第11話 殺到しました
次の日から仕事を再開する。待合馬車に揺られて一時間、今度は貴族街の手前にある富裕層街だ。貴族ではないが裕福な庶民が住む住宅街だ。そこにひと際大きなお邸がある。今日の依頼はこの大きなお邸のようだ。執事のような人に案内され一通り説明を受けた。すいぶん、古びた内装だ。もう何年も使用していない物件のようだ。依頼主は執事ではなく不動産ギルドの職員のようでこの邸を売りに出したいのだが、長年売主が放置していたようで数年ぶりに中身を見に来たらひどい有様でこれでは売りに出せないと掃除婦にお願いしようとなったらしい。
ホコリとシミくらいは取ってもらいたいとのこと。終わったら歩いて三十分ほど先にある管理棟まで来てほしいと言われて執事風の男は出て行った。
ルイは邸の中を確認すると家具や飾りなどはまったくないので派手にやれそうだと思った。
ルイは風と水を大量に舞い踊らせ、待合馬車に乗る前に買った洗剤を含ませ邸の内外を洗浄しまくった。何度も繰り返し水洗いをした。そして、水を抜き取り乾燥させた。外の草木はキレイにカットをして美しい庭園に仕上げた。わずか二十分だ。家具や美術品に気を遣う事がなかったので早く終わってしまった。魔力は半分になったが一時間ほど休憩すれば戻るという特異体質だ。普通の人だと魔力は一晩寝たら戻るが一時間休憩したからと魔力が百%戻ることはない。
庭園にあるサンルームで休憩をしていると先ほどの執事風の男が驚いた顔して立っている。見られただろうか?
「な、な、これはどういうことですか?もう終わったのですか?」
「そうですね。終わりまして休憩をしている所です」
「ほんの三十分ほどしか立っていないでしょう」
そうです。十分しか休憩をしていないのでまだ魔力が戻っていません。
「掃除は得意なので」
「得意とかの問題では…言い忘れたことがあったので戻ってきたのですが…なにをしたのですか?」
「秘密です」
「名前は?」
掃除婦の名前なんていちいち聞かないものだ。
「カルボナです」
「依頼書を…サインをしましょう」
さっさと帰されてしまった。二・三時間はゆっくり過ごそうと思っていたのに
▽
▽
なんだこれは…庭の草刈りを言い忘れたと思って引き返して来たらもう終わっていた。邸の中は蜘蛛の巣があったり、シミだらけと薄暗い感じだったのに戻ってきてみれば真っ白な壁に、薄暗くなっていた床のカーペットもキレイな元の青いカーペットに変わっていた。青だったことも今しがた知った…しかもふわふわだ。掃除婦を捜してみればサンルームで休憩中ときた。庭も草刈りどころかキレイな庭園になっている。これを三十分ほどで仕上げるとは…
ルイはお昼を手前の街で済ませゆっくりと観光しながら業者宅に戻って来た。疲れたので昼寝でもしようと事務所を通り過ぎるとアネモネが待っていた。
「おかえり、ずいぶんと早かったねぇ」
「ただいま戻りました。どうしたの?」
「あんたの今日の依頼主から連絡が来てね。報酬を上げて支払うと言ってきたんだよ」
「へぇ…ああ、庭までしたからかな?」
「そうらしいね。カルボナ」
「あっ…」
「なぜ、偽名を?」
「名前を聞かれたからなんとなく…普通名前なんか聞かれないでしょ?」
「あんたにご指名だよ。不動産ギルドがカルボナにこれからもお願いしたいんだとさ」
「ええ、それは構わないけど…」
報酬額は二倍になった。
「たった十日かそこらでご指名を貰うなんてカルボナはすごいねぇ」
ちょっとやり過ぎただろうか。アネモネはカルボナと連呼する。
出る杭は打たれるって奴だろうか…
しばらくは不動産ギルドから仕事を貰った。報酬も二倍だ。しかも二・三件同時になど毎日依頼が来た。そうなってくると掃除婦たちの仕事が軒並み無くなっていく。夏が終わる頃になると他の掃除婦たちから不満が出だした。
カルボナという女がすべての掃除婦の仕事を持って行く。そんな能力があるのならば違う仕事をすればいいとアネモネの業者宅に抗議が殺到したのだ。
「アネモネ、迷惑かけてごめんなさい」
「ああ、いいさね。こうなると思っていたさね」
「え?」
「あんたの能力は私が考えていた以上に高いようだ。別の仕事に就いた方がいいんじゃないのかい?」
ああ、追い出されるのか…
「わかりました。短い間でしたがお世話になりました。部屋の片づけをして明日の朝出て行きます」
「ん?出て行くことはないだろう?どっか当てがあるのかい?」
「え?でも掃除婦は…」
「別に掃除婦を辞めたからってここを出る必要はないよ。カルボナは辞めたけどルイは関係ないだろう?」
アネモネは、にっと笑顔を見せた。掃除婦を辞めても業者宅には置いてくれるようだ。ありがたい、涙が出そうだ。
「ありがとうございます!」
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