95.

「真っ暗だな」


 空を見上げ呟き、溢れる息は白く、そんな事を認識した頃には、数分は経ったと、感覚的に思っていたが、そんな事はどうでも良かった。


 今は、この静かな空を、静かに眺める事を妨げた、無数の足音と、気色悪い声を消し去るだけだ。


 そのまま消え去ってくれてたら、ゴブリン共に感謝してたかもしれないが、聞こえてくる足音は大きくなり、その数は増える一方だった。


「マジックアロー」


 寝返りをしながら矢を放ち、うつ伏せになった俺は、更に矢を放った後は起き上がり、繰り返し矢を飛ばしていた。


「マジックアロー」


 放たれた矢が先頭のゴブリンに命中するのは見え、その後続を何匹倒しているのかは、距離が離れていて分からなくても、俺は矢を放つ事を止めなかったのは、一目向ければゴブリンの数は減っており、その勢いが減衰していたからだ。


「マジックアロー」


 矢を何度も、何度も、ゴブリンが立ち向かってくる限り放ち続け、何十回と繰り返してるいると、静かな夜が戻っていた。


 無策とは考えたくは無いが、あれとの戦闘がな。


 視線を横に向け、一目鎧のゴブリンを見てから、俺は歩き出していた。


「何処に居る‥」


 敵の強敵らしい鎧のゴブリンは倒し、残る厄介な相手は額に宝石が埋まっていた大型のゴブリンだけだが、一緒に居た筈の鎧のゴブリンの近くには居らず、その後も流れ込んで来た雑魚ゴブリンの指揮もしていなかった。


 考える思考に靄が掛かり、そうかと考えても直ぐに消え、纏め上げる前に思考が散らばり、頭痛だけが残り続けていた。


「はぁぁ...」


 目の前に居てくれれば戦闘だけで済むのに、居ない事がこれ程までに苦痛になるとは思いもしてなかった俺は、苛つきを吐き出し抑えようとしていた。


「落ち着け、落ち着けよ。焦っても意味ねぇだろ」


 取り敢えずで歩みを向けていた、基地内の避難所を目指し、辿り着いてから考えようとしていた。


「そういえば、ドクロンの奴は何処で何をしてるんだ―」


 彼奴が居れば‥‥違うな、それを言うなら


「離れたのが間違いか」


 戦闘が行われてた場所と避難所は、距離で見ればそう離れてはいなかったが、間には格納庫や建物があり、それを迂回して、ようやく避難所に俺は到達していたが。


 避難所になっていた倉庫の入り口に目を向ければ、大量のゴブリンが半円形状に積み重なり、外から見た俺は、緑色の土嚢がバリケードとして積まれてるのかと錯覚した程に、綺麗に死体が折り重なっていた。


「こんなに攻めていたのか‥」


 数千を超えるであろうゴブリンの死体に向かい歩き、階段となっていた死体を踏みつけ、ゴブリンの壁を上っていた。


 やはりと言うべきか、上った先からは見えてなかったゴブリンの死体が地面一杯に広がり、開け放たれた倉庫の入り口には、武器を持った人が立ち並び、その中心には一つのバックがポツリと置かれていた。


「千田さんっ!」


 立ち並ぶ集団の中から聞き覚えのある声が聞こえ、集団から一歩前に出て来た数名に目を向ければ、避難していた九藤さん達五人が立ち、その中には片足を庇いながら立つ華憐の姿も見えていた。


「皆さん無事でしたか」


「えぇ、このバックのおかげで」


 近寄った俺の言葉に九藤さん反応し、答えてくれたが、やはりドクロンが入っているバックを不思議そうに見ていた。


「中は見てないんですか?」


「それが張り紙が‥」


「張り紙?」


 なんの事を言ってるのか疑問に思った俺が動き、バックの裏っ側、倉庫の中から見える位置に、「動かしたり中を見たり鞄に触れると、スキルが解除されます」と書かれた紙が確かに貼られていた。


「そうですか。‥‥よっと」


「あぁああッ千田さん何を―」

「ぁあッ!」

「千田さん動かしちゃ―」


 急にバックを持ち上げた俺を、周りの人達が止めようとするが、時すでに遅し、というよりも動かしたら駄目なんて条件は無い。


 そんなのは、望奈さんがドクロンを見られず、ドクロンが力を使い守れる状態を作る為に書いた、都合の良い条件なのだから。


「まぁ俺のバックですし、そんな険しい顔しないで下さい」


「やっぱり、千田さんのでしたか、見覚えのある物でしたので、もしやとは思っていましたが、助かった事に変わりはありません。有難うございます」


「いえ、皆さんが助かったのなら‥‥置いた甲斐が、ありますが、もう必要無いでしょう」


「それは、戦闘が終わったと、言う事ですか?」


「いえ、ですが終わらせて来ます」


 此処に居ないのなら、あのゴブリンはもう一箇所の避難所に居るのだろうが、最悪過ぎてもう訳が分からん。


「千田さんそんな事より、先輩は何処ですかッ!私の先輩はッ」


「そんな事って‥お前なぁ」


「黙って、何処に居るんですか!?」


 白浜さんの勢いは凄く、口を挟んだ九藤さんを一瞬にして黙らせていた。


「‥‥‥向こうに居る、心配なら行くと良い」


「ありがとうございますっ」


「おい、待てッ」

「勝手に離れるんじゃ」


 誰からの了承も無いまま、俺に礼を言った白浜さんは走り出し、九藤さん達が慌ただしくなり、目立っている隙きに静かにその場を後にしていた。


 その場を離れた俺は、バッグを肩に下げ、もう一つの避難所に向かって歩いていた。

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