第一章 1-2 異世界ライター、異世界へ召喚されたのはいいけれど……

「はっ!」

 気がつけば――僕は閉じ込められていた。四畳半程度の空間に。

 壁も床も石造りで、扉は頑丈な鉄製のもの。垂直跳びでは届かない高さに、申し訳程度の明かり取り窓が据えられている。何よりも、ジットリとしたカビ臭さが、直感的な嫌悪を誘う。

「ここは……」


(どう控え目に見ても――【 牢 屋 】じゃん!)


 いったい何故? こんなところに僕は閉じ込められているのか?

 というか、今の今まで、僕は編集者と電話していたはずじゃないか?

 連撃文庫の受賞連絡という、人生最大の祝賀メッセージをたまわる寸前だったよね?

 それが何だ? この状況????


 ――――ガラッ!

「ヒッ!」

 突然、愛猫家の子猫専用扉的な小窓が開いて――――外から鳥籠が放り込まれてきた。

 …………いや?

 鳥じゃない。

「人間?」

 フィギュアサイズの人間の背に、羽根が生えてる!

 ふぁぁ……とアクビした「そいつ」は、おもむろに籠を出て、

『チョイトキクケド、オマエがアタシのマスターかい?』『I ask you. Are you worthy of being my Master?』

 は?

 二重に音が聴こえてきた。主音声と副音声の同時再生みたいな調子で。

 言ってる意味は一緒だけど……なぜ二重????

『ホウ? ……オマエ、なかなかミコミアル――――ジャ、いてやるわよ~』

 などと意味不明の供述を繰り返した容疑者(フィギュアサイズの羽根人間)は、昆虫みたいな羽根で離陸すると……鋭利な尻尾を、僕の首筋に突き立てた!

「ギャー!!!!」

(何しやがる、このクソ生物!)

 いきなりの仕打ちに取り乱した僕は、力づくでソイツを引っ剥がそうとしたけど、

『おもったとおりよ~、親和性たかいのよ~』

 あ? あれ?

 尻尾を刺されたのに、全然痛くないぞ……? テクニシャン看護婦の採血みたいだ。


 ギィィィ……

「適合されたようで、何より」

 鉄扉が開き、牢へ「男」が踏み入ってきた。

 それが蛮人や狂人の類であれば、僕は神を恨んでも恨みきれないほど呪っただろうけど……

 なんというか、うだつの上がらない公務員というか、代議士の新米秘書みたいな雰囲気の男で、

 人畜無害を絵に描いたような男だった。

 こんな人ならば、嗜虐欲求に身を任せた拷問ショーなど、やるまいよ。


「どうぞ、こちらへ。暗いので脚元に気をつけて」

 言葉遣いや人当たりも丁寧だし……何より、金糸銀糸を散りばめた豪奢なローブは、ただならぬ社会的地位を誇示してる。全く以て牢の番人には見えない。

(そんな人が直々に僕を案内するって……どういうことだ?)


 ☆


 いぶかしげに首を傾げつつ、石造りの尖塔から外へ出ると……

「うぉっ!」

 思わず声が出てしまった。

 だって、そこには中世風のお城がそびえ立ってたからだ。

 僕が、自分の作品で、何度描写したか分からない――「いつものアレ」だ。

 異世界ライターにはお馴染みの、欧風城郭である。リアリティのあるシンデレラ城よ。


 てことは何?

(僕、異世界へ飛ばされたってこと?)

 そんなことある?

 異世界ライターが異世界に飛ばされる……なんてことが!?


 戸惑いっぱなしの僕を他所に、謎の案内人は僕を城内へ導いた。

 そこは目も眩まんばかりの黄金に飾られ、天井には華麗な漆喰画、壁際には巨大な彫刻群が並んでいた。飾られた武器武具類は、重厚な高級感を放ち……序盤の武器屋じゃ絶対に手に入らない、伝説の名器に見える。

 これ、もはや美術館というより宝物庫だよ。

 凡人の審美眼でも、圧倒的な資産価値を感じる!

 お宝鑑定番組の鑑定士なら卒倒不可避じゃないか?


 ☆


 そして、巨大ターミナル駅を端から端まで移動したくらい、歩いた頃……

「こちらでございます」

「うへぁ!」

 屈強な衛兵が豪華な扉を開くと……変な声出た、変な声。

 そりゃ呂律ろれつもおかしくなるよ、こんなのを見せつけられたら!

 広い! 高い!

 圧倒的な容積は、人を平伏させる。

 アーチ状の天井まで高さ数十メートルはあろうか? この「無駄」こそが権威の象徴だ。

 こんな空間を独り占めできる人間は、何人もいない。


「召喚者様をお連れしました」

「大儀である」

 壮麗な龍の壁画を背負い、ひときわ豪華な玉座に座る男――――王だ。王様だ。

 それ以外に、いるはずがない。


 だが、「いるはずがない」は二重の意味で・・・・・・僕を困惑させた。

 だって王は!

 王様は僕だった・・・・・・・のだから!


「――――僕!?!?」

 毎朝洗面所で眺める、冴えない表情の作家志望者――そいつの顔した男が、玉座に鎮座してる!


 その上、

「こいづぁ、おったまげだなぁ~」

「Wow! What a awesome surprise!」

 僕の心の声が勝手に再現された? ――――と錯覚するほどの台詞が背後から飛んできた。

 妙に聞き覚えのある声で。

「はっ? えっ? えぇええええ????」


 王様だけじゃない!

 振り向けば【僕と同じ顔した、僕じゃない奴ら】が何人も! 両手に余るほどいるじゃないか!

 なんだよこれ???? どんな状況だよ、これって????

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