132.小さな指導者


「どうも、です」


「何だ大塚さんでしたか」


 泉さんの後ろに見えていた人影は、大塚妹さんだった。


「何だって、ちょっと酷くありません」


「ごめん、ごめん。ちょっと今は、出会う人によっては、生命の危機に脅かされていますので」


「そんな波乱万丈がっ」


「そうなんです」


 何気に話に乗ってくれた妹さんが手で口元を隠し、大袈裟に身体を動かしていた。


「ですので、早めに中に入りましょうか。泉さんも今日はお願いしますね」


「はいッ、任せて下さい」


「ご覧の通り、君達第一加工部隊の指導役の泉さんだ」


「子供…」

「ロっ―…」


 女性が子供とハッキリ言い言葉を途切れさせ、男性の方は危うい発言を言いそうになり、隣に居た女性リーダーに睨まれていた。


「確かに見た目も中身も幼女ですけど、解体で言えば、素人百人程度の仕事量なら、やってのける凄腕なので、安心して下さい」


 実際、この子独りで大半の毛布の生産と加工を、してたのだから意味が分からない。まさしく努力チートだ、凄いよ。


「はぃ」

「分かりました」


 煮え切らない返事をされてしまうが、そもそも二人の名前が分からない。


「その前にお二人の名前を聞いても良いですか?」


「失礼しましたっ」

「すいませんっ」


 我に返った二人が急に頭を下げ、お辞儀した状態で動きを止めていた。


「うそ、何これ…九藤さん?」


 俺が九藤さんに聞こうとすると、今までそんな事は無かった筈なのに九藤さんが目を意図的に逸らしていた。


 うわぁ~ナニソレ。

 

 俺の事なんて言って広めてあるんだよ、怒らせたらヤバい奴?それとも単純に殺人鬼とか、そんな感じなのだろうか。


「私、千田さんを怒らせない様にします。此処まで怯えるなんて…」

「私も以後気をつけます」


 泉さんと妹さんが身を寄せ合いながら、声を震わせながら言っていたが、妹さんだけは口元が僅かに笑っている様に観えていた。


「で、名前は?」


 割り切った俺は、名前を聞き直していた。


「中村です」

「森田と言います」


 依然頭を下げたままの二人が名乗り、女性の方が中村さんで、男性が森田さんだったらしい。


「泉さん、この二人が加工部隊のリーダーだから、この二人には余す事無く教えてね」


「はい、分かりました千田さん。頼りないかもですが、よろしくお願いします、中村さんに森田さん」


「こちらこそ、「お願いします」」


 歪な光景が続くが、九藤さんの任命は正しく。中村さんや森田さんが子供に教わるだのと、文句を言う事態には転がらず。

  

 人が居なくなり慌ててた人達には、九藤さんが無闇に広めないように指示を出してから、俺達は他の加工部隊志願者が居るテントに来ていた。


 そのテントは昨夜襲撃の際に、子供達を収容した物の半分以下のサイズだが、それでも五十人が作業するには十分過ぎる広さに、昨日倒したクローマウルフが無数に積み上げられ、そこから離れた位置に十七名の男女が集まっていた。


 今から解体だって言うのに、臭いが辛いからって離れてたら意味が無いだろうに。


「皆さん集まって下さい」


 泉さんを、森田さんと中村さんに紹介した時点で、俺の役目は殆ど終わっており、妹さんと同じく今は数歩後ろで木に成り、九藤さんが離れた箇所に居る人達を呼び、話をしていた。


「お兄さんは寝てるの?」


「はい。お陰様で今はぐっすりです。いつもあぁなので、困ります」


 木に成った俺が口だけ動かし、友宏の事を聞くと。妹さんが寝ている事を伝えた後に、深夜の事を言及する声色は穏やかだった。


「いい兄さんじゃないですか。報告を忘れるのは、別として」


「そうなんですよね、あぁいう大きな欠点が無ければ。それなりの兄なんですよ」


「妹さんは」

「千田さん。妹さんと呼ばれるのは悪い気はしませんが、どうせなら優李ゆりって呼び捨てでお願いします」


「それじゃ優李さんは」

「あの千田さん。聞いてました?呼び、捨て、ですっ」


 今更になって変な所でこだわり出したが、これ以上こちらとしても、このやり取りを繰り返す気は無いので折れる。


「で、優李は後任見つけてるのか?」


「後任?何でですか」


 まさかあの兄は自分が離れる予定である事も、言って無いのだろうか。


「君の兄さんは此処から出て行くつもりでしょ」


「あぁあの、仲間がアキバに居るんだぁああって奴ですか?私は、半信半疑だったんですけど、千田さんは本気だと思ったんですね」


 ごめんなさいね。

 だってそれ決めたの俺だもん…


「どうして半信半疑だったか、聞いても良い?」


「ぅん~ん、実は私も、ちょっとはゲームとかやってて。その兄の仲間の人とも何度かは一緒にやったのですが、一癖も二癖もあり過ぎて、狂ってると思ってた兄が可愛く観えてました。そんな人達が集まるって言っても、本当に来るのかすら分かりませんし、ゲームが上手いからって、今生きてる保証も有りませんからね。それなら現状のままで良いかなって、昨日までは思ってました」


「昨日までは?」


「だって千田さん達みたいに、大勢の人達が来て。外じゃ他の人達は沢山死んで、誰も居ないかもって思ったりしてたのに。私も会えるかもしれないなら、行ってみたい気持ちにも成りますよね」


「兄の仲間に、会いたい人が居るの?」


「兄の話では居るらしいです。それもアキバ目指してるとか、何とか言ってました」






 


 

 

 

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