65.一人


理屈ではこれから何をすれば良いのか分かっている、だけど実行するのを躊躇う辺り、まだ人間性を捨てきれてはいないのだろう。


MPが枯渇してる俺がゴブリンを倒す方法は無く、代わりに誰かが倒すしか無いが、ドクロンのMPは俺よりも更に少なく、残るわ望奈さんが敵を倒すしかなかった。


「鬼ッ!悪魔っ!こんちくしょの千田さんッ!私の先輩になにさせる気何ですか!!」


「誰が私のですって?」


「ひぃぃぃ、それは、その…言葉のあやと言うか、何と言いますか……それよりも、絶対にダメです!動いたら腕ちぎれちゃいますよ!絶対に!」


俺に罵倒を浴びせた白浜さんは、望奈さんに睨まれ段々声を小さくするが、また徐々に大きくなりながら今度ほ望奈さんに言い放っていた。


「別にまだ何も言ってないだろ」


「そんなの近づいて来たんだから、何か企んでるに決まってますッ」


そんな無茶苦茶な。


「それで、実際、貴方は私に、何を、して欲しいのかしら?」


凄く含みのあるニュアンスで言われ、こちらから話すのを一瞬躊躇ってしまったが、それでも告げるだけだ。


「俺の代わりにゴブリンを、564匹倒して下さい、なるべく急ぎで」


「っそ、分かったわ。でも確かに悪魔ね、貴方は。だって普通こんなにも怪我してる女性に、身体張って戦えとか言う人居ないわよ」


「そうかも知れません。悪魔でも死神でも構いませんよ」


俺と望奈さんの会話が途切れるのを待って、白浜さんが凄い剣幕で割って入ってくる。


「嫌々嫌々、ダメですって先輩ッ無理ですよそんな身体で564匹も、あんな緑っこいの倒すとか無理ですよ!それに、そんなの千田さんが何回か魔法を使えばちょちょいのちょいじゃなぃでゅすか!」


凄い剣幕で喋ろうが、やはり白浜さんからは圧が感じられないのは、最後に噛んだのが理由では無いだろうが、白浜さんに対して苛立ちは湧かなかった。


「無理なんでしょ?」


「MPを使い切れば上がる筈ですが、その後が問題ですね」


「なら私がやるしか無いわね」


「あっでも、緋彩さんごめんなさい。腕少し固定しちゃったから、動かしずらいと思います」


「これくらいなら、大丈夫。それよりも手当してくれた有難う、小村さん」


固定された右腕を動かしながら確認した望奈さんは、そのまま立ち上がり、何事もなかったかのように歩き始めた。


「まだ私の話は終わってません!」


歩き出した望奈さんの前に、白浜さんが手を広げ待ち構えていた。


「いつまでも我儘言ってると、何処かの誰かさんに襲われるわよ?」


「いえ、それは遠慮します。ですが!」


何故か俺を一瞬だけ見た白浜さんは、再び望奈さんと目を合わせ何かを訴えていた。


「私の心配をしてくれるのは素直に嬉しいのだけれど。白浜さん、もぅ私達が感情に左右されて良い状況じゃないの、流石に分かるわよね?幾ら心配でも結局やらなければ殺されるしか道は無いの」


「そぉやって、正しい事を言ってまた私を置いてけぼりにすんですねっ」


「さっきは…」


「さっきじゃありません、昔だってそうだったじゃ、ないですか」


二人の間に沈黙が流れるが、その雰囲気は部外者がそうそう踏み込んで良いものでは無かった。


「私は着いて行きますからッ」


沈黙を破り、先に声を張り上げのは白浜さんだったが、その内容は余りにも一方的で、周りからすれば口論に発展すると思っていたのだろう。


だけど俺の考え方でも、今そんな事に時間を使ってる余裕などは微塵も無く、望奈さんもそれを理解していた。


「っそ、好きにすると良いわ。だけど自分の身は自分で守りなさい、邪魔をするなら置いて行くわよ」


望奈さんの優しさが、所々で感じられる物言いに俺と五島さんは苦笑いしていたが、九藤さん達の表情には苦悩する様子を浮かべていた。


「はい、それで問題ありません」


「なら行くわよ、貴方は動けるんでしょ?」


「えぇ攻撃出来ない以外は、いつも通りです」


「それで他の人達にはどうしてもらうの?」


「居たければこの辺りに居てくれても良いですが、どうせ五島さんが行くなら付いて行ってもらって良いですか?九藤さん」


「それは勿論構わないのですが…」


九藤さんがハッキリしない物言いな理由は明白だ、白浜さんの方を何回も見たりしているのだから。


望奈さんの置いて行く発言を見捨てると捉え、リーダーとして心配してるのだろうか、それとも別の理由があるのかもしれないが、分からない事は仕方ない。


「九藤さん、替りに五島さんをお願いしますね」


「…あ、はいっ分かりました。私は五島さんと自陣方面に戻り、頑張って時間を稼ぎます」


「では」


九藤さんの表情が柔らかくなったのを見て、俺と望奈さんは歩き出し、白浜さんが力んだまましっかりと、張り付いて来ていた。


大丈夫な気が少しもしない、何故今更になってそんなに動きがぎこちなくなるんだ。


「走るわよ」


そんな事はお構い無しに望奈さんが走り出し、俺と白浜さんはその後を無言で追った。




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