第一章 1-4 ここに契約は成りし!

 芸術とは無駄である。


 人が生きていく上での最優先、衣・食・住、そのいずれにも関連しない・・・・・

 無駄なのである。本質的に。


 だからこそ、「芸術の都」とは富の都に等しい。

 有り余る富が人の虚栄心を刺激し、その結果、芸術家が潤うのだ。


 僕と同期の召喚者たち、総勢十人ほど。

 皆が皆、目を輝かせて「王の理想郷」を眺めていた。国中から集められた新進気鋭のアーティストたちが、心ゆくまで創作に励む姿に、心が踊った。

 なるほど、さもありなん。

 「僕」だからな。

 並行世界がどんな環境なのか、僕の世界と何が違うのか知りようもないが……「僕」という人間の属性は似通ってるのかもしれない。

 つまりは芸術家肌だ。

 どうやら、どの「僕」もアーティスティックな職業、もしくは、その志望者のようだ。

 そうでもなければ、この環境に感激したりしないだろう。

 クリエーター気質の者たちだからこそ、「王の理想郷芸術家サロン」に対して好感触を抱くのだ。

 もちろん僕も然り、である。


「次の目的地へ参るぞ」

 王に促されても、去りがたい未練で召喚者たち僕らの足は重かった。


 ☆


 コロッセオを発ち、馬車が向かったのは都の最外郭だった。

 帝都ドラゴグラードは城塞都市であり、周囲をレンガの外壁に囲まれていたのだが……


「見よ、我が同胞」

 側防塔の階段を登って、屋上へ出ると……

「これは……」

 街の外には、意外な光景が広がっていた。

 都市の三方は鋭く切れ落ち――山側には不毛の大地が広がっていた。

 つまり帝都ドラゴグラードは、台地の突端に築かれた街なのだ。

 台地という天然の要害は、無類の防御力を誇り――難攻不落の要塞として敵を跳ね返す。

「この地を定めた初代カルストンライト王以来、我が帝都は神聖不可侵の都よ」」

 そりゃそうだろう。

 こんな急峻な斜面に囲まれていれば、攻め手の気力も萎える。戦う前に戦意喪失だ。

 それくらい、防御陣地としては優れている。


「だけど……」

 この立地には問題がある。

 防御陣地として優れる台地ほど、肝心なものが入手困難となる。

 水だ。

 水がなければ、籠城は三日と保たない。

 というかそもそも、ドラゴグラードは砦ではなく都市だ。

 街を振り返れば、数十万規模の大都市である。この人数を維持するための、相当な水瓶が要る。

 しかし、街には川も溜め池もない。

 帝都を囲む四方のうち、三方は急峻な下り斜面であり、残る一方は台地に続くが……そちらは不毛の荒野だった。赤茶けた西部劇の色味は、カラカラの乾燥地帯を示唆している。


「これ、どうなってんの……? こんなの有り得なくない?」

 思わず呟いた僕の疑問に対し、

其方そちの疑問や、これもっとも」

「実は、この帝都には地底湖がございまして、そこから水を引いております」

 宰相が説明してくれた。

「すごい……水も万全な城塞都市とか最強ですね……」

 ここまで守備力の高い街ならば、民も安心して芸術に没頭できるはずだ。


「臣民の立場であれば、召喚者殿の申す通りであろうがな」

 ん? ……王、軽く苦笑いを浮かべてる。

「召喚者殿、地底湖の水源は龍脈の力で維持されておりますゆえ」

「り、龍脈ですか……」

 おお、ファンタジー来たぁ! 神秘の異世界水道システムか!

「ところが昨今、龍脈の不安定化で……保全作業を頻繁に求められまして……」

 為政者としては頭が痛いところなんですね、宰相氏も。


「元より龍脈はままならぬもの。我ら王族に伝わる秘儀を用いねば、容易に制御を失う」

 事態を憂いているのは、宰相だけはないようだ。

「水は帝都の生命線――龍脈の維持こそ、王家最大の責務よ」

「そうなんですか……」

まかり間違っても、龍脈の断線など遭ってはならぬ」


(り、立派だ……)

 まるで「僕」とは思えないほど、堂々たる決意表明……まさに王の立ち居振舞いだ!

 次の作品には、このくらいの威厳を持った君主を書かないとな……

 百聞は一見にしかず。

 勉強になります!


「しかしながら同胞諸君。余は忙しい」

「はぁ……」

「龍脈の管理にばかりかまけてはおれぬ」

 えっ? もしかして趣味に没頭する暗君の定番パターンですか?


「召喚者殿、王は国の顔にございます。王の健在を知らしめることで、民心は鎮まります」

 言われてみれば……

 収まるべきところに収まるべき人が収まっていないと、皆、不安に感じるのも分かる。

 王こそが国の象徴である「王国」なら、そういうものかもしれない。


「そこでじゃ!」

 これが本題、と言わんばかりに王は切り出した。

其の方そのほうら、余の【影武者】を務めよ」

 僕ら召喚者は「(王にとって)並行世界の自分」である。姿形は瓜二つ。これほど影武者に適した人材もいない。

 なるほど、これが理由だったんだな、この世界に王が僕らを召喚したのは。


「なに、政務はこの宰相に任せるがよい。ただ其方そちらは、このマクシミリアンの健在を世に知らしめるだけでよい。儀礼や陳情の相手、夜会や観劇の際に、王の姿を披露する役目じゃ」


 その提案に対して同期の召喚者たちは……


(※以下、堀江咲也翻訳、王と召喚者たちの交渉)

まつりごとにはタッチせず、「民の心の拠り所としての王」を担えと?」

「県の特産物をアピールする公式マスコットみたいなものか……」

 並行世界にも存在するのかね、くまモンは?

 とりあえず、ご同輩の指摘は的を射ている気がした。


「無論、よき働きには、よき待遇で余は応える」

「よき待遇と言われてもな……」

「具体的に、どのような?」

「余は其方そちらに爵位を与える」

「爵位って……俺たちを貴族にしてくれるってこと?」

「領地を与えるの代わりに、家禄を保証する」

「どのくらいの?」

「陛下は、3000こくを下賜なさる、との仰せです」

こく……こくって、どういう単位だ?」

「尺貫法の単位で、まぁ大雑把に言って一石は50,000円くらいだから……3000石だと……」

「「「「一億五千万!?!?」」」」

 ザワつく同期たち。

 そりゃそうだ、一年で一億五千万稼げる職など、そうそう有りはしない。

 それを王様が保証してくれる?


「無論、役目を為し終えた者から、元の世界へ返すことを約束する」

「「「「マジで!?」」」」

 一定期間、くまモンの真似事を勤めれば、残りは国家保証の豪遊異世界ライフ!?!?


「「「「やります!!!!」」」」

 即答だ。

 召喚者世論は圧倒的にYES。

 「ご褒美」の話が出るまでは「勝手に召喚しやがって……」と非難轟々だった「僕」ら、王様のプレゼンテーションに手のひらクルー状態。

 球団から数億の年俸を提示された野球選手みたい、ニッコニコである。


「余と余の召喚者たち――此処に契約は成りし!」

 王は満面の笑みで宣言した。

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