異世界婚活 - イセカツ 信じるものしか救わない神様はセコいのか？

異世界小説家、どうにか帰りたい！

第二章 2-1 【龍の災厄】

　ウーウーウーウー！　カンカンカンカン！

　けたたましく響くサイレンと、猛連打される半鐘。

　最初は火事か？　と身構えたが……【危機迫る】の警告は、あらゆる方角から聴こえてきた！

　東からも西からも南からも北からも！　王城の銅鑼（どら）も大聖堂の鐘も鳴っている。

「これはどういうことだ？」

　ズガーン！

　思わず膝から崩れ落ちるほどの地響き！

　地震か？

「あれ！」

　ルッカが指した先では――――はるか彼方で、巨大な土煙が上がっている。

　距離を勘案すれば、都の周縁部だ。

　……周縁部？

　そんなところに存在する巨大建造物など、一つしかないじゃないか。

　僕が召喚された時に、王様自らが召喚者たちを率いて登った、あれ（・・）だ。

「なんてこった……」

　土煙が霧散すると……予想通りの光景が露わとなった。

　帝都周縁を囲む壁の一角が、無残にも崩落していた！

　そして…………その崩落現場で、蠢（うごめ）く黒い影――

　深淵色の巨大な何かが【こちらを覗き込んでいた】！！！！

「アレって、まさか……」

　ここから外郭城壁まで、おそらく数km。

　その距離を隔ててもなお、存在を確認できる（・・・・・・・・）大きさの！

　ブワアアアアアアアアアアアアッ！

　遠近感を狂わす【巨体】から火炎が――――間欠泉のごとく、ほとばしる。

　ライブステージのパイロ柱、その数百倍もの火柱が上空へと放たれる！

　そんなもの――――あんなものは！

　龍以外（・・・）、考えられないのではないか？（・・・・・・・・・・・・・）

　☆

　突然の空襲警報に、皆が日常を投げ出した！

　あらゆる商店が店じまい、露店の荷車もアッという間に市場から消え失せ、

　歌劇場は幕を下ろし、王の理想郷・芸術家サロンのコロッセオからも人影が消えた。

　教皇や修道女もミサを投げ出し、儀礼服のまま逃散である。

　老若男女、貴賤を問わず、全都民が「逃げろ！」で意思統一されていた。

「撤収！　撤収ゥゥゥゥッ！！！！」

　思想警察を率い、邪教徒狩りの最中だったテュルミー中尉も、即座の退去を叫ぶ。

　いくら帝の威を借る狐であっても、人の権威は巨大龍には通じない。

　巨龍の火炎ブレスは――皆を等しく、灰にする。

　☆

「早く行け！　このウスノロ野郎！」「死にてぇのか！」「どけよジジイ！　邪魔なんだよ！」

　避難民の怒号が渦巻く中、防空壕へと続く道は大混雑！

　石畳に躓（つまづ）いて転んだりしたら、数十人規模の足裏に蹂躙されて、轢かれた仔猫と同じ運命を辿る。

　もはや他人の命を気遣っている場合ではない。自分の命を守るだけで精一杯なのだ。

　これは災害だ。

　まさに【龍災】の名に相応しい阿鼻叫喚だった。

　――などと客観描写してる場合じゃない。

　僕だって逃げないと、ブレスの餌食にされてしまいかねない！

『さんせいさんせいだいさんせい！』

　中枢神経経由で一蓮托生の妖精さんも僕を急かす。

　逃げねば！　少しでも龍から遠くへ！

　防空壕の場所を知らなくとも、逃げる人波が教えてくれるはず。

　と、駆け出そうとした瞬間、

「あがっ！」

　嗄（しわが）れた声に振り返ると――人波に弾かれたアルコ婆、押し倒されて転んでるし！

「お婆ちゃん！」

　逃げ惑う人に踏まれないよう、ルッカが身を挺して婆を守るが……パニックで逃げ惑う者たちの激流に飲み込まれそうだ！

　このままでは！

「…………世話の焼ける！」

　僕は迷うことなく、二人の元へと駆け寄った。

　半狂乱の避難民を掻き分けて、

「乗れ！　ババア！」

　アルコ婆を背負って逃げようとしたのに……

「婆のことなど放って逃げよ、ショーセツカ殿よ。ルッカと一緒に逃げるのじゃ」

　あっさり断られた。

「老い先短い婆など足手まといよ。孫や主が生き残ってくれれば、ワシは本望じゃ」

「婆さん……」

　悲しい言葉だけど優しい目だった。

　冷静さの失われた街でも、お婆の言葉は温かかった。

　自らを顧みず、ただ僕らの身を案じる姿が、痛いほど伝わってきた。

　でも！　だからこそ！　そんな婆を置いていけるものか！

「いいから乗れ！　クソババア！」

　ルッカに協力を促して、半ば強引に婆を背負う。

「行くぞ！」

　そして僕とルッカは駆け出した。防空壕へ続く人波を追いかけて。

　☆

「重ぉい！」

　石川啄木は嘘つきだ！

　戯れに母を背負ったところで、重いじゃないか！　老婆でも重いっての！

「重荷なら下ろしな、ショーセツカ殿」

「できるかって！」

　どんなことがあっても、この手を離すものか！

「なぜワシのためにそこまでする？　ショーセツカ殿？」

「人の死に目は笑って送らなきゃダメなんだ。死は人生の卒業式なんだから！」

「あのクソババア、ようやく死んだな、って笑って送らないとダメなんだ！　でも、いい人生だったね、って安らかな死に顔に語りかけてあげなきゃ嘘だよ！　突然この世からいなくなるとか、そんな別れは間違ってる！」

「ショーセツカ殿……」

「ほんとクソババアには世話になったよ、って嫌味の一つも言いながら、笑って香典を渡せるような葬式じゃなきゃ、僕は認めるもんか！」

　そうだ。

　これは僕の意地だ。

　無理矢理召喚された異世界で、迷惑婆さんの一人や二人、放置したってバチは当たらない。

　神様の罰だって、並行世界の次元障壁を崩してまでは届かないだろうよ。

　でも…………

　みすみす、老いた婆様を見捨てるとか……そんなの、僕は自分を許せない！

　どんなに業突（ごうつ）く張（ば）りの婆さんだって、最期くらいは安らかに迎えさせてやるべきだ！　人の死に際って、そういうもんだよ！

　だから僕は走った、力の限り必死に走った。息が切れても走った。足が縺（もつ）れても。

「絶対に！　ここで死なせるかクソババア！」