第一章 1-5 これが本当の無職転生?
そりゃま、「貴族にしてやる」って言われたらなぁ……
歴史を振り返っても、封建国家の世襲貴族はガチのアッパークラスである。
現代で敵うのは、石油王くらいなものか。
それを「
SNSミームの「上級国民」なんて問題にならないほどの、本物の特権階級である。
側防塔の物見台から降りて、衛兵の休憩室へ入った
「じゃ、証書を配るので並んで下さ~い」
卒業式レベルの気楽さで、貴族家名の証書を配っていく王様。
「
一人あたり三秒。王の即興で生まれた爵位が次々に下賜されていく。
雅楽卿、画工卿、建築卿、書画卿、彫像卿、舞踊卿……
召喚者たちのバックボーンを反映した家名は、分かりやすいといえば確かに分かりやすい。
達筆の宰相がササッと羽ペンを走らせ、証書を受け取った召喚者たちは恵比須顔だ。
そして遂に、僕の番が回ってきたのだが……
「
「僕は結構です」
止まる空気。
大盤振る舞いの王は、ピタリと固まり、
宰相のペンも動きを止めた。
「なん……だと?」
こんなにも美味しい待遇を断る奴など、いるのか?
「よもや余の聞き間違いか? あるいは翻訳妖精が誤訳を……」
絶対王政の専制君主に、軽く引きつった笑顔で問い返されても、
「僕は辞退します」
「いやいやいや、それはいけない! 召喚者・堀江咲也!」
ありがたき王の施しを拒否する奴があるか! とでも言わんばかりに慌てふためく宰相、
「何故に断る? よき話であろうに?」
「僕は【タダより高いものはない】と躾けられて育ったので、分不相応な厚意は頂けません」
「なに?」
「ばあちゃんにそう教えられたんで。申し訳ないんですが……」
ばあちゃんは幼い僕によく聞かせてくれた。
競馬で一発当てた人、宝くじで蔵を建てた人、彼らが、どんなしくじり人生を送ったか。
人生の軸がブレブレになった人には決して幸せは訪れない、と。
「いやいや君、これは影武者という御役目に対する正当な報酬だから!」
宰相さん、王様とお金配りオジサンを一緒にするな、と言いたいのかもしれないけど……
「そもそも僕は、影武者役を受けるつもりないんで。一刻も早く元の世界へ返して下さいよ!」
「未経験OK、誰でも出来る簡単なお仕事じゃぞ?」
「結構です(キッパリ)」
「考え直す余地は?」
「ありません(キッパリ)」
だって僕は、元の世界へ帰れさえすれば、大願成就を果たせるんだ。
いくら
「致し方ないのぅ……」
「帰してくれるんですか!」
「但し、異世界召喚儀式は満月の夜しか執り行えぬ。とりあえずは余の都へ留まり、時を待て」
てことは……少なくとも一ヶ月弱は、僕は帰れないってことか……
失踪扱いで大賞受賞を取り消されたりしないだろうか……心配だ……
「それまでは「我が理想郷」で創作に勤しみながら待つがよい」
一ヶ月間拘束されるのであれば、それはそれでいいかも……
なにせ「本物」の異世界だ。異世界作家にとっては最高の取材対象だもの!
コンペの受賞連絡という緊急事態でなければ、年単位で留まって取材したいくらいの極上体験じゃないか。
「分かりました」
「ならば
「小説家です」
「「ショーセツカ……????」」
また止まった。
でも今回は、前回のような「無礼な発言で空気が凍った」体ではなく、「本当に言葉の意味が分からずに、呆けた」感じだった。互いを伺うように顔を見合わせた王様と宰相、
「その……ショーセツカとは
訝しげな顔で僕に尋ねた。
「だから小説家ですよ、小説家。面白おかしい文章で読者を楽しませるテキストアートですよ?」
知ってるか? と宰相に目線を送る王様。呼応して、首を振る宰相。
「堀江咲也。それは書籍を著述する者か?」
「そうです」
「書籍とは歴史や実用知識を書き残すものであろう? 文字でアートを表現できるのか?」
「王よ、琵琶法師か吟遊詩人の類では?」
「違いますよ宰相さん、僕は楽器なんか弾けませんし、人前でパフォーマンスも専門外です」
そんなものが出来るなら、作家なんかやってないでyoutuberでもやってます。
☆
都市城壁の側防塔から街中へ戻った僕ら、懸命に探したものの……
「ない!」
ないのだ――――本屋が。
本屋さえ見つかれば、娯楽小説など簡単に見つかるだろう……と高を括っていたのに、街のどこにも、そんなものは見当たらない。
「もしかして、堀江殿の世界は既に初等教育が行き届いた世界なのでは?」
「え?」
つまり宰相さん、「この世界は初等教育が満足に為されていない」ということですか?
「ええ、初等教育の義務化は【インパク知】の目玉政策として、ようやく始まったばかりです」
「じゃあ、大聖堂の書庫で本を読んでいた人たちは……?」
「家庭教師を雇える裕福な家か、あるいは独学で字を覚えた者どもでしょう」
てことは……
識字率はお察し →当然、娯楽としての読み物のマーケットなど存在しない!
なんてこった!!!!
今から広汎な初等教育が始まるとして……活字エンタメ市場が形成されるのは、十年後くらい?
てことは!
小説家なんて!
→→→→ 十 年 間 無 職 決 定 ! じゃん!
無職転生じゃん!
あー! もう嫌だ! 帰りたい! 帰れば、帰れさえすれば! 僕は! この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば状態なのに!
☆
諦めの悪い僕は、再び大聖堂の書庫で確かめてみたが……所蔵されている本は歴史書、学術書、借金の証文に土地台帳、税務記録、法務と裁判記録、国際条約の議定書くらいなもの。
異世界らしく魔術書を見つけた時は、ひどく興奮したが……
とにかく、娯楽としての本は影も形もない。
参った。
これじゃ小説家の出番なんて、ない。
この世界では小説家など幻想の生き物だ、幻想種だ。
異世界召喚されたら、現代の知識・技術で爆アド! が異世界モノのお約束なのに、
(話が違う!)
と頭を抱える僕に……
「見よショーセツカ、この熱気を」
再び怪しい仮面で顔を隠した王が、僕を促した。
閲覧席では、様々な階層の民が書に没頭していた。
「かつて教会が独占していた知恵と技術、それらを吸収して新たな富裕を為さんと、目の色を変えておる。この活気こそが、近き未来、帝都繁栄の
「おお……」
「教会の神秘主義は時代遅れよ。迷信で人を支配する時代は終わった。これからは科学の時代、宗教ではなく理性の世が訪れる」
神々しいまでの威厳で、王は言い放った。
「それこそが余の【インパク知】――知の解放である」
り、立派な王様だ!
教会の権威を傘に着て、知識や技術を専有していた中世の暗黒を除こうとしている。
間違いなく、社会を明るくしようとしている人だ。
「のうショーセツカよ、余の新しき世を成すため、力を貸してくれぬか?」
「それは……」
揺らぎそうになった。
だってこの人は、人々に幸せをもたらす君主だ。
ばあちゃんも言っていた――――豊かになろうと頑張る人は、立派な人だと。
僕は、この王を助けるべきなんじゃないか?
「ハッハッハ、なにショーセツカ、今すぐ決めることもない。ジックリ悩んで、答を聞かせよ」
僕と同じ顔した王様は、名君の寛大さで僕を笑った。
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