第一章 1-7 尖兵になろう!

「当方が非合理思想摘発局局長、テュルミー・バンジューインであーる!」


 大聖堂に隣接する建屋を占拠、我が物顔で居座る集団の首魁は、そう自己紹介した。

「しかし我々は、思想警察と呼ばれる。非合理思想摘発局とは誰も呼ばない――なぜか?」

 もともと修道院のものらしい大広間のお誕生日席で、仮面の彼は吠える。

「それは、我々が、思想犯を狩る犬だからだ」

 僕ら召喚者の素性隠しマスクとも違う、無骨な仮面の彼は、いかにも治安組織のトップらしい堂々たる体躯で見る者を圧倒する。

「信じるものしか救わないセコい神! そんなものはこのドラゴグラードには不要である!」

 まるで鼓膜に刺してくるような苛烈な声。しかし粗野ではない。

「泣いてすがろうとも何も恵まない、そんな神に何の価値があるのか?

 対して! マクシミリアン陛下はパンを恵み、寝床を与え、職まで与えてくださる。

 一目瞭然ではないか?

 王は偉大なり! 偉大なる君の前には、神すら霞まん!

 教会の神秘は何人なんぴとも救わず、名君の合理が民を救う!」

 流れるような理論武装、言葉のストリームが止まらない。巧みなジェスチャーを織り交ぜて。

「分かるか? ショーセツカ卿!

 畏れ多くも陛下は【インパク知】を掲げ、教会や寺院が独占してきた知識を解放させた。

 その恩寵はあまねく帝都を照らし、民は、より多くのパンを食める!」

 この人は生粋の弁士だ。並み外れたアジテーターだ。

「だが……宗教組織で唯一、ありがたき陛下の御下知に応じなかった者ども!

 その不埒者の名は【賢者協会】ィ!」

「賢者ですか?」

しかり!

 賢者どもの悪賢さは、デマを以って信者をマインドコントロールする悪辣さにある!

 襲い来る龍の脅威から目を背け、逆に龍を神聖視する教義!

 まこと、言語道断!

 無辜むこの民を危険に晒す教義!、そんなカルト教団は狩らねばならない!

 これは王の御意志である!」

 中尉が放つ陶酔的な断定が、広間中の視線を一網打尽、

「かつて王はのたまわれた――【迷信の時代は終焉し、合理の時代を迎える】と。

 新入隊士へのレクチャーだったはずが、いつの間にか全隊士への鼓舞と化していた。

「ならば我々が、その尖兵に成ろうではないか!」


「そうだ!」「なろう!」「なろうなろう!」「我々が陛下の槍だ!」

「排除せよ、邪教徒ども!」「僧も神父も賢者も詐欺師である!」「この帝都には不要!」

 テュルミー中尉に触発され、控えていた隊士たちも熱を帯びる。

 数十名の隊士たち、拳を振り上げて賛同を表明した。


「屏風の虎は狩れぬが、その威を狩る不埒者どもは狩れる!

 応えよ諸君!

 名君マクシミリアン陛下の【インパク知】、それを実現するのは誰だ?」

「「「「思想警察!!!!」」」」

「今、先駆けて、我ら立つ!」


 ウオォォォォォォォォォォォォォォーッ!!!!


 な、なんだこの異空間……?

 屈強な軍人が数十人、男泣きしながら抱き合っている……

 部外者から見ると、一種の宗教的イニシエーションにすら見えるぞ?

 中尉の主張は、問答無用の宗教排斥論なのに……


(だけど……)

 ひとつ強烈に分かるのは――――この扇動者はカリスマ、ということだ。

 ここまで演説で聴衆を一体化できるのは、心酔させているからだ。


(理解る気もする……)

 このテュルミー・バンジューインという男、華がある。

 感情を揺さぶる話術といい、雄々しさの中に気品を感じる立ち居振る舞いといい、

 天性の偶像性があるんだ。

 自然と周囲に好感を振りまく、不思議なチャームがある。

 知らず知らずのうち、コミュニティの太陽として君臨する人だ。


 つまりそれって、熱烈なシンパに支えられたカリスマって――――「教祖」じゃないか?


「ショーセツカ卿ォ!」

「はい?」

 部下との熱いセレブレーションが一巡すると、中尉は僕に尋ねた。

「理解ってもらえたかな? この思想警察を。このテュルミー・バンジューインという男を」

「分かりません」

 僕は率直な感想を打ち明けた。

「そうか…………」

「でも……理解ってみたくはあります」

 こんな男は、一朝一夕で理解できるものではない。念入りに観察しないと分からない。

 そう思ったのだ。


「むむ!!!! そうか! そうかそうか! それはいい! ショーセツカ卿!」

 一瞬、悄気しょげかけた中尉も、すぐに笑って、僕の背中をバンバン叩いた。

 その辺の愛らしさも、この男の魅力なんだろう。


 とにかく僕は、テュルミー・バンジューインという男から目を離せなくなった。

 小説家の好奇心で、彼のことがもっともっと知りたくなっていた。

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