第一章 1-3 名君殿下の理想郷

「そこの、軍服の……背に矢筒を背負った者よ」

(え? 僕?)

 詰め襟って軍服に見えるのか? 異世界の人の目には? 矢は縁起物の破魔矢ですけど?

此度こたびの召喚で翻訳妖精が適合したのは其方そちのみ。余の言葉を其の方そのほうらに伝えてはくれぬか?」

「えっ? そうなんですか?」


 改めて周囲を伺ってみれば―― ぽか~んって擬音がしそうなくらい、呆けた顔をしている。僕と同じ境遇の召喚者たちが数人。


「通じてないみたいですね……」

「良きに計らえ」


『おうさまのねがいなのよ~、ひとはだ脱いであげるのよ~』

 うお!

 妖精さんの声が、骨伝導みたいに伝わってくる!

 王様の「現地語」がシームレスに理解できるのは、こいつのお陰か!

『せんせいくんしゅをなめたらいかんぜよ~、おうさまのごきげんひとつで、またあのろうやへぎゃくもどりよ~』

 それは困る!


 以下、翻訳者僕(Pocket WiFi感覚の翻訳妖精さん経由)でお送りします。



 王「よくぞ参った、並行世界の余たちよ。このマクシミリアン・フォン・カストロプ・スターリングが其方そちらを歓迎する」

 僕2「What? 並行世界だって?」

 王「いかにも。其の方そのほうらは、並行世界に於ける余、である」

 僕3「あんたが俺たちを、この世界へ召喚したのか?」

 王「いかにも」

 僕4/5/6「迷惑千万だぞ!」「すぐに戻せよ!」「聞いてないよ! 訴えてやる!」


 怒声飛び交う謁見の間。

 おいおい「僕じゃない僕たち」よ、仮にも相手は王様だぞ?

 そんな明け透けに文句言ったら、即座にデスラースイッチを押されてしまわないか? とヒヤヒヤしながら翻訳したが……


 王「其方そちらの言い分ももっともである」

 すると寛大な王は、僕らに提案した。

 王「諍いの種は必ず、無理解から生ずる。ならば、そこを氷解させるべきではないか?」


 ☆


「では、これより皆様に、帝都ドラゴグラードをご紹介させていただきます」

 僕を牢から王の元へ案内してくれた彼――どうも彼は、この国の宰相らしい。

 そんな偉い人を添乗員にして、僕らはプチ視察旅行へと出立した。

 博物館に飾ってあるような超豪華馬車でGO! である。


「皆様には、これから仮面を被っていただきます」

 目元を隠す仮面舞踏会風の怪しいマスクだったが……皆、抵抗なく着けた。

 なぜなら、不気味だからである。

 同じ空間に自分と同じ顔の他人が存在する環境など、誰がどう考えても不気味である。

 それならば、マスクで顔を隠していた方がマシだ。


 ☆


「ほぁ……」

 馬車の窓から覗く帝都は、非常に活気のある街だった。

 通りには人が溢れ、マーケットは商品が山積み。


「如何なものか? 我がドラゴグラードは?」

 車内全員、胡散臭いマスクで顔を隠してても――彼だけは分かる。

 一人だけ異彩を放つ「僕」は、正真正銘、この国の王だ。

(背格好も容姿も、皆と瓜二つなのに……)

 人としての格というか、気品というか、振る舞いが凡人とは隔絶している。

 「地位が人を作る」って奴か?

 僕も、幼い頃から帝王学や、国を背負う責任を教え込まれていたら、こんな威厳や格が伴う人物に育っていたんだろうか?


「とても賑やかで、エネルギッシュに見えます」

 かつての日本やアジア諸国のような、経済急成長国特有の、いい意味で猥雑な熱気を感じる。

「かつては暗鬱な街の代名詞だったのだがな、このドラゴグラードも」

「えっ? そうなんですか?」

「のう、宰相?」

「陛下の仰る通りにございます。前王の御代など「暗黒都市」と陰口される始末で……」

「それが、どうして?」

 こんなにも活気ある街へ変貌を遂げたのか?


 ☆


「その秘密が、ここにある」

 馬車は街の中心へ。そこには街のランドマークとなる大聖堂が建っていた。


「余が見せたかったのは、この【開かずの間】よ」

 僕ら、怪しい仮面の一行が案内されたのは古めかしい書庫だった。

「この書庫は、数百年来、教会関係者以外の立ち入りを禁じておった」

 教会による知の独占か……庶民がラテン語を読めないのをいいことに、聖書を曲解して人心を掌握したように、この世界でも、教会権威が暗黒時代の一翼を担っていた、ってことか。

「それを遍く解放させたことが、マクシミリアン陛下の第一の御功績にございます」


「インパク知!」


 王様がジョン・トラボルタよろしく叫べば――――


「インパク知!」「インパク知!」「インパク知!」「マクシミリアン陛下、万歳!」

 書庫の、あらゆる場所から歓喜の声が上がった。

 老若男女がハイタッチして、喜びを表現している。

 軽くフラッシュモブみたいな、唐突感だけど……仕込みじゃないんだよね?


「知の独占こそ、悪しき旧弊よ」


「長く教会が隠匿してきた知識は開かれた。今や全臣民の共有財産となった!」

「陛下の御英断により、雨後の筍の如く新たな商売が興り、帝都は王国随一の産業都市と誉れ高い街になったのでございます」

「つまり、この書庫に通う人たちは……」

 野心的な異世界起業家というワケか。

 そんな人たちなら、開放政策を採る王様は絶大な支持を集めるだろうな……

「陛下の御即位以来、乳製品、造り酒屋、各種織物、製薬、時計など、大幅に業績を上昇させた業界は枚挙に暇がございません」

「全ては知の開放、我が【インパク知】ゆえ、よ」


 と、得意満面で解説してくれた王様に対し、

「誠に失礼ながら……マクシミリアン陛下ではございませんか?」

 仮面を着けていても、分かる人には分かるのか?

 恰幅のいい紳士が、おそるおそる声を掛けてきた。

其方そちは確か……精肉ギルドの?」

「その節は、大変な便宜を図って頂き……これはホンの気持ちばかりですが……」

 と黄金色の菓子を宰相に握らせ、そそくさと去っていった。


 あの……宰相さん、それは賄賂というモノでは……?

「貰えるものは貰っておけばよいではないか」

「いや、でもそれは……」

「ご安心下さい。このような金品は国庫とは別の備蓄蔵に収めます。陛下のご意向により、冷害凶作時の貧民救済に充てる手筈となっておりますので」

 ほ、ほえぇ……そうなんですか……


 ☆


「して、世間に金が有り余っている、とは、こういうことじゃ」

 次に馬車が向かったのは、作りかけのスタジアム……は、適当じゃないな。

「コロッセオ……!?」

 そう呼んだ方が相応しいと思った。

 数万人級の観客を収容できる、巨大な石積みの競技場だった!


「すごい……」

 僕らが目を見張ったのは、その規模だけじゃない。

 至るところで彫像やオブジェ、更には壁画や書画まで制作され、

 建設途上のフィールドでは、フルオーケストラ規模の楽団がリハーサルを行っている。

 現在進行系で、あらゆるアーティストが才能が花開かせているのだ。


「これって、つまり……」

 裕福なパトロンが増えたせいで、芸術家を支える環境が整った、ということか?

「皆、目の色を変えておるな……さすが、並行世界の余たちよ」


「改めて、ようこそ我が理想郷、芸術の都ドラゴグラードは召喚者その方らを歓迎する」

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