81.

 最初から其処に在ったと言われても、何ら違和感は無く、いつから居たのかすら、全く分かっていなかった。


「ギィ"ィ"ィ"」


 低くく重々しい唸り声を出したゴブリンは、目だけを動かし獲物を見定める様に俺たちを凝視していた。


「ッ…‥」


 微かに腕を動かすとゴブリンの目がギョッと向き、重なったゴブリンの視線はそれだけで、死んだとさえ錯覚させられる突き刺す視線が俺の動きを抑制し、誰も動けない中で、ゆっくりと手の平を上に向けたゴブリンの口元が少し緩んだ。


水矢ネルロースアロー


 挑発とも思えないその動作を見て、俺は反射的にスキルを放っていた。


 時葉さんを抱えたまま、手首の角度を変え放った矢は狙い通り飛んで行き、ゴブリンは横に動き矢を躱し、上に向けていた手の平を勢い良く握りしめた。


 足元が揺れ、一瞬にしてアスファルトに亀裂が入り、咄嗟に後方に飛びながら声を上げ叫んでいた。


「飛べッ!」


 周囲の地面が突出し、先程まで居た場所を囲い潰す様に、一瞬にして包み込んだ光景を目にし、精一杯の思考が更に違う部分に自然と向けられる。


 なんだそのスキルは明らかに過剰だろ、地面を操る魔法か能力か知らんがそんなのLv10に成ったばかりの俺は一生使える気がしない、ゴブリンも人と同じスキルを使うんだその逆もあるだろう、けどその力は一体何Lv何だ。


 地から足を離し着地するまでの間に考えをし、目を動かし周囲から情報を取れば望奈さんは遅れて飛び退いていたが、持ち前の速度が働き間一髪避けていた。


 到底勝てる敵じゃない。


 例え今誰かが犠牲に成ったとしても、倒せる気がしない。


 無理だ、逃げるか。


 地に足が着く前に自分に言い聞かせてからの思考は早く、着地し勢いが止まる頃には決まっていた。


「望奈さんッ投げて」


 俺の言葉を聞いた望奈さんが一秒要したか分からない速度でポーチに手を入れ、円柱状の物を取り出しゴブリン目掛け投げる。


「これに入ってるのッ!?」


 黙っていた時葉さんはそれを見て、次第に身体が動く様になったのか、俺の腰にあるポーチに手を入れ無造作に探っていた。


「何で手榴弾が無いんですかッ!!」


「ちょッ、望奈さん片目閉じてッ」


 文句を言いながら時葉さんは何かを勝手に投げ、その形状を一瞬見る事が出来た為に、何か分かり、望奈さんに注意を促す。


 戦闘中、それも相手は一秒で迫り来る。そんな奴相手に起爆までの時間が体感的に分から無い俺と望奈さんが、目を閉じる事は自殺行為であり、それを避ける為には両目じゃ無くとも片目は開けるしか無かった。


「魔術展開ー魔攻炎岩」


 投げた筒状の物から出た煙が辺を漂い始め、時葉さんが投げたフラッシュバンが空中を舞う最中、俺は魔術を発動させる。


 敵の間近でフラッシュバンが炸裂し、抱えられていた時葉さん以外は視界を失うが、俺と望奈さんは間を空けもう片方の目を開き、両目を抑え上半身を激しく動かしている図体のでかいゴブリン目掛け、炎の塊を飛ばした。


「望奈さん、走って」


 飛ばした直後に背を向け走り出し、時葉さんと望奈さんが有りっ丈のスモークをそこら辺に投げまくっていた。


「これで追いつかれたどうするんですか」


「死ぬだけです」


 間を開けずただ事実だけを告げ、抱えられた時葉さんが口を閉じた。


 当たり前だ、奴らが絶対に知らないであろう、フラバンを使い隙きを生み出し、魔術を食らわせスモークを使い逃げているんだ、これで追いつかれたら次なんて無い。


 例え時葉さんを放り投げ、ドクロンを置き、俺が足止めして望奈さんだけが最速で走って逃げられる可能性がやっと数%あるか無いかだろう、それにこの戦いの結末を考えるなら、優しさを自分の意志で捨てきれない望奈さんじゃ、勝てない。


 それからは誰も喋る事無く、一歩でも遠く、視界から遠ざかり、見えなくなる場所に向け、無我夢中で走り続けていた。


 そして数回角を曲がり、奴が見えなくなってから数分程走り、身体を動かせる様になった時葉さんを下ろし、全力で後先考えず走った俺は息を切らし、激しく呼吸すればする程に、真冬の寒さが喉を乾かし、口の中からは血の味がし始めていた。


「はぁぁ..はぁああ、はぁ....はあ、はぁ...最悪だぁっ...はぁ...」


「ねぇぇ、あの、ゴブリンの親玉、貴方は何Lvだと思ぅ?」


「甘く見ても、20以上じゃ、なんじゃ、ないですかぁ」


「そうよね…やっぱり、不可能だわ、こんなの。無理よ、私達、数時間前がやっとLv10に成ったのよ、今だってまだ11には‥‥‥嘘、何でよ‥」


 呼吸が俺よりも先に整って来た望奈さんが、言葉多く喋っていたが急に声色が変わり、声を途切れさせるのだった。


「どうしたん、ですか?」


 少し呼吸は安定してきたが、喉が痛く。声を抑えながら俺が聞くと、望奈さんは無言のまま俺の方を見ているが、その目は潤みを持ち眼振していた。


「望奈さん?」


 明らかにおかしい望奈さんの様子から、望奈さんが最後にしていた事を俺も行い、俺はステータスを開き一目見た途端、目を見開いてしまった。


【千田 本暁】 Lv11(501/1100)


 経験値が明らかに増えて無い。









  

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