長である。

(あ、あぶねぇええええええ…………)

 あやうく邪教徒の印=賢者の教典、が見つかるところだった……

 あんなにも明白な証拠品、絶対に言い逃れ出来んぞ……


「ショーセツカ卿、とある・・・やんごとなき御方・・・・・・・・から、お呼びがかかっている。すぐさま参上せよ」

「分かりました中尉」


 ☆ ☆


 「とある、やんごとなき御方」。

 名を出されなくとも分かる――――当然、王様からの指示だろう。


 アルコ婆やルッカとも、ロクに挨拶も出来ないまま別れ、

 僕らは思想警察の馬車で、空襲警報の街を疾走った。


「ここで待機せよ、とのお達しだ」

 着いた先は、王城の御殿に勝るとも劣らない、王族の離宮だった。

「そちらではなく」

「えっ?」

 当然のように僕は邸宅へ向かおうとしたが、中尉は庭の方へ案内する。


「これは……」

 ランプを片手に、頑丈な石造りの階段を降りると……


「遅かったなぁ堀江」

 いつものメンツが勢揃いしていた。

 僕と一緒に召喚された「平行世界の僕」たち、広々とした地下壕で優雅にティータイムである。

 寿司詰めの庶民用避難壕とは雲泥の差だ。

「非常時こそ身に沁みるねぇ、上級国民のありがたみが」

 ううむ……すっかり飼い馴らされているわ、大権力者に……こいつら。


「お? 映ったぞ?」

 至れり尽くせりの貴族用防空壕には、魔法による遠隔ビジョンまで据えられていて、

「これが龍か……」

 安全地帯から【最前線】のリアルタイム中継を眺めることが出来た。


「まさに異世界だな……」

 僕らの世界には存在しない、超大型の火を吹く怪物――【災厄の龍】。

 防衛部隊が斧や槌を手に立ち向かうが……まさに鎧袖一触がいしゅういっしょく

 一矢報いることも叶わず、あっけなく吹き飛ばされる。

 あまりにも一方的な質量差は、蟻と象の対峙に等しいじゃないか。

 足止めどころか時間稼ぎにもなっていない――まさに「犬死」と呼ぶべき有様だ。

「というか、この人たち?」

 誰一人、王立軍の軍服を着ていないけど……


「彼らは義勇兵ですな」

 と、テュルミー中尉が答えてくれた。

「正規の軍人じゃないんですか? でもこんな非常時なのに、正規軍は何を……?」

 あんな巨大龍が都を襲ってるのに、軍が戦わないとか!

「現在、大陸軍は西部国境と北部国境へ緊急展開中ですな」

「えっ? どうして?」

 民を見捨てて逃げてるの? 守るべき軍隊が?

「非常時だからこそ・・・・・軍は背を向けるのですよ、ショーセツカ卿」


 あっ……そういうことか?

 To be comprehensible――――物語は紡がれた。

 その時、小説家の頭の中で線が繋がった。


「――これを」

 テュルミー中尉は机いっぱいに紙を広げた。

「これが我が国ヤーパン、基本的に島国ではあるが北と西には陸上の国境も存在する」

「つまり【敵国の首都が龍に襲われた】との報が伝われば、野心的な隣国は【侵略の好機である】と行動しかねない、ということですね?」


 大震災で米軍が動いてくれたのも安全保障を担保するための行動だし、井伊直弼が桜田門外の変で殺された時は、ロシアが対馬占領を目論んでいる。

 国同士のパワーバランスとはそういうものだ。性善説で語れるものでは、決して無い。


「さすがショーセツカ卿、陛下の覚えめでたき賢人であらせられる」

「止めて下さい中尉、今の僕はあなたの部下なんですから」


 国家危急の事態こそ、外国勢力を牽制せなばならない――それが為政者の目線なんだろう。

 理解る。それが軍人や政治家の理屈と理解できる。

 ――――だけど!

「だからって! こんな惨状を! 指を咥えて眺めてなくちゃいけないんですか?」

 素人同然の自警団の男たちが為す術なく巨龍に蹂躙される様を!



『――だからこそだ、諸君!』

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