94.

「冷…たいっ」


 動かした手が、頬に触れ、触れた肌からは異常な冷たさだけが伝わって来る。


「嘘だろ‥」


 触れ続ける手からは絶え間なく、冷たさだけが感じされ、認めたくない肌の冷たさが死を脳裏に焼き付けていた。


「どうして―」


 もう片方の手で、望奈さんの腕を掴み、自然と下がった額は望奈さんの肩に置かれ、頬を触っていた手は下がり落ち、両手には力が加わっていた。


 頭の中の思考が真っ黒に染まり、何も考えられない時が過ぎ、ようやく自分が力を入れていた事に気づき弱め、望奈さんの腕を掴んでいた左腕に意識が向いていた。


 無意識に位置をズラした手は、望奈さんの手首を綺麗に掴み、脈を感じようと触れていたが、脈を感じ取れ無い時間が一秒、また一秒と進み、早まる鼓動と呼吸だけが鮮明に感じ取れ、更に邪魔をしていた。

 

「落ち着け、落ち着け、落ち―」


 反射的立ち上がろうと、膝を伸ばした身体は、言う事を聞かず、起き上がりきれ無いままバランスを崩した身体は前に倒れ、咄嗟に伸ばし手で身体を支え、視線を下に落とすと、既に近かった望奈さんとの距離が更に縮んでいた。


 一人で戦って。

 例え勝ったとして。

 俺に何が残るってんだ。


「何もない...」


 俺が選んだ平穏な生活は、神に壊され。


 訳も分からないままゲーム感覚で最初は戦い、その場で得られていた戦闘の高揚感は、その時は神が行った理不尽さすらも忘れさせる程だったのに、慣れていくにつれ、今となればそんなのは、何処にも無く。


 残されたのはだけだ。


 世界が壊れてから、俺は望奈さんと出逢い、ずっと一緒に居た望奈さんは、俺の中では最初っからそれが、支えに成っていたのかもしれない。


 直ぐに話せる環境が出来、独りという不安を感じる間も無く戦い、一緒に冗談を言っては走って逃げ、敵と戦う時も連携して仲間になって、命を助け助けられる間柄に成っていたのに、俺はその事を何処かで切り分けていた。


 姿勢を起こし、両膝を突いた俺は、目を瞑り再び騒ぐ鼓動を抑えていた。


「こんな状況になって、やっと気づく事が出来ましたが」


 失ってから気づいた遅さには呆れるが、お陰でこの気持を疑う事無く言える事には、感謝したいとさえ、思っていた。


「俺は、望奈さんの事が好きです」


 一方的に気持ちを伝え、返って来る筈の無い返事を待つ間を置き、目を瞑りゆっくりと立ち上がった俺は、見下ろす事無く振り返っていた。


「さてと‥」


 軽くはなった。


 後は抑えるだけだ。


 今から行うのは単純な殺し合いだ、そこに怒りや恨みは必要ない、必要なのは敵を殺す事だけを考えた機械の様な思考だけだ。


 自分の気持ちを多くは入れるな。


「後の事は、その時に考えれば良い」


 言い聞かせた身体はとても軽く、何も考え無いで真っ直ぐ進むだけの足取りは速く、鎧のゴブリンの近くに行くのに時間は掛からなかった。


 ゆっくりと歩き迫ってくる此奴を見た時は、急いで立ち上がろうとしたが、最初っからそんな必要も無かったのかもしれない。


 意図的に俺をあの場所に飛ばし、俺の反応を見て楽しみたかった。そう考えれば考える程に、此奴が追撃を行わずに立ち止まった事や、今も呑気に憫笑らしき笑みを浮かべてる事にも、全てに納得出来てしまう。


「楽しかったか?」


「ギィ―」


 遠目で鎧のゴブリンが、憫笑らしき笑みを浮かべてるのを見ていたが、近づいた俺がその表情は確認しようと顔を上げ、ゴブリンと目を合わせたが、ゴブリンの表情は何の面白みも無くなっていた。


「期待に添えず悪いな」


「ギィィイッ!」

 

 俺の一言をきっかけに鎧のゴブリンは豹変し、静止していた状態から一瞬にして攻撃に移っており、右手に持った剣を振り下ろし、俺の首を刎ねようとしていた。


 それを見たからと、別に変な動きをする訳でも無く。身体を脱力させ、自然と布団に倒れ込む様に身体を前に倒し、ゴブリンの攻撃を避けていた。


 攻撃を避け、身体が倒れる中で、肘を曲げ上がってきた手の平が、肩の位置に届いた時には既にゴブリンに向けられており、口から出ていく空気が、音に変わっていた。


「マジック・アロー」

 

 瞬く間に形成された矢が放たれ、剣を振るい、身体の側面を俺に向け、無防備となっていたゴブリンが防ぐ事無く、矢は、ゴブリンの側頭部に、深く突き刺さっていた。


 呆気ない。


 矢を放った身体は地面に倒れ、鎧のゴブリンが遅れて倒れる。


 俺を見て拍子抜けしてたんなら、お前の負けだ。


 人や動物、例え魔物だろうと生物が、戦いに感情を深く入れた方が負けだ。俺がお前を憎む気持ちを抑え、切り替えたのにお前は、俺を観てからというものの期待外れが通り越し、自棄になって斬り掛かって来るんだから‥


「がっかりだよ‥」


 地面に倒れた身体を仰向けに変えると、閉じかけた瞳には、暗い夜空だけが光無く映っていた。





 


 

 




 


 




 

 




 






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