第一章 1-14 俺の見合い相手がこんなに可愛いわけがない 2

「ババア、やりやがった!」


 翻訳妖精は本当に優秀だ。

 会話する相手に合わせて、貴族語・庶民語・各種ローカル種族語に切り替えて、僕の脳へ直接語りかけ、あるいは発声してくれる。

 しかも、TPOに合わせて「発声(翻訳)しない」ことまで判断してくれる。


 今、僕が口走った汚い言葉は、「○▼※△☆▲※◎★●」という意味不明の音声として周囲には届いたはずだ。

 すごい、翻訳妖精さん。なんて有能なんだ! あとでタップリ、好物を与えてやろう。


「どうじゃ~ショーセツカ殿? あまりに美しくて、言葉にもならんか?」

 ストーキングクソババアこと、アルコ婆さん、「してやったり」の顔で伺ってくる。

 そりゃドヤ顔にもなろうってもんだ。

 だって!

 あの! 美化100%肖像画通りの美女が! 僕の前に立ってるんだから!


「嘘だろ……おい……」(※翻訳妖精、訳さず)

 あの肖像画見合い写真は、天才画家が最高級の美化を施して仕立て上げた、ほぼフェイクの過剰宣伝画じゃなかったのか?


「ジュンコ・チアチアクラシカと申します」

 丁寧に頭を下げた彼女は、着物姿も艶やかな大和撫子……いや? 大和エルフ? エルフ撫子?

 肖像画では「森の聖女」みたいだった髪も、夜会巻きにまとめ、エキゾチックな髪飾りで色を添えている。完璧だ。完璧なお見合いスタイルだよ。

 アルコ婆が指定した日本庭園に、何の違和感もなく馴染んでいるよ! エルフなのに!


「うちのお婆ちゃんを舐めないでよね、ショウーセツカ卿サン? 帝都の仲人界にその人アリと謳われた、敏腕仲人なのよ!」

 付き添いのルッカ・オーマイハニー嬢、オホホホの手振りでドヤってる。

「成婚カップルは数百組! 伝説の超ヤリ手仲人とは、うちのお婆ちゃんのことよ!」

 生意気なルッカに多少なりとも言い返したいところだが……

 僕はジュンコさんの美しさに意味不明の呟きを繰り返す(=翻訳妖精がワザと訳さない)マシーンに成り果てていた。


 だって仕方ないじゃないか!

 あの肖像画通りの! ルーブルとかエルミタージュに収蔵されている絵から抜け出してきたみたいな美女が目の前に現れたら、そりゃビックリするよ! そうだろう?


「では、あとは若い二人にお任せしますので……ごゆっくり」

 瀟洒しょうしゃな東屋に僕らを残して、アルコ婆とルッカは席を立っていった。


 で、でも!

 何を話せばいいんだ? 初対面の女性と?

 趣味? 職業? 年収? いやいやいや、何もかも僕は嘘じゃないか!

 身分も家名も爵位も、王様から適当に配られた証書に書いてある、嘘八百だ!


『ぶちこわーす! んじゃなかったの~?』


 はっ!

 そうだった!

 何を取り繕おうとしてるんだ? 堀江咲也!

 これは、まとまってはいけない・・・・・・・・・・話じゃないか!

 ありがとう翻訳妖精! ついウッカリ忘れるところだった!


「初めましてショーセツカ爵様、本日はお日柄もよく……」

「ええ、まさか仏滅の日に見合いを設定するとか、あの仲人、何を考えているのか……」

 強引にでも、気まずい方向へ会話を誘導せねば……と思ったのに、

「あら? 確か今日は大安でしたよね?」

「え、エルフ文化にも六曜ってあるんだ?」

「エルフの暦にはありませんけど、王国標準暦には書いてありますから」

 意外にもジュンコさん、的確に話題を合わせてきた。

「エルフの暦とは?」

「私たちエルフは深い森の民なので、月の満ち欠けで暦を設定しているんですよ」

「太陰暦ですか……じゃあ、うるう年は、どうやって設定するんです?」

 この世界が並行世界=天文条件が同じだとすれば、地球の公転周期は365.242日。

 対して太陰暦の一年は、354.367日だから……

 月の満ち欠けを基準にすると、約十一日ほど、太陽暦の一年には足りなくなるはず。

「だいたい三年に一回、うるう月が設定されるんです」

「なるほど」

「でも厳密に三年に一回じゃないですよ。十九年に七回です」

「メトン周期だ!」

 すごいな、このエルフさん、メトン周期を知ってるのか!


 …………って、見合いの席の話題じゃないだろ、こんなの。

 僕らの世界なら、一発でお断りされる話だ。

 いや、これは破談計画だから、これでいいんだけど……


「うふふ……」

 なのにジュンコさん、満面の笑みを浮かべている。

「楽しいですか?」

 こんな色気のない話で?

「ええ、とっても…………だって、こんなにエルフ語を話せたのは何年ぶりか分かりません」

「あ……」


『かなり特殊めの辺境エルフ語に変換ちゅうよ~』

 さすが高性能! 翻訳妖精さん、知らぬ間に自動チューニングしてくれていたのか……


「私、大人になってから都へ越して来たので……日常会話にも苦労しまして……」

「なるほど……」

「久しぶりに『自分の言葉で』話せるのが、こんなに楽しいなんて! 自分でも驚いてます!」


 東屋を離れて庭園を散策する僕ら、

 木漏れ日の下、踊り出しそうなジュンコさん、

 竹林生い茂る日本庭園でも、エルフには森が似合う。可憐で無邪気な姿を目で追ってしまうよ。


 というか……美しいだけでなく、性格も穏やかで、頭脳も明晰、理性的。「嫁候補」として判断するなら、非の打ち所がない。

 アッサリごめんなさいするには勿体なさすぎる人(エルフ)だよ……


『ええんか~そのものろ~ぐ、ぜんぶほんやくしてええんか~? ええのんか~?』

 だ、だめに決まってるでしょ妖精さん!

 モノローグまで翻訳するとか、一人称ライトノベルじゃないんだから!


 てか、忘れてはいけない!

 これは【約束された破局の宴】、【絶対に成功してはいけないお見合い二十四時】だから!


「ジュンコさん……」

「はい?」

 僕は――泣いて馬謖(ばしょく)を斬らねばならない! どんな美女を前にしても!

「一つ、お尋ねしたいことがあるんですが――――」


 ☆ ☆


 話は昨夜に遡る。


『わけがあるのよ~、びじんがなぜかうれのこってしまうりゆうが~』

 翻訳妖精さん、異世界の婚活事情を解説してくれた。

『じんしゅがことなるとねぇ~、えんぐみがむずかしいのよ~』

 確かに、言われてみれば……

 異人種間で大きく寿命が異なれば、婚姻という仕組み、そのものがそぐわない。


 ☆ ☆


 つまり、この見合いには【必ず、話を破談に持っていける必殺の問い】が存在するのだ。

 それを使わせてもらう!

 僕は、この見合いを壊さねばならんのだ!


「ジュンコさん、あなたはエルフですね?」

「はい」

「エルフは、かなりの長命種ですが……僕は人間です。よって、僕が先に老いて死ぬでしょう。それを承知で、この縁談を受けたのですか?」

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