第一章 1-15 もはや年貢の納め時?

「もちろん承知しています」


 ジュンコさんは、僕の意地悪な質問に笑顔で答えた――――笑顔!?

 僕の問いは要するに「お前の伴侶はんりょは早死するぞ?」という、身も蓋もない指摘なのだが……それに対して、笑顔?


 翻訳、間違ってない? 妖精さん?

『まちがってないわよ~』


「僕は死にますよ? あなたより随分と先に?」

 この縁談、長命種族側から見れば、必然の別れが前提になっている。

 伴侶はんりょの老いを、死を、間近で看取みとらねばならない。


 僕らの世界ならば……赤子と仔犬みたいなものだ。

 兄妹のように育っても、人の人生半ばで永遠の別離わかれを強いられる。

 そんな悲嘆を、彼女ジュンコさんは織り込んでいるのか?

 長命種族は必然として受け入れる、と?


「いいえ、咲也様」

 そんな疑問にジュンコさん、

「もし、咲也様が先に極楽ヴァルハラへと旅立たれても――――祈りは残ります・・・・・・・

「えっ?」

「咲也様が神様に祈ったことを――大切に思ったこと、全部、私が継いでいきますから――私と子供たちで」


 『いいか咲也、人は死んでも気持ちは残るもんだ』

 心の奥で声がした。

 しわがれた、だけどとても優しい婆ちゃんの声が僕の心に届いた。

 『咲也、お前がばあちゃんの気持ちを受け継いでけろ。したら、ばあちゃんは何も怖くねぇ。死ぬのも平気だ。安心して天国さ行くべな』


「気持ちを継いでいけるのなら……死は悲しくない」

 まさか…………ばあちゃんが僕に遺してくれた言葉を、こんなところで聞けるなんて。

 異世界だって人は同じだ。エルフだって同じだ。大切なものは同じなのだ。


「咲也様」

「ジュンコさん……」

「どうか咲也様の祈りを、私に教えて頂けませんか? それを理解するために、残りの人生を私と過ごしては頂けませんか?」



 ☆ ☆



 陽も傾き、庭園もだいた)に染まりかける頃、

 妖精さんの空腹が脳波で伝わってくる頃、


 迎えの馬車の前でジュンコさん、深々と一礼して、

「咲也様、本日は私のためにお時間を割いて頂き、本当にありがとうございました」

「いえ、こちらこそ……」

「本当に愉しい時間を過ごせました」

 ジュンコさん、もったいない。ほんと、嘘まみれのニセ貴族にはもったいない人だ……


 結局僕は、彼女の申し出にイエスともノーとも答えられないまま、タイムアップとなった。

 初志を貫徹するなら、問答無用でノーを返さなくてはいけなかったのに……

(ジュンコさん……)

 遠ざかる馬車が名残惜しい……



「どうだったかね、このアルコ婆の見立ては?」

 振り返ればドヤ顔のコーディネーター、そしてアシスタントの孫も一緒に。

「めちゃめちゃいい雰囲気だったわよ」

「お前、覗いてたのかよ! ルッカ・オーマイハニー!」

「当婚活事務所は至れり尽くせりの手厚いサポートがウリなのよ♪」

 何でもアリか、この婆と孫は? 意地でも成婚まで持っていく気か?


「そんなことはないぞ、ショーセツカ殿」

「えっ?」

「断っても構わぬ」

 思ってもみなかった言葉が、アルコ婆の口から漏れた。

「異性の好みなど千差万別。気に入らぬのなら、それはそれで構わぬわ」

 ――正直、驚いた。

 敏腕仲人的に、(好感触であれば)押しの一手でカップル成就を勧めてくるのかと思ったら……

 意外にも、僕の意志を尊重してくれるのか……アルコ婆。

 ストーカーのくせに。


「ただし!」

「え?」

「この婆――嘘は聞かぬ」

 アルコ婆、老婆とは思えぬ眼光で僕に告げた。

「ショーセツカ殿の誠からずる言葉なら、この婆も受け止めよう」

「アルコ婆……」

「じゃが、嘘は聞かぬ!」

 迫真の眼力は、読心術者の目だ。心の奥の奥まで見抜いてくる、マインドシーカーの目だ。

 無理だ――アルコ婆この人に嘘などつけない。

 取り繕った返事は見破られてしまう――――


 絶 体 絶 命 、 堀 江 咲 也 !


「さ! ショーセツカ殿! 答えは如何いかに?」

 もはや僕に退路なし! お節介見合い婆の豪腕に屈するしかないのか?

「ショーセツカ爵、堀江咲也殿! この婆に申しなされ! 正直に! 思いの丈をつまびらかになされ! ほら! ほら!」

 ひーーーーーーーーーーーーー!

 ルッカ・オーマイハニーに羽交い締めにされて、身動きできない僕にアルコ婆が迫る!

如何いかがか? ショーセツカ殿! 嫁を取るとおっしゃいなされ! なされいぃ!」


 もはや僕に選択権など存在しない。

 このまま、なすがままに婚姻届を提出される。

 そんな悪夢が頭をよぎった時―――――舞台は一転した。


 何の前触れもなく――あまりにも強力な、【 破 談 の 使 者 】が到来したのだ。

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