155.

「冗談ですよ。そんな酷な事を、直ぐにはさせませんよ。今は大人しくしてて下さい」


(まぁ今は必要ないし)


「雪、あんたは大人しくしてなさい。私が戦う」


「それなら私が戦うから、お姉ちゃんは――」


 ややこしい姉妹の言い争いは、鷺森が言葉を挟んだことで始まる事すらないまま、永遠に終わろうとしていた。


「話の途中で申し訳ないのですが、死んで頂けますか」


 その鷺森の一言が合図となり。

 千田達を取り囲んで居た奴等から、白く小さな魔法の矢が作り出され、何百もの鏃が一方向に向きを定め、全方位からの一斉掃射が行わていた。


「ひぃぃいいいいいいいいいッ―――」

「ぃっやぁああああ私まだ死にたくないよ、お姉ちゃッ―」


 全員に直撃すれば串刺しにするには十分過ぎる数が飛来し、その様子を目にした泉が眼の前の危機だけを理解し叫び、それに釣られて東城妹までもが叫んでいた。


 パチッん

 千田が指を弾き鳴らした音を悲鳴の中を駆け巡り、音を聞いた友宏と望奈の二人が動き出す前に、数十人からの矢に対して千田とドクロンは、その数を上回る矢を生み出し、解き放っていた。


「皆伏せて」

「伏せろッ」


 咄嗟に全員が伏せた直後から、片方の小さな矢が一方的に消し飛ばされていく音が鳴り響き、一秒経たずして矢を放った者達の、断末魔や悲鳴と変わっていた。


 二人が危惧した矢が流れて来る事態は起きず、望奈達を含む中心に向かって飛びきった矢は一本も無いどころか、結果を見ればそれを上回った矢が周囲の人間を突き刺していた。


「だいぶ減ったな」


 部屋の音がうめき声で満たされる中で、平然と呟かれたその無機質な声だけは、数多くの耳に届き。狙われてすらいなかった鷺森もまた、その内の一人だった。


「異常者が、何も思わないのかね」


(先に仕掛けてきたのはそっちだろ。お前らが黙って見逃してくれてたら…)

「耳障りな音が増えた。ぐらいですかね」


 目を細めて頬を釣り上げた千田は、鷺森を見ながらそう答えていた。


 痛みを負い。


 うめき声に変わった、その者共が耳障りだと。周囲に倒れ死ぬ者や、負傷している者共をゆっくりと見ながら、ハッキリと言っていた。


「どうです?今からでも、大人しく両手を上げて降参しますか?」


 声を大きくする事で部屋中に居る者や、ガラスを突き破り外で負傷して居る大半の人へと届くようにして、千田が声を発していた。


 それを聞いた人から伝染する様に囁き声が増え始め、段々とその音は騒音へと変わっていった所で、鷺森が先に口を開いていた。


「こんな光景を見せられてしまっては、どうも私は、納得出来ませぬ。それに、私を狙わずして降参を勧めるなど、面倒だと言っている様なものですぞ。千田殿」


 話し終えた途端に鷺森が千田目掛け、一直線で動き出していた。


(そう捉えるのね)


 ほぼ一直線に向かってくる鷺森に対して千田が、手を前に突き出したのもつかの間、また直ぐにその手をゆっくりと下げていた。


「おいもう忘れたか?お前の相手は、俺だ」 


 そう言いながら割り込んだ友宏が薙ぎ払う様に振った大剣は、突っ込んでくる鷺森に直撃し避ける動作もままならず、両腕で受けたまま背中から地面に打つかっていた。


「確かに面倒と言えば面倒な事に変わりはありません。ですが先程の攻撃は、ただ単に当たっても死なない人に対して、無駄な攻撃をする方が失礼だと考えたからで。加えて言うなら他はともかく鷺森さんの相手は、他で良かったからですよ」


(一人なら友宏がやってくれても良いが…)


「勝てない者を向かわせるものもまた。失礼というもの」


 身体を起こした鷺森が自身の衣類を叩き、ホコリなどを払いながらも、その口が閉じる事はなく喋り続けていた。


「そんなに死に急ぎたいのなら、マジック――」


 それを見て面倒になった千田が下ろした筈の手を再び構え、鷺森を攻撃しようとするも、その上げた手は、望奈によって下げられていた。


「待って、貴方はもう。違うわね、あの人は私と大塚くんで倒すわ、だから貴方はのんびり泉ちゃん達を守ってて頂戴」


「そうですか。分かりました望奈さん」 


「一人が二人に増えた所で変わりませんよ」


「ごめんなさい、私、手加減って下手なの」


 触れていた手が離れた望奈が一歩一歩進みながらそう言い残し、鷺森が口を閉ざしていた。


 何かが通り過ぎた、

 負傷している者がそう思った時には、既に、青白い矢を握りしめた望奈の手が、鷺森の喉元に向かって伸びていた。


「ッ―」


 薄皮を僅かに掠め取った一撃を、避けた鷺森だったが、無理に避けた体勢は真後ろに傾く形で崩れ、その隙を狙った友宏の一撃が真上から迫りくる。


「潰れろッ」


 胴体を真っ二つにする位置に向かって落ちる大剣は速く、不十分な体勢となった鷺森の身体はその場から動けずにいた。


「セィ゙ッ!!」


 力強く声を発した鷺森が自身の頭上に向かって膝を突き上げ、腹に向かって落ちてくる大剣の面に、タイミング良く膝を激突させてていた。


 真横からの力を受けた大剣が意図せぬ方向に弾かれ、両手で握っていた柄を弾かれた衝撃で片方の手が離れるも、残った手で吹き飛ぶ剣を掴み留めていた。



――しかし体勢を崩した鷺森の未来は、途絶える事から逃れてはなかった――



 矢を突き出した望奈に反撃を行わず。鷺森が友宏の攻撃に対応した時間は、宙で動きを止めたも同然の心臓を望奈が矢で突き刺すには、余りにも長かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る