第一章 1-6 異世界就職戦線異状あり!?

「国王陛下?」


 花街である。

 古今東西、そこそこ以上の都市で、花街が存在しなかった街はない。

 人の欲と色が交差する不夜城が、この帝都ドラゴグラードにも存在した。

 存在するのは勝手である。

 だが、


「なぜ僕は、こんなところにいるんでしょう? …………陛下?」


 公務を終えたマクシミリアン陛下、慣れた様子で遊び人に扮装すると……

 花街の最高級妓楼へ、僕を強引に連れ出した。

 王様いわく「城下の隠密視察である」らしいが……暴れん坊か? 暴れん坊なのか? この王?


「悩めるショーセツカ卿を慮ってな。我が国のことわざには【悩んだら花街へ行け】という言葉があってだな……」

 本当だろうか?

 真実なのかお戯れなのか、一番訊きにくい人だよ、この人は。王様だし。

「しかし、分かるぞショーセツカ。其方そちらは、余の分身であるからして」

「何が分かるんですか?」

「基本的に皆、強く芸術家気質を持つ。持つが故に、あれだ……」


 妓楼のVIPルームは素晴らしい眺めで、華やいだ花街を見下ろすことが出来たが……

「ん? んん? んんん?」

 王様から手渡されたアンティークな単眼鏡を覗くと……

「は?」

 見知った顔が、何人も……飲めや歌えやの乱痴気騒ぎを催している!

「芸術家は女好きと相場が決まっておる」


 みんな浮かれすぎだ……これだから、分不相応の収入は身を滅ぼすんだよ。

 ばあちゃんの教えてくれた通りじゃん。


「美の追求を究めれば当然、女体の虜となるは必定よ」

「はぁ……」

「大いに楽しめ、我が同胞よ!」

 上機嫌のマクシミリアン陛下、千両箱から金貨をバラ撒く。まさに金の雨だ。

「無論其方そちもな! ショーセツカ! 麗しき女性にょしょうを抱けば、悩みなど吹き飛ぼう」

「いや結構です」

 またも凍る空気。

 謎の生き物を見る目で、睨まれてしまった……

「ショウーセツカ?」

「はい陛下」

「ショウーセツカとは、女犯戒を旨とする禁欲集団なのか?」

「いいえ陛下、むしろショウーセツカとは、女犯を唆すような売文で糧を得る、罰当たり者です」

「なら、愉しめばいいではないか? 好ましき女を抱いて!」

「そういうワケはいかんのです」


 商売女に耽っては身を滅ぼす

 ばあちゃんに、よ~く言い聞かせられたので。それで身を持ち崩した村の衆の話を。

 酒や煙草は構わんが、商売女とパチンコは厳禁。それが堀江家の家訓なのです。

 いくら王のススメでも、ダメなものはダメなのです。


「ならばショーセツカ、其方そちは妻帯者か?」

 ブーッ!!!!!!!!

「何を突然……!」

「帝都でも選りすぐりの女どもに目もくれぬなど……其方そちの妻は絶世の美女か? 楊貴妃かクレオパトラ並みの?」

「残念ながら王よ、僕は独り身です」

 というか恋人もいません。

 僕の恋人は小説ですから。

 僕の一生を文学に捧ぐ! …………ああ、言ってて虚しくなってきた。

 そりゃ僕だって恋人は欲しいし結婚もしたいですよ。

 でも今の僕に最も大事なことは、プロの作家になることですから!

 それを果たすためなら、女断ちも覚悟の上です!

 というか、まず元の世界に帰らないことには、どうにもならない!

 異世界風俗をレビュアーしてる場合じゃないんですよ、王様!


「お前か! このヤリチン野郎!」


 ――――は?

 関係者以外立入禁止のVIPルームに、突然の闖入者ちんにゅうしゃが!

「よくも俺の女を泣かせてくれたな! エーッ! コラーッ!!!! このドサンピンがー!」

「えっ? えっ? えっ? えっ?」


 なんで? なんで僕、見知らぬ現地民に首根っこを掴まれてるの?

 しかも、どう見てもヤバい奴だ。

 凶悪なピアスとタトゥーと鎧みたいなクロームメッキアクセサリー、そして釘バット……

 ヤンキーだ、異世界ヤンキーに僕、圧迫されている!

 なんで?

「ネタは上がってんだ、このクソ野郎! いったい何人の女と結婚するつもりだ、シャバ僧が!」

「すいません! 人違いです! 人違いですから!」


「なるほどショーセツカ、高級娼婦よりも端女はしためが好みか?」

 他人事の口調で「そういう性癖もあるよね」みたいな顔しないでください、王様!

