79.
時葉さんの言葉を聞き、記憶の中にあった人物像が、遠くで人を殴り飛ばした奴とそれとなく重なり、時葉さんの発言を含めれば、例え確証が無くとも決め付けるには十分だった。
そして起こった事を理解し、全員が行動を起こすには僅かな時間が生じ、その時間で奴は、目の前に倒れる人の頭部を踏み潰しきっていた。
「嘘でしょ…止めなさいよッ」
暴挙に感化された時葉さんは、横列の端で起こったそれを止める為に、独りでに走り出していた。
「待ってくださいッ!」
俺が呼び止めようとも、反応する素振りすら無いまま、時葉さんは一直線に駆けいった。
「総員後退準備」
時葉さんが抜けた事に気づいた五島さんは、戦っていたゴブリンを蹴り飛ばし、指示を出していた。
「望奈さん、五島さん達の…支援、を………」
目が捉えたそれを、認識するにつれ言葉は詰まり、確信に変わった時には既に声は出ていなかった。
「あれ、って、」
有無を言わさない圧を放ちながら、悠々と歩くその大きなゴブリンは大きく全長2mは超えており、ガッチリとした体格に一部は鎧を身に着け、甲冑は無く代わりに一つの宝石が額辺りで、光を反射し光沢を放ち、その隣には片目が潰れた鎧のゴブリンまでもが、付き添う様に歩いていた。
「望奈さん走ってッ」
望奈さんの手を引き強引に走り出させ、足並みが少しでも整ったと判断した俺は手を離した。
無理だ、天地がひっくり返っても勝てない、あの鎧の奴だけなら、今の望奈さんと俺なら五分に近い戦いが出来るだろうが、それでも危うい。
それなのに何だあのゴブリンは、鎧の奴よりもデカく、明らかに奴より強い、そんなのが同時に攻撃して来たら最後生き残る事など不可能だ。
「一旦逃げます」
引き際に問題を一つ減らせたら御の字だが、それが無理だとしてもせめて、時葉さんだけでも回収出来れば良い。
二人が時葉の方に走ったのに対して、五島は動きを止め無線を取り出していた。
「
無線で送り返事を待つ事無く乱雑に懐に戻し、五島は走り出していた。それも千田達が向かう方では無く、鎧のゴブリンともう一匹に向けてだった。
「千田くん逃げてくれッ!」
振り向かず叫んだ五島さんは、更に速度を上げ二匹のゴブリンに立ち向かっていた。
「良いの!?五島さん助けなくても」
横を走っていた望奈さんが問いただして来るが、助けるも何も助けられない。例え今俺と望奈さんが全力で向かったとしても、助かるのは独りだろう。
このまま時葉さんの所に向かえば、二人、時葉さん引っ張れたら三人は助かるんだ、迷う事は無い、それに。
「行っても無意味です、勝てませんからね」
「そうね…ごめんなさい」
想定出来ただろう事を言ったつもりだったが、そうでも無かったみたいだ。
「俺が一瞬惹き付けます、その隙に望奈さんは、時葉さんを引っ張ってでも連れ出して下さい、それと援護も可能なら」
「分かったわ」
後から駆け出した俺達が先に接敵する筈も無く、時葉さんが既に敵の前に立ち、取り出したハンドガンを向けていた。
「沢山殺したわね、死になさい」
その人物は時葉さんが銃を向けようが、言葉を投げかけられても動く事無く立ち続け、薄気味悪い笑みを浮かべ時葉さんを見ているのだつた。
相手の反応を待つ事無く、薄気味悪さに駆られ時葉は引き金を引き、飛び出した弾丸は相手の眉間に着弾し、弾かれた様に頭部が後ろに仰け反り、顎が前面に上げられる
「痛い痛い。痛いなぁあ。ねぇ?お姉さんっ」
ゆっくりと顎を下げ、正面を向いた人物の眉間からは多少の血は流れていても、小一時間程で治る程度の傷だった。
「やっぱりもう玩具ね」
「あれ、無視する感じなの?連れないなぁ〜」
放り投げずに素早く銃を懐に戻し、相手の発言に反応しない為か、口を噤んだまま勢い良く肉薄した、時葉は顔を狙い、下から右足を突き上げた。
「ひひっ、ひぃひぃひっ…弱い、弱いなぁあおいッ!」
突き上げた足を片手で抑えられ、余りの力差からか常にそうなのかは分からないが、嘲笑い口調は既に舐め腐っていた。
「気持ち悪い」
突き上げ掴まれた右足の踵を左足で蹴り飛ばし、掴んでいた手が離れ、右足を蹴り飛ばした勢いで身体を一回転させ、時葉さんが少し下がってくる
いや意味わからん、どんなステータスしてたら出来るんだよ、普通無理でしょ。
「時葉さん引きます」
「無理です、此奴を殺すまでは―」
きっぱりと断られ、俺が言葉を返すよりも、目の前で未だにやにやと笑みを浮かべているそいつが食いついてきた。
「おっ、良いねぇやる気になって来たみてぇだなッ!」
「喚くことしか出来んのか」
「おいお前、俺は男には興味ねぇんだよ、引っ込んでろガキがっ」
俺の呟きを聞き取りキレ気味に言って来やがった。どうやら、此奴の頭は相当にイカれてるらしいな、それに誰がガキだって?人がせっかく注意してやったのに、これじゃまるで、意味が無いじゃないか。
「チャラ男なんか言ったか?」
「ぜってぇ殺す、逃げんじゃねぇぞガキが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます