92.
降り落ちる大量の矢が、空を押し退け、光と共に迫り来る光景を目にし、我に返った時葉の行動は早かった。
何処にでも居るゴブリンに手を伸ばし掴み、瞬時に首を捻り上げ殺し、屈み込んで身を縮めた自身の上に乗せる。
「いっやぁあ――」
ようやく我に返ったゴブリンが動き出し、膝を完全に曲げた時葉は小さく、ゴブリンでも横顔を蹴れる位置にまで下がっていた。
しかしゴブリンはそんな事をする筈も無く、同族が女に乗っかってる姿を目にしたゴブリンが、我先にと次々に時葉に飛び付き上から覆いかぶさっていく。
「「「「ギャ"ャ”ャ"ァッ――――」」」」
時葉かかる負荷がグンと増した所で悲鳴が聞こえ始め、更に身を縮めるが上に重なるゴブリンを押さえる手で耳は塞げず、重なるゴブリンの断末魔が血と肉と骨を伝い、逃げ場の無い音が鈍さを増して脳に響く。
「いやいやいあやいあいいあやいやいやいやいっ‥もぉおいっやぁああああああああああッ!」
ゴブリンの断末魔が減り、うめき声が明確に聞こえ始めたと思えば、ゴブリンを支える両の手からベッとりと伝わる液体を感じ、頭皮に垂れ落ちた時には既に、時葉は全力で身体を起こし、周囲のゴブリンを勢い良くどかしていた。
「はぁぁあっ、はぁ、空気が新鮮‥‥」
「あ、生きてた」
ゴブリンの死体が他より盛り上がる中央から、上半身を出した時葉が一呼吸する中、近づいていた望奈が悪びれもなく話しかけていた。
「あの~一応、さっきの攻撃は緋彩さんですよね?」
「そうですが、何か問題ありました?」
「‥‥‥いえ、問題ありません」
一切の悪意と心咎めを感じさせない望奈に対し、段々と文句を言うのも違う気さえ感じた時葉が、自然と折れていた。
「私の経験値が‥」
「何か言いました?」
「いえ。それにしても相変わらず強いですね」
「どう致しまして。でも見ての通り彼奴には効かないんですよね...」
ゴブリンの体皮と血で染まった戦場の中で、一匹のゴブリンを中心にゴブリンが密集し、一定の範囲を堺にゴブリンは無傷のまま、血の海の中に点在していた。
「あの壁、嫌なものね」
「あの杖持ち厄介ね」
「お先に」
「えっ、ちょっ」
時葉が立ち止まって声を出す間に、逸早く駆け出した望奈は、一番近いゴブリン目掛けて全力で動いていた。
「速っ」
同じ女性としてか、軍人としてかは分からないが、望奈に先を越され、負けずと直ぐに走り出していた時葉だったが、追い付くどころか、追う背中は小さくなり、既に戦闘態勢に入っていた。
望奈の手には一本の青白く光る矢が握られ、反対の手に持つ弓で放つのかと思いきや、その弓を無造作に放り投げ、手元から離れた弓は何処となく消えていった。
「‥‥ッ」
矢を前に突き伸ばし跳躍した身体は、ゴブリンが密集する手前で、鏃が何かに触れる感触と共に向きを変え進み、曲がると同時に跳躍し望奈がゴブリンを飛び越え、頭一個飛び出ている杖持ちに、手に持つ矢を突き刺し反対側に着地していた。
「まず一匹」
他のゴブリンを放置したまま走り出し、次の杖持ちに向かい、追いかけていた時葉が着いた頃には、通常のゴブリンだけが残されていた。
「先を越されたとか、そんな話しじゃ無かった。速すぎるけど、今はそれよりも」
残されたゴブリンに攻撃を仕掛け、敵を一匹でも減らし、自身の経験値にする事に意識を切り替え集中していた。
「二……‥‥間に合わない」
話すよりも殺す方が早いと考え、即座に杖持ちだけを狙い倒してた望奈だったが、敵が攻撃に入るのに何十秒も待つ筈は無く、パッと見ただけ六匹以上の杖持ちが攻撃に切り替えていた。
それも望奈や時葉を狙った矢の角度では無く、その後ろに居る防衛人を狙う向きで矢が次々に現れていた。
「これでさぁッ―」
ゴブリンを飛び越え、三匹目を仕留めようと、跳躍していた望奈に何かが飛来し、咄嗟に矢を身体に重ねるが、耐えきれ無かった矢は折れ、矢を折った攻撃が身体に食い込み、滞空していた無防備な望奈を押し飛ばしていた。
「緋彩さんッ!?」
飛ばされ地面に接着しても、地面に跳ね返りながら転がり、十数m程転がってようやく止まった望奈が首を必死に曲げ、攻撃を喰らった箇所に目を向けていた。
「ぃし‥」
感覚が殆ど無い望奈は、自分の身体が折れてるのか、脱力して曲がってるだけなのかすら分からず、ただ拳程の石が身体に半分程めり込んでるのを目にしていた。
「緋彩さん!起きて下さいっ!誰か救護をッ‥‥」
叫んだ時葉が仲間を呼ぼうと振り向いたが、望奈が戦闘不能になった時点で敵の攻撃の手数が減る可能性は無きに等しく、望奈が一人で放った矢と同等かそれ以上の矢が、無情にも仲間の隊員達に降り落ち、矢が通る瞬間の光の中で大量の血が赤い霧の様に舞っていた。
「無理。勝てない。こんなの‥どうやって…‥こんなの、無理ですってっ...」
ゴブリンに目を向ければ遠くには、一際は大きいゴブリンがいつの間にか居り、鎧が微かに光を反射し動いていた。
「誰が諦めて良いと言った、馬鹿者ッ!」
声が聞こえ、ゆっくりと再び後ろを振り向く、仲間の血で染まった場所から声がした、生きてる者が居た、そう思った時葉の中で何かが突っかえて居たが、振り向きそこに立っている人物を一目見て合点がいった。
「すぅ!?叔―陸将なぜこんな所に…‥此処は危険です、早く戻って下さいッ!」
戦場の最前と最終を兼ねる場所、だから出て来たなどと言われても、納得出来る者は少ないだろう。
「戻ってどうなる。簡単だ、何も変わらん。我々自衛隊がこれ以上後ろに下がる場所なぞ無い、あるのは市民が批難する場所であり、我々の居場所では無いッ」
限界まで張り上げて叫んでいた大島の声に代わって、駆動音が聞こえ始めると同時に、足元から振動が伝わって来、積み上げられた土嚢から砲塔が次々に姿を現した。
「戦車連隊、構え―――撃てぇえッ!」
一発一発が、大きな音を出しながら地面に衝撃を加え、奥に居た鎧のゴブリンの近くに着弾した箇所から、激しい爆炎が上がり、発生した振動と音が重なり増幅され、音と振動が広範囲に広がっていった。
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