「違いますよ! 誰も手篭めになんかしてませんよ! 僕じゃないです!」

 

「シラを切る気か? 相模檻児娜流ヘッド、パラマウント・ベステンダンク様の目を誤魔化せると思ってんのか? アァ? この花街界隈でヨォ!」

「違う! 違う! 僕じゃない!」

「嘘をつけぇ! てか、その仮面を取れ! 顔を見りゃ本人と分かる!」

 いて! いて! いててててて! ちょっと乱暴に剥がそうとしないで! というか、これ剥がすなって言われてるし、剥がしたら王様と同じ顔がバレちゃうんだよ? マズいって!

「観念しろ、このシャバ僧め!」

「だーかーらー違う! 僕じゃない!」

「ヘッドォー!!!!」

「なんだァァァァ?」

「間違えてます! 部屋番号!」


 後から飛び込んできた三下の指摘に、ピタッと固まるVIPルーム――――

「勘弁!」

 お控えなすって! 的に頭を下げた異世界ヤンキー、パラマウント・ベステンダンク、

 文字通り、風のように退出していった……


「なんだったんだ……」

 呆気にとられる僕を他所に……ガチャーン! と荒事のSEが外から聴こえてきた。

「待てぇゴラァ! 逃げられると思ってんのか、この野郎ォ!!!!」

 ほぼギャング映画の音響だ。

「なんというか……夜は別の顔……」

 昼間の帝都は健全そのもの、まさに名君の統治する安全安心な都だったのに……

 夜の盛り場は、猥雑で危険な混乱都市だった。


「幻滅したかね?」

 自嘲気味に問いかけてきた王様だったが、

「そんなことは」

「遠慮は要らぬ。余が王だとしても」

「王よ。いかに名君の誉れ高き為政者が善政を布いても、どうしたって一定数の不適合者が生まれるのが人間社会です。それは絶対普遍の原則です、どんな世界であっても」

 僕の見解をニヤリと笑った王は、

「やはり其方そちは面白いな、ショーセツカ。君こそ、我が影に相応しい」

 改めて僕の翻意を求めたが、

「マスコットキャラなら、誰がやっても変わりませんよ」

 甘い言葉で覆るほど、僕の決意はヤワじゃない。

 とにかく僕は帰りたいんだ。

 元の世界へ。


 ☆


「ヨォ、パラマウント! ウチの舎弟に何しくさっとんねん? アァ?」

 物騒な声に、階下を見れば……

 花街の目抜き通りにガラの悪い集団が現れた。

 二十人もの部下を従えたモヒカンの半グレが啖呵を切る――その先には、さっき僕を冤罪で吊るし上げようとした強面のヤンキー、相模檻児娜流ヘッド、パラマウント・ベステンダンクがいた。


「なんだ、テメェんとこの構成員だったか? 手癖が悪いのもボス譲りだな!」

「アア? やんのか、パラ公? テメェ、タダじゃ済まねぇぞ?」

「やってやんよ! パラマウント・ベステンダンクは誰の挑戦でも受ける!」


「あーあ…………」

 始まった。異世界ヤンキーバトルが。綺羅びやかな提灯に照らされた花街の目抜き通りで、

 不良 vs 不良の集団抗争だ。双方二十人以上のヤンキーが入り乱れる壮絶な殴り合いだ。

 しかも周囲は、止めるどころかヤンヤの声援で双方を焚き付けている。

 沿道の野次馬など、増えていく一方だ。


「いいんですか?」

 ちょっとシャレにならないほどの流血沙汰に、僕は王を窺ったが……

 まさに高みの見物で、高級ワインを呷っている。劇場で戯曲観劇の如く、余裕綽々。

 ヒヤヒヤしながら事の成り行きを見守っている小市民とは、肝っ玉が違う。


 ――そこへ、

「御用改である!」

 異様に目立つ浅葱色あさぎいろの軍服集団が現れ、ヤンキーどもをボコボコに殴り始めた!

 な、なんて野蛮な取り締まりだ……いくら相手が不良集団とはいえ……

 異世界の治安組織、こえぇぇ……


 イキりヤンキーが粗方鎮圧されると、

「バンジューイン!」

 身分隠しのマスクを取った王様、VIPルームの窓から叫ぶ。

「非合理思想摘発局局長、テュルミー・バンジューインよ!」

「は!」

「大儀であーる!」

「勿体なき御言葉!」


「陛下? あれってもしかして……」

余の番犬・・・・よ」


 ☆


 「仕事」を為し終えた治安組織(?)の隊長を、王はVIPルームへと招き、

「時にバンジューイン」

「は」

「この者、新たに召し抱えし、名を堀江咲也と申す者よ」

 僕を紹介し始めた。

「余の「理想郷」で腕を振るってもらう筈であったが……手違いにより、その生業なりわいを活かせぬのよ」

「は」

「しかるにバンジューイン、この者、ショーセツカ卿・堀江咲也を――――貴様に預けたい」

「心得ました、マクシミリアン陛下」

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