3.

 どこともれぬ山道さんどう一人ひとりのこされた彼女かのじょ――

 暗澹あんたんとしたもりなか月明つきあかりがたよりなく彼女かのじょ頭上ずじょうらす。

「どうしよう……、どうしよう……」

 ただすべてをくろめあげるふかやみが、圧倒的あっとうてき孤独こどくが、彼女かのじょこころらっていた。

 とおくからカラスかフクロウのたぐいこえこえるたび、彼女かのじょおそおののいた。

 小学生しょうがくせいおんなあるいて移動いどうできる距離きょりなどたかがれている。

 それでも、彼女かのじょはそのほそ山道さんどうをたった一人ひとりすすんでいった。


 あるはじめて数十分すうじゅっぷんったころ――

 視界しかいはしえたわずかなあかりを目指めざして前進ぜんしんしていくと、はえむらがる電灯でんとうしたにポツン、とたたず人影ひとかげがあった。

 子供こどもなのかあまりたかくなく、逆光ぎゃっこうのせいで表情ひょうじょうえない。しかしそのひとかげは、少女しょうじょほうをじっとつめているようだった。

 そしてソレは、次第しだいにそろり、そろり、とこちらへかってあるいてきた。

 彼女かのじょ心臓しんぞう一気いっき早鐘はやがねった。

 こわい。

 まるで金縛かなしばりにでもったかのように、彼女かのじょからだ自由じゆう身動みうごきする能力のうりょくうしなった。あしふるえがまらず、それでもソレからはなせない。

 もうだめだ。

 彼女かのじょがそう覚悟かくごめたとき――

「――やい(おい)」

 少年しょうねんこえ、だった。かれやさしく微笑ほほえみかけると、彼女かのじょ近寄ちかよってきた。

「……」

 彼女かのじょ警戒けいかいしたまま言葉ことばはっすることができない。しかし、ちかづいてみたらなんのことはない、かれ彼女かのじょおなどしぐらいのおとこだった。

「きっちゃん、『』ちゅうんけ?(きみ、『スズキハル』ってうのか?)」

 さぐりをれるように、かれはそうこえけた。

 しかし――

「……そう、ですが」

 一言ひとこと言葉ことば名前なまえ鈴木すずきハルはふるえるこえこたえた。

 すると、その紺色こんいろ着物きものおとこはほっとしたようにはなした。

「やいやい、うったまげっけ。まっさっけふくちゅるし、幽霊ゆうれいうむうてい(あーぁ、びっくりした。ふくてるし、幽霊ゆうれいかとおもったよ)」

 ハハ、とせてわらかれ――言葉ことば独特どくとくなまりがあるせいでハルにはすこりづらいものの、すくなくとも悪意あくいかんじられない。

「……ユウレイ?」

 ハルは自分じぶんほう幽霊ゆうれいだとおもわれていたことにおどろいた。

「さーざ。『っけふく』、やめっつるが。らんけ?(そうだ、『あかふく』、やまくとるやつ。らない?)」

 かれ怪談話かいだんばなしでもするようにおどろおどろしいこえした。

 しかしハルは、さきほどからになっていた質問しつもんをした。

「なんで……、アタシの名前なまえってるの?」

 するとかれはきょとんとしたかおで、ハルのっていた水着みずぎれをゆびさした。

「すりゃ、に書いてあるげぇ(そりゃ、あそこに書いてあるから)」

 そういえばそうだった。

 ハルはひとまずむねをなでおろした。けたせいか、彼女かのじょはそのにへたりんでしまった。

大事でーじけ?(大丈夫だいじょうぶか?)」

 そのおとこ心配しんぱいそうに彼女かのじょかおのぞんだ。

「あの……、名前なまえは?」

 いままでの緊張きんちょうがとけてきて、ハルはそのおとこたずねた。

「『冬明ふゆあけ』ざ(冬明ふゆあけだ)」

「ふゆ……あき……?」 

「フユアざい。うれが『ふゆ』で、きっちゃんが『はる』。偶然ぐうぜんざな!(『フユアケ』だよ。おれが『ふゆ』で、きみが『はる』。偶然ぐうぜんだな))」

 冬明ふゆあけはそうって、もう一度いちどにっこりわらってべた。ハルはそのをしっかりとにぎりしめて、ふたたがった。

「ざぜん、くったんやまなけぇ、なんてざ?(だけど、こんなやまなかへ、なにしにたんだ?)」

 冬明ふゆあけ不思議ふしぎそうにくびかしげた。

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