91.
「数が多過ぎます持ちませんッ」
「そんなの見れば分かるわよっ黙って撃ち続けなさい!」
千田と話を終えた時葉は、ゴブリンと睨め合っていた最前線に赴いていた。
しかし、時葉がその場に来るなりゴブリンは慌ただしく動き始め、数分もしない内に押し寄せて来たのだ。
「もぉ私が来るタイミングでぇえ何よッ」
「危険ですから戻って下さいッ!」
「私諸共撃ちなさい、どうせ死にはしない」
隊員からの制止を振り切り、人の背丈程の高さまで積まれた土嚢を飛び越え、戦火の飛び交う中に入り混んだ時葉は既に走り出していた。
「お前ら当てるなよ!援護しろッ!」
飛び出した時葉の左右に弾が集まり、その部分だけゴブリンが尋常じゃない速度で倒れていき、時葉が横に並ぶ十数匹のゴブリンに突っ込もうとも、それらの後続を倒し続けていれば左右から挟まれる可能性が減っていた。
「私が多く殺せばっ…」
死地に飛び込んだも同然の時葉の援護に回った隊員達の行動は正しかったが、無謀だと分かっていても、時葉自身は囲まれるならそれで良いと思っていたのだ。
「死を持って、償えッ」
真正面から素手で向かい、中央に居たゴブリンに決めた掌底がめり込み、勢い良く吹き飛んだゴブリンが他のゴブリンも巻き込み、一撃で数匹が姿勢を崩す。
「「ギィイっ!」」
中央のゴブリンを飛ばそうとも左右にはゴブリンが無数に居り、左右の二匹が直ぐに飛び掛って来る。
「お前らが死ねば…」
左右から飛び来たゴブリンの首を鷲掴み、周囲のゴブリンが硬直するや否や、掴んだゴブリンで近いゴブリンを叩き付けていた。
「助かる人の命がある!」
無造作に掴んでいたゴブリンを投げ飛ばし、立っていたゴブリンが受け止めきれず倒れ、追い打ちを掛け蹴り飛ばして行く。
「ギッィィ…」
数は少なかろうとも周囲を囲まれ、援護する側は不安が募る中で、時葉だけがその状況を望んでいたが、変わりつつあった。
近くの一匹に攻撃を仕掛け殴れば、後ろのゴブリンに殴られるか引っ掻かれ、腕を後ろに振るいながら振り向けば、また別のゴブリンに攻撃され、その攻撃で死ぬ事が無くとも、攻撃されれば服は破け、裂かれた皮膚からは血が滲んでいた。
「様に‥」
群がるゴブリンに、力一杯身体を動かせば手足が当たり勝手に倒れる、当たりどころが良ければそのまま動かず、生きていても起き上がるのには数秒要し、その間に次々に攻撃を繰り返す。
人相手に身に着けた型など程んど役に立たず、力任せに立ち回るしか出来ない歯痒さが込み上げ、集中力を欠かせていた。
「ぁ”」
背中を打たれ、漏れ出た空気が音に変わり、即座に反応した時葉が仰け反る姿勢から、後ろのゴブリンを右足で蹴り飛ばし、勢いを使い今度は左足で前のゴブリンを薙ぎ払っていた。
「無傷だなんて不可能でしょ‥‥」
報告で聞いた話しを考え、実際に見た訳では無いその光景を考え、一般人に出来たのなら、訓練を受けた自分なら出来ると考えていた時葉だったが、既に何度受けてしまったか分からない攻撃を感じ、冷静さを取り戻し始めていた。
「一旦離脱したいわね‥無理そうだけど」
周囲はゴブリンに囲われ、一直線に向かったとしても百は居そうな程に緑で覆われ、どの方向を見ても地面が見えず、緑色の丸い頭が見える光景は控えめに言っても最悪だった。
「まぁ、良いんだけどね。私一人でゴブリンが止まるんなら」
侵攻するゴブリンの中に立ち続ける異物、それを排除しようとするゴブリンは多く、通常のゴブリンの倍に近い人間が立っているだけで目立ち、時葉がゴブリンの標的になるのは自然で、囮としては十分に成していた。
「撃って撃って撃ちまくれぇええッ!」
大多数のゴブリンを時葉が惹き付けた為に、他の侵攻が多少は弱まり、隊員達の応戦だけで維持し続けていた。
「弾が切れた者は、続けぇえ白兵戦だぁ!」
「「「おおおおぉっ!」」」
一人の隊員の声に反応し、他の者達が叫び、交戦の音が入り混じる騒音の中で、小さく冷静な声が隊員達の耳に自然と響いていった。
「あの、申し訳ないですが、待ってもらっても良いですか?」
長い髪をなびかせ、背丈と殆ど変わらない長さの弓を携えた彼女は、死地に飛び込む者達の熱を、たった一言で下げていた。
「緋彩殿それはどういう事でしょうか、我々は直ぐにでも先を行く仲間の援護に」
「それを待ってって、言ってるのよ。止めても行きたいならどうぞ、その場合私の攻撃が当たっても私は認知しませんので」
そこまで言い終えた望奈が隊員達をかき分け進み、あと一歩で土嚢から降りる所まで来ると立ち止まり、弓を上に向け構えていた。
「
夜空に次々と現れる光る矢を目にした者、全てが動きを止め始め、迫り来るゴブリンさえも立ち止まり上を見上げていた。
「まぁゴブリンが耐えられるんなら、あの人なら死なないでしょ、多分だけど…」
弦が引かれ、かけていた指が外される。
何百、何千とも分からない矢が夜空を突き進み、数秒の時を経て矢の切っ先が下を向いたまま、勢い良く降下すると共に、辺りの明るさが戻って来る。
「あっ死ぬやつじゃん、これ‥‥」
ゴブリンと同じ場所に位置する、時葉は夜空を染める光の群れを見ながら、立ち尽くしていた。
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