18:復讐のあと

 校長室から出てから帰宅をすると、瞳ちゃんの近所にある公園に足を運んだ。



「これで全部終わったね」


「うん……」


「なんでだろ。復讐は完璧だったのに、全然スッキリしないや。なんでこんなに悲しくなっちゃうんだろうな……」



 俺はキッチリと復讐してやったのに、スカッとするはずだったのに、胸が苦しくて仕方がなかった。

 気付いたら涙もボロボロと流れてきている。

 瞳ちゃんも「うぅ……」と堪えながら泣いていた。


 これからの学校生活はどうなっていくんだろうか。

 俺たちへの疑いは完全に晴れたと思うし、虐めだってなくなるだろう。

 だけど、俺は瞳ちゃん以外の人たちを信じることができるだろうか。

 また何事もなかったように笑うことができるだろうか。

 はっきり言って全然自信がない。



「瞳ちゃん。復讐が終わったら気持ちを伝えるって言ったじゃん?」


「――うん」


「だけどちょっと待っててもらえないかな」


「――え?」


「いや、違う。違うんだ。俺はもう瞳ちゃんがいないとダメだって思ってる。瞳ちゃん以外の人間を信じることが怖いって思ってるんだ。だけど、いきなり付き合うんじゃなくて、一緒にデートをしてたくさん楽しんでから付き合いたいって思ってるんだよ」


「なんで付き合ってからじゃダメなの?」


「なんかさ、付き合うまでの過程が全然幸せじゃないじゃん? だから、こういうのがきっかけで付き合うんじゃなくて、楽しい思い出を作ってから付き合いたいって思ったんだよ。もし瞳ちゃんが良ければちょっと先になるけど、クリスマスイブに会う約束ができないかな? そこで改めて告白させてよ」


「そっか。うん。そうだよね。今のまま付き合っても傷の舐め合いみたいになっちゃうもんね。――分かった。クリスマスイブね。その時は絶対に告白して頂戴よね」



 瞳ちゃんはちょっと頬を膨らませながら、俺の頬っぺたをツンツンと突いてきた。

 そして、俺の頬を両手で鷲掴みにしたと思ったら、突然キスをしてきたのだ。



「な、なんで……」


「へへっ、いいでしょ? クリスマスイブの前借りだよ」



 そういう瞳ちゃんは悪戯っぽい笑顔を浮かべていて、なんかとても魅力的に映った。



「仕方ないな。だけど、クリスマスイブまではもうダメだからね」


「えぇ〜。鼓太郎くんって結構意地悪さんだったんだね?」


「なんとでも言ってくれ。その代わり、クリスマスイブになったら瞳ちゃんとたくさんキスをするからね。付き合ったあとは、もちろんキスだけじゃないよ。それ以上のことだってたくさんするから」



 俺が声高らかに宣言をすると、瞳ちゃんは顔を真っ赤にさせて「も、もう知らない!」とそっぽを向いてしまう。

 瞳ちゃんの横顔を見ながら、本当に隣にこの子がいてくれて良かったと思ってしまう。

 もし、瞳ちゃんがいなかったら俺はどうなってたんだろう。

 泣き寝入りしてたのかな?

