140.強し


 横列の進行を待っている間に、誰が敵を倒すかの話し合いが行われ、一匹なら泉さんが挑戦し、二匹なら友宏、三匹なら望奈さんが戦い、それ以上は俺という事で話は纏まった。


「時葉さんは良かったんですか、戦わないで」


「私も、皆さんみたいだと?」


「そんな事ありませんよ。ただ、どう考えてるのかが、気になったので」


 良くも悪くもマニュアル化されてる人は、自分の意見を言わなくても回る場合は言わないし、雑談には混じって来ないからな。


「理由を付けるのなら、身体はいつでも動かせますし。ここ数日は休んでる訳では無いので、衰えるどころか適応に向かってるので、気休めが欲しいと言った所でしょうか」


「なるほど」

「それに死物狂いで戦わせて、放置された。なんて事も在ったので、色々あるんです。色々と、」


 表情も声色も変わってないが、向けている目だけが段々淀み、俺はそれに触れてはいけない気がする。


 何でだ…


「休める時に休んでいて下さい、日頃から任せっぱなしなので」


「…はい」


 それから歩いても、敵がそう現れる事も無く。


 友宏が目を凝らして見つけたクローマウルフも、一匹しか居らず。事前の取り決め通り、泉さんが張り切って前に出ていた。


 凄く心配だ。


 緊張するどころか、変わらずやる気に満ちているが、そもそも戯れ付くだけで、一方的に押しされそうな体格差だ。


 殺意を持って前足を押し込まれれば、その時点で鋭い爪が食い込むか、肋を折られる姿しか想像出来ない。


「こりゃッ。おいでッワンちゃん!」


 本人だけが大型犬を呼び寄せるノリで、俺を含め他の者は一瞬たりとも目を離さずに、即座に戦闘に関与する姿勢だった。


「グゥゥ……ヴァッン」

 

 いつもより犬っ気が強いクローマウルフが片足で泉さんを踏み倒す姿勢で飛び掛かり、姿勢を低く構えた泉さんは、解体用のナイフを握りしめていた。


 右手に構えたナイフをギリギリの所で動かし、切っ先を立て上に構えたまま小さな身体は下に潜り込み、向かって来るウルフの腹を立てに切り裂いていた。


「シュッズシャァァ~」


 この子ヤバいだろ、それ掛け声じゃないよね?物騒だよ?ゲームじゃ無いんだら、自分で言わないで。


「ュグゥ…」


 四本脚で着地はしたものの、許容できない血が溢れ落ち、地面に落ちた血に引きずり下ろされたように、その身体も地面に倒れ込んでいた。


「えぐいな」


「あれだアレ、絶対に対象年齢まもらないで、ゲームする部類だ」


「いや、俺らも人のこと言えないだろ。それだと」


「大丈夫ですよ、今の世界に。そもそも年齢制限はありませんから」


 時葉さんがそう言ってしまえば、もう終わりな気がするし、自衛隊がいつまでその義務を負うのかだ。


 正直俺は、自衛隊の人が今すぐに自由に行動しても文句は無い。それよりも初動で、ある程度の人を避難所で守ったり、住宅街で囮を努めただけで、責務としては十分だろ。


「素材~そざぁぃ~」

 

 仕留めた獲物を捌き始め、泉さんが手を真っ赤にさせていた。


「また敵よ」


「今度は何匹ですか?」


 真っ赤な子供を見守ってる間に、望奈さんが敵を見つけ、俺は問い返していた。


「一本ね」


「ぽん!?」


 返答を聞き、聞き間違いを疑った俺が直ぐに首を動かすも、望奈さんが見ている先には、確かに一本の動く木が居た。


「げぇ」


 友宏のその声だけで確信には足り、一度戦った俺と友宏の、間違いであってほしい気持ちは、消え去っていた。


「一体なら、私ですね」

「待てッ」


「ッわ―、もぉお千田さん、脅かさないで下さいよっ」


 呑気に距離を詰めようとした、泉さんに向かって叫んで止め、驚いた泉さんが敵から目を逸らして此方を見ていた。


「まえ見ろッ」


 訓練をしてなければ人は、その状況に応じて反射的に叫んだりするが、受け取る側も慣れてなければ、戦闘中でも振り向いてしまう事を、小学生相手に忘れていた。


 それでもまだ5m以上は、敵と泉さんの間には距離があったものの、泉さんが俺達の方を振り向いた時には、しなりながら直線的に伸びる、一本の細い蔦がその背後に見えていた。


「やぁ――」


 敵の方を向き直すも、生易しい速度とは程遠い攻撃を、彼女が避けれる筈も無く。友宏と時葉さんが駆け出しながら叫び、


「彩寧ッ!」

「泉さん!避けてッ」


 俺と望奈さんは攻撃に移っていた。


 泉さんの瞳に向かって伸びた蔦は、既の所で何かに防がれ。壁に向かって投げた枝が飛んでいくように飛び。


「アロー」

「射…」


 俺と望奈さんが放った攻撃が、その蔦を射貫いて切り分けていた。


「いまっ」

「何が起こって」


 荷物持ちで持たせた、ドクロンを知らない二人が戸惑い。一瞬動きを止めるも、素早く動いた時葉さんは泉さんを抱きかかえ、下がっていた。


「わたしぃ、あれ…」


「泉さん怪我はありませんか?!」


「えっ、あっ…はぃ」


 まだ混乱してるのか、話す泉さんの声は静かで、どこか上の空という状態だった。


「良かったです。暫くは下がって、休んでて下さい」


 






 



 

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