今川焼
雨に打たれる彼女
フロントガラス
「アイツ、
ここはとあるサービスエリアの
せっかくの
「こんな
リクライニングシートを
しかし、
「……
びしょ
そりゃそうなるわな。
「
「……」
「こんな
「……」
まるで
こうしている
ラチが
「まぁ、
こうして
あの
だが、
〇
天候のせいか、休憩所の中は閑散としていた。
全身からポタポタと水を滴らせる彼女を見かねて、私は一旦車に引き返してタオルを持ってきてあげた。
だが、この程度では焼け石に水だ。
「これじゃ、着替えが必要なレベルだな……」
女ものの服など持っているワケもなく困り果てていると、
「大丈夫かい?」
今川焼を売っていたおばさんが声を掛けてきた。
彼女は相変わらず無言で俯き、雑巾のように水を吸ったパーカーの裾を握りしめていた。
「……」
視線を合わせようともしない彼女におばさんは優しく声を掛けた。
「こんなに濡れちゃって、何があったの?」
おばさんは一転して、険しい表情で私をにらみつけた。
「アンタ、彼氏?」
腕組みをして問いただすおばさんに、私は必死で弁明した。
「いや、違います。私はただの通りすがりでして……」
今までの経緯を説明すると、おばさんは落ち着きを取り戻した。
「そうかい」
おばさんは困り顔で、はぁ、とため息をついた。
それに釣られて私もまた、はぁ、と大きくため息をついた。
おばさんは再び彼女に尋ねた。
「ねえ、どっから来たの?」
「……」
「何歳?」
「……」
彼女はずっと固い表情で、唇を噛みしめたまま何も言おうとしなかった。
「まだ若いように見えるけど、親御さんは?」
「……たっくんが」
ここでようやく彼女は言葉を口にした。
おばさんはびっくりしたように聞き返した。
「彼氏と来たの?」
「……」
彼女はただただ暗い目で、地面を見つめるのみだった。
悲しみのような、あきらめのような、負の感情に支配された空気を身に纏う彼女――二十歳前後ぐらいだと思うのだが、年相応のはつらつとしたエネルギーは一切感じない。
ここで私は二人の間に入った。
「まぁ、たぶん何かあったんでしょう」
年頃の子だし、話したくないのだろう。
なんとなくそう察して、それ以上の追及はやめようとした。
しかし意外にも、彼女は自ら口を開いた。
「ケンカ、して……」
そう言って彼女はますます沈んだ顔になった。
「土砂降りの雨の日に外に置いてくなんて、ひどい彼氏だなぁ……」
「……」
彼女はそれ以上何かを語ることはなかった。
おばさんはまた大きくため息をついた。
「……とりあえずアタシの服貸してあげるから、その間に服をなんとかして乾かしな。サイズが合うか知らないけど」
「え? 大丈夫なんですか?」
するとおばさんは店の中に入っていくと、ロッカーからワイシャツとスカートを持ってきた。
「コレはここの制服だから、後で洗濯して返してね」
自分のことでもないのに、私は思わず頭を下げていた。
「……ありがとうございます」
私の隣でそわそわした様子で目を背ける彼女に、
「あ、ほら。君もお礼言って」
親でもないのになぜか焦って、私は彼女を促した。
「……ありがとう、ございます」
消え入りそうな声でそう言うと、彼女は制服を持ってトイレに姿を消した。
〇
彼女を連れて車に戻ってきた私は、温かいお茶と一緒に今川焼の入った紙袋を手渡した。
「ほら、好きなだけ食いな。体も冷えてるだろうし」
先ほどのおばさんへのお礼と思って今川焼を買ったのだが、調子に乗って十個も買ってしまった。いくら二人いるとはいえ、これだけあると家に持って帰っても食べきれないかもしれない。
「……」
彼女はいやに真剣な顔で袋に手を突っ込むと、一つを取り出してしげしげと眺めていた。
「……食欲、ないの?」
思えば乱暴に急かしてしまったように思う。彼女は私の言葉を聞くなりビクッ、として、大口を開けて今川焼を飲み込むように食べた。おかげで咽てしまって、ゲホゲホと思い切り咳き込んだ。
「だっ、大丈夫か? 気をつけて」
慌てて私はさっき買ってきたペットボトルのお茶を指さした。彼女は苦しそうに胸を叩いていたが、お茶を飲んでしばらく経つと落ち着きを取り戻した。
「……すみません」
彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや、謝るのは俺だよ。ごめんな、自分のペースでゆっくり食べて」
私は威圧しないように今一度微笑んだ。
すると、よほど腹が減っていたのか、彼女は見る見るうちに三個も食べてしまった。
「よく食べるねぇ」
私が感心したようにそう言うと、彼女は恥ずかしそうに顔を背けた。
「あっ、いや、いいんだよ。別に」
しかし、ものを食べて少しは落ち着いてきたのか、彼女は少し笑った。
よかった。
「――さぁて、今からちょっとドライブに連れてくけど、行き先はどこでしょう」
私は車のエンジンをかけながら彼女に話しかけた。
「?」
カーステレオからいつも聞いているジャズの音が響く中、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「交番」
私が即答すると、彼女は一気にしゅんとしたように下を向いた。
「……」
「当たり前だろ? 流石に俺も逮捕されたくないよ」
今善意でやっていることだって、一度未成年者誘拐などと汚名を着せられてしまえば、「いたいけな少女を車で連れ回したロリコン野郎」とかあることないことネット上で拡散されるのがオチだろう。
「……それなら、家に帰ります」
彼女は諦めたようにそう言った。
「よし、よく言った」
彼女は家の近くだというとある町で下すように指示してきた。
「へー、君も俺と同じ市に住んでたんだな」
私はカーナビで目的地をそこにセットした。
「あぁ、音楽変えていいよ」
彼女はしばらく選曲ボタンを押していたが、なぜかジョプリンの「ジ・エンターテイナー」で手を止めた。半ば冗談で入れたものだったが、それをかけた瞬間に車内が陽気な音楽で満たされた。
「雨の日にこの曲とは、似合わねえな」
私はハハ、と笑いながらサービスエリアを出て、その町へと向かって車を走らせた。まだ名前も知らない彼女を車の助手席に乗せて。
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