 正直この世の中に、しかも身近にあんな悪意が潜んでるなんて思いもしなかった。


 弥生に関しては同情できる部分は確かにある。

 今すぐは無理でも許してくれと言われたら、許すことはできるだろう。

 だが、付き合ったり友達に戻ろうってなると話は変わってくる。

 だって俺はもう弥生のことを心から信用することが出来ないんだから。


 ひょっとしたら別れた日に俺にキスを見せつけなければまだ大丈夫だったかもしれない。

 ひょっとしたら無実の俺たちのことを、クラスメイトに言いふらさなければ大丈夫だったかもしれない。

 ひょっとしたらあいつとセックスしていなければ大丈夫だったかもしれない。

 ひょっとしたら俺の机でセックスしているところを見なかったら大丈夫だったかもしれない。


 だけど、あいつは全てをしてしまった。

 そして、俺は見てしまった。

 全てをしっかりと見てしまったのだ。

 そのときの弥生には明確な悪意があった。

 俺のことを苦しめようとする狙いが確実にあった。

 そんな風に俺のことを見てきた人を信用することなんて俺には出来なかった。

 まぁ、弥生も退学扱いになることだし、今後会うこともなくなるだろう。

 ずっと連れ添ってきた大切な彼女との別れが、こんな形になるのは俺にとって辛いことではあったが、もう起きてしまったことは仕方のないことだった。




 ―




 翌日学校に行くと、クラスメイトたちが俺たちのところに駆け寄ってきて、今までのことを謝罪してきた。

 俺たちはその謝罪を受け取ったが、全員に「多分許すことは出来そうもないかな。それだけ俺たちは苦しんだんだよ」と伝えると、全員が悲痛な顔になった。

 中には泣き出してしまう女の子もいたくらいだ。


 確かにこの中には俺たちのことを悪く言ったことがない人もいるだろう。

 だけど、救いの手を差し出してくれなかった時点で、信用することが出来ないんだ。

 だって、内心どんなことを考えているかなんて分からないんだから。


 SHRが始まる時間になると、学年指導の先生が入ってきた。

 そして、担任がどうなったのか。

 問題を起こしたクラスメイトたちが、どういう処分になったのかが発表された。

 30人中8人がなんらかの処分を受けたことにクラスメイトたちは動揺をしていた。

 まさか退学者まで出るとは思わなかったのだろう。

 担任に至っては、先日校長と話し合いをしている最中に、自分から退職する旨を伝えてきたらしい。


 それからの学校生活は俺と瞳ちゃんにとって、息苦しいというものではなくなった。

 確かに、その後友人は一人も出来なかったけど、瞳ちゃんがそばにいてくれるだけで幸せだった。

 一週間後には俺たちを虐めていた、森下琢磨や南美咲たちが俺たちの元にやってきて謝罪をしてきた。

 謝罪は受け取ったが、他のクラスメイトとは違って「お前たちのことは一生許すことは出来ない」と伝えた。

 その後森下と南、そしてミチルの関係がどうなったかは知らない。

 興味もないので一生知ることはないだろう。




 ―




 それからまた一週間経ったある日。

 聡から久しぶりにLIMEが来たので、3人で会うことにした。

 色々とあったので、報告もしないといけないしな。

 待ち合わせ場所のカフェに入ると、聡はもう店内で席を確保してくれていた。



「おっす。久しぶりだな」


「あぁ、聡も元気だったか?」


「俺は、まぁ、な。それより、飲み物でも買ってこいよ」



 聡の様子がおかしいなと思いながら、俺たちは飲み物を購入して聡が待つ席に向かった。

 最初は他愛のない話をしていたけど、弥生がこの場にいないことを説明しない訳にはいかないので、意を決してこれまであった出来事を聡に説明をした。



「そうか……。俺が部活している間にそんなことがあったんだな……」


「あぁ、だけど聡は今日大丈夫だったのか? 部活だったんだろ?」


「いや、実は弥生ちゃんからLIMEが来てな、それでお前たちと会う機会を作ってくれって頼まれたんだよ」


「え? じゃあ、ここに!?」



 驚いた俺と瞳ちゃんは店内を見渡したが弥生らしき姿は確認できなかった。



「いや、あの子は呼んでないよ。直接謝罪をする機会をもらいたいって言われたんだけど、鼓太郎たちの言い分も聞かずに勝手をするわけにはいかないからな。だから、お前たちに話を聞きたいって思って呼んだんだよ」


「なるほど、そういうことだったのか。だけど俺たちはもう弥生と話すことはないよ。俺がいないときに謝罪に来たらしいんだけどさ、母さんがブチギレたからもう家に行くことが出来ないって思って聡に頼んだんだろうな」



 弥生と別れたのをきっかけに俺は平日のシフトを増やしていた。

 そのため、弥生と弥生のお母さん、お父さんが俺の家に謝罪に来たとき俺は不在だった。

 そのときは母さんが対応したんだけど、弥生のことを引っ叩くは、罵倒するわの大騒ぎを起こして、「もう二度と顔を見せるな」と蹴散らしてしまったらしい。

 普段の母さんは物静かで優しいんだけど、まさかそんなに怒るだなんて考えもしなかった。

 ちなみに、この情報は隣の部屋に住んでいる千代バァさんから聞いた話だ。



「私の家もそんな感じ。家に謝罪に来たけど、瞳は出なくていいって言われてお父さんが対応して門前払いした感じなの」


「聡には全然相談せずにこんな感じになってごめんな」


「いや、良いんだよ。むしろ、お前たちが苦しい時に助けになれなくてすまん」



 聡はテーブルに手をついて、思いっきり頭を下げてきた。

 そして、顔をガバッと開けると瞳ちゃんの方を向いて、「だけど瞳ちゃんは良かったな」とニヤリと悪い笑顔を浮かべて言った。

 それを見た瞳ちゃんは「よ、良かったなんて思ってないよ! 思ってないんだからね!」と必死に弁明していたが、それが普段の瞳ちゃんと全然違って面白くて笑ってしまった。

 だけど、心の片隅ではこの中に弥生がいないことが少しだけ寂しいと思ってしまう。

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