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「どれ程殺める気だ」


 重たく問われても俺は変わらず、答えられる事を言うだけだった。


「勝てる可能性が見える限りは」


 勝つにはやるしかない。逃げる最中殺した馬鹿は恐らく、Lv11以上だった筈だ。本来相手がゴブリンだけなら上がりようが無いのに、奴は上がっていて奴が行った事と言えば、人を殺した事だ。


 人から得られる経験値には区分が無いのなら、もうそれを行うしか無い。


「容認は出来ない」


「誰も容認して欲しいとは言ってません。ただ黙認、して欲しいだけです」


「それなら何故、私に言う必要があった。何かして欲しいからであろう」


 声色に怒気が入り交じり話した大島さんが、刺すような視線を俺に向けていたが、組んだ手が震え机を微かに揺らしていた。


 俺を殴り飛ばしたいのか、大島さんの中で決断出来ずにいるのかは不明瞭だが、理解を得られようが得られまいが、生き残る為に実行する事は決まっている。


 もし理解を得られない場合は、ゴブリン共々、全ての人間を殺す事すら考えなければならない。


「真相を知る者が居るか、居ないかですよ」


「千田くん」


「はい?どうか…」


 席を立った大島さんが俺を見る。ただそれだけで気圧されてしまい、勝手に下がろうと無意識に動い足を、意識し戻していた。


「急に席を立ってどうしたんですか?」


 言わざるを得ない状況を作られ平然を装い話すが、ここで引けば俺は、この人を先に殺めなければならなくなるが、それは好ましく無い。


 だから殺す気で向き合うのだ。


「なに、こんな大事な話をしてるのに、私だけ座ってるのはどうかと思ってね、それに君は軍人でも無いのだから尚更ね」


 俺の記憶に、大島さんと立って話をした記憶は無く、頭一個分俺より背が高い大島さんの迫力はいつもより増していた。


「他に方法は無いのかね」


「あるなら‥‥あるのなら俺が知りたいぐらいですよ」


「それもそうか、なら私も前線に出て一緒に戦おうかね」


「冗談を、事務仕事ばかりで鈍ったんじゃないですか?」


「試してみるかね?」


 応じたその瞬間に、殴り掛かって来そうな大島さんが、人の悪い笑みを浮かべていたが、割に合わない戦闘はこれ以上行いたく無いので御免被りたい。


「五分に届きそうだからとかじゃなく、半分以下なら基本的に勝負しない主義なんで、俺は」


 やんわりと断ると、残念そうな表情を浮かべられるが、そんなにやる気だったとは思ってなかった。


「私も勝ち越せない勝負は好きでは無いが、この際気にしないと思ったのだが、残念だ」


「またの機会に」


「その時は、私が遠慮させてもらうとしよう。何せもぉ勝てないだろうからね。長話が過ぎたが一つだけ、確認させてくれたまえ」


「何でしょう」


「君は無差別に行うつもりかね?」


「いえ、違うますよ」


「そうか…」


 大島さんの口から続く言葉は無く、俺は一言伝えてから、天幕を出る事にした。


「大丈夫ですよ、俺も人を辞めたつもりはありませんから」


「そうだと良いがな」


 外に向かって歩く俺に、大島さんが言葉を投げ掛けるが、俺は足を止めずに歩き、天幕の外に出てから一度足を止めた。


「やっと出て来ましたか。叔…陸将と、何の話をしてたんですか?」


 天幕から外に出ると、少し離れた場所の壁に寄りかかり、待っていた時葉さんがこちらに近づき話し掛けてきた。


「出待ちとは、時葉さんにそんな趣味が」


「趣味じゃありませんから!それより、誤魔化さないで教えて下さい。何を話してたんですか」


「機密事項です」


「なッ、何言ってるんですか!教えて下さい」


 そう歳は変わらないと思うが、この年齢の女性はオッサンと青年の会話に興味があるのだろうか。いやそれはそれで、怖い。


「時葉さん」


「はい、何ですか」


 この人なら何方を選ぶのだろうか、俺は目の前に居る時葉さんを見て、無性に好奇心が駆り立てられ、質問をしていた。


「時葉さんは、歩道橋問題をご存知ですか?」


 俺の言葉を聞いて一考した時葉さんが、事件や事故の話を持ち出すので中断させ、否定しながら教える。


「違いますよ。流石にトロッコ問題は知ってますよね?」


「えぇ、一人か五人、何方を選ぶかよね‥」


 片腕を握り締めた時葉さんが、聞きたく無いのか目を逸らすが、答えを出せないのなら、俺がこれから何をするのかは教えられない。最悪気づく可能性もあるだろうが、答えを出せない者が何方にせよ止める事は出来ない、止めてる時点で逆の答えを選んだという事なのだから後は、答えの違う者同士、戦うだけだ。


「大部分がトロッコ問題に似てますが、一点だけ違うのが歩道橋問題です」


 間を空けてから再び話す。


「トロッコ問題が分岐の操作で選ぶのに対して、歩道橋問題は一人を路線に突き落としトロッコを止め五人を助けるか、何もせず一人を生かし五人を見殺しにするかです」


 本当に意地の悪い問題だと思う。


 分岐を操作し関節的に人を殺すか、直接手を下し人を突き落とし殺すか、この二つでは明らかに罪悪感が違う為、似た問題に思えても人が選ぶ答え違い、トロッコ問題なら一人の犠牲を厭わない者が多いが、歩道橋問題ではその一人の犠牲を許容しない者が多いのだ。


「ねぇ、突き落とすのは私達答え人なのよね」


「選択権があるので、そう捉える事も出来ますね」


「なら簡単よ」


 思いの外、時葉さんが答えを決めるのに、時間を要し無かった事に驚きながらも、俺はその答えを聞き微かに表情が動いていた。


「私が落ちて死に、止まる事を願うだけよ」